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70:不良令嬢と第一王子の関係(サイファス視点)

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 サイファスは、第一王子と二人きりで部屋に留まっていた。
 あのあと、彼から個別に話がしたいと提案されたからだ。
 クレアは文句を言いながら、「武器を新調してくる」と出て行ってしまった。心配だ。

「どうだ、辺境伯? 新しい妻とは上手くやれているのか?」

 唐突な問いかけに、サイファスは驚きながらも頷く。

「ええ、はい。殿下には感謝しております」
「きちんと、お前の要望に添う奴を送っただろう?」

 以前、サイファスが王都に行った際、第一王子から「どんな女を妻にしたい?」と尋ねられたことがあった。
 当時は、連続でフラれて傷心中だったため、「自分を怖がらない令嬢なら誰でもいい」と答えたような気がする。そして、心のどこかで「そんな令嬢はいないけれど」と諦めてもいた。

「あいつなら、お前を恐れない」

 第一王子は「残虐鬼を怖がらない令嬢を用意する」なんて口にしていたけれど、どこからか無理矢理連れてきたところで、当の令嬢は何もない辺境や戦闘で返り血を浴びたサイファスを目にして逃げ出したくなるに違いない。そう確信していた。
 けれど、クレアは、血まみれのサイファスを眺めて、笑みを浮かべたのだ。
 無残な姿で血だまりに倒れている敵を見ても、全く動じずに。
 
「ええ、初対面で戦う姿を目撃される事件がありましたが、脅えられるどころか剣技を褒められました」
「手合わせしたいと突っ込んでいかないだけ、あいつも成長したか……」

 第一王子とクレアは親しい間柄のようだ。
 この王子は誰かに肩入れなんてしないドライな性格だけれど、クレアのことは気に入っているように思えた。

「お前も既に知っている様子だが、あいつは複雑な生い立ちでな。普通の令嬢として嫁ぐには、色々無理があった。とはいえ、男として過ごすのにも問題が出てくる。エイミーナとの婚姻もそうだ」
「確かに……」
「当初は種馬なり養子なりで誤魔化す予定だった。あいつはミハルトン家の跡取りとして優秀だったからな。私のお気に入りだ」
「では、なぜ、私の元に?」

 クレアが実家にいたままなら、今回のような事件は未然に防いでいただろう。

「私は、お前も評価しているのだよ、辺境伯。ルナレイヴはこのゼシュテ国にとって防衛の要だ。あの場所を治めるのは苦労が多いだろう」

 彼の言うとおりだった。
 国境沿いにあるルナレイヴは、常に隣国の侵攻に脅かされ、気の抜けない土地だ。
 相手方の大元を叩けず、防衛ばかりでは心身共に疲弊する。
 だが、それがサイファスに課された使命だ。

「アズム国にちょっかいをかけられても、ただ防衛するのみ。王の許可が出なければ、打って出ることも叶わない。さぞ歯がゆい思いをしているだろう。不満に思うときもあるはずだ」
「そんなことは……」
「父も私も、大きな戦いが起こる事態を望まない。アズム国との全面戦争が始まれば、勝てるかも知れないが、双方に多大な被害が出るのは間違いない。回復するまでに相当な時間を要するだろう。その隙に、別の国に狙われるやも知れん」
「わかっております」
「辺境伯には苦労をかけるな」

 そう言って目線を挙げた第一王子は、サイファスを見て不敵に笑った。
 
「花嫁と仲良くやれているようで良かった。困ったことがあれば、いつでも私を頼るといい。あいつが辺境伯の傍にいるうちは、できる限り融通を利かせるつもりだ」
「……感謝いたします」
「私も、辺境伯とは仲良くやっていきたい。年も近いしな」
「光栄です。これからも、殿下のお役に立てるよう努めます」

 答えれば、第一王子は満足そうに頷く。
 クレアは、彼に愛されていると思った。
 第一王子は辺境に融通を利かせることを条件に、クレアがルナレイヴで優遇され続けるようにしたのだ。
 もっとも、そんな条件を付けられなくとも、サイファスはクレアを未来永劫大切にするつもりだが。

「色々面倒な事情を抱える花嫁だが、よろしく頼む」
「もちろんです」

 挨拶を終えて退出したサイファスは、クレアを追うことにした。
 彼女の居場所は、密かに連れてきたハクが知っている。クレアにはアデリオとマルリエッタがついて行っているので、居場所がわかるはずだ。
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