69 / 99
68:剣術大会と奇抜な応援団と第一王子
しおりを挟む
王城で開かれる剣術大会の当日は、雲一つない快晴だった。
真っ青な空に、集まった人々の歓声が吸い込まれていく。
会場は窪地型で、中央で選手たちが試合をし、周囲の観客席から人々が見下ろす形だ。
開会式で他の選手たちと一緒に中央へ並んだクレアは、ぐるりと会場を見渡し、戸惑いの表情を浮かべた。
観客席に集まった応援団の中に、異様な集団を発見したのだ。
令嬢たちの黄色い声に包まれた一角には、他と全く違う様相を呈する、桃色の服を着た集団がいる。
その集団の中で、非常に見覚えのある爽やかな金髪美青年と付き人の美女が「クレオ様、ラブ!」と書かれた巨大な旗を持ち、振り回していた。
(サイファスに、マルリエッタじゃねえか! 二人揃って何やってんだ!?)
謎の美男美女が、辺境の残虐鬼と残虐夫人の侍女だとは、誰も思わないだろうけれど。
他の令嬢たちも、それぞれ持参したカラフルな扇にクレオの名前を書いて掲げている。
観察していると、近くから声がかかった。
「クレオ、お前、相変わらずズゲェ人気だな。しかも、今日は特に応援団がはっちゃけていないか? あの大きな旗の出来栄えも……ついに、その手の職人に直接依頼したのか?」
声をかけてきたのは、クレオ時代の友人貴族だ。
王都の騎士団に所属している彼とは、こういった試合で出会うことが多い。
「ご令嬢たちからキャーキャー言われて、羨ましいよな! 俺もモテたい!」
「……久々の出場だから、気を遣ってくれたんじゃねえのか?」
クレアは、そう結論づける。
サイファスたちが混じっているのは、謎だが……ファンクラブに入ったと聞いたので、その関係だろうと推測した。
「どうせ、クレオは決勝近くまで行くだろ?」
「ああ。舅の公爵からは、決勝まで行けと言われているな」
「令嬢たちに大人気な上に、可愛らしい婚約者までいて……! うらやまけしからん! 絶対に俺が打ち負かしてやるからな!!」
「ああ、せいぜい頑張れ」
友人に答えたクレアは、貴賓席に座る公爵令嬢エイミーナに向かって片手を振った。
エイミーナは笑顔でハンカチを振っている。
大勢の目があるからか、いつもに比べるとかなり控えめな態度だった。
その後、クレアはトーナメントを順調に勝ち進み、モテたいと騒ぐ友人もぶちのめし、公爵との約束どおり決勝の舞台に上がった。
決勝戦の相手はゼシュテ国の第一王子である。
本来、第一王子は頭脳派であり、剣術の腕はそこそこ程度だが……まあ、出来レースというやつだ。大勢の前で、臣下が王族に勝つわけにはいかない。
第一王子は、陽光を反射させて輝く銀髪に、赤い瞳を持つ美男子だ。
ただし、性格は現在のクレオより格段にひねくれているので、関わらないに限る。
が……試合からは逃げられない。
「久しいな、クレオ・ミハルトン。最近は、めっきり姿を見かけなかったものなあ?」
「そうですねぇー(棒)」
クレアとクレオの入れ替わりに気づいているのかいないのか……
第一王子は、公爵とも親しい間柄なので、おそらく気づいていてとぼけているのだろうとクレアは感じている。
そういう意地の悪さを持つ人物なのだ。クレアは、彼がちょっと苦手である。
二人向き合った状態で、試合が始まった。
数回激しく打ち合い、しばらくしたところで、第一王子の剣がクレアの剣を跳ね飛ばした。勝負ありだ。
客席からの歓声がひときわ大きくなる。
出来レースの相手役をやってやったのだから、少しは感謝してほしいものだとクレアは思った。
あまりに早く決着がつくと嘘くさくなるし、ある程度接戦に見せかけなければならない。
頃合いを見て、手の力を緩め相手に剣をはじかせるのは面倒なのだ。
試合が終わり、会場の隅に移動するクレアに、そそくさと駆け寄る人物がいる。エイミーナだ。
「クレオ様ぁ! 素敵でしたわぁ!」
なぜか観客席に視線を移し、クレアに思い切り抱きついてくる。
「準優勝おめでとうございます」
「ありがとう。エイミー」
抱き返してやると、観客席から多数の悲鳴が上がる。
桃色の服を着た、ファンクラブを名乗る令嬢たちだ。
未だにファンクラブがなんなのかよくわからないクレアだが、いつも応援してくれたり差し入れを持ってきてくれたりする彼女たちに害はないので放置している。
公爵がいるので、エイミーナはそれ以上は自重したようだ。
名残惜しそうに貴賓席へ向かう通路へ戻って行った。
「クレオ!」
続いて、近くでよく知る声が響いたかと思ったら、すぐ近くの観客席から人が飛び降りてきた。
その人物は、身軽な動きでクレアの傍に着地する。
「サイファス?」
「クレオ、頑張ったね。怪我はない?」
他人の目もあるので、クレアをクレオと呼ぶことにしたようだ。
「あ、ああ……無傷だ」
クレアは、サイファスの「頑張ったね」に弱い。
彼のこの言葉を聞くと、張り詰めていたものがゆるゆると解けてしまって危険だ。
二人で話をしていると、第三者の声が割り込む。
「アリスケレイヴ辺境伯じゃないか。遠いところ、ようこそ」
声の主は、第一王子だった。サイファスとは面識があるらしい。
第一王子は、ニヤニヤとした笑みを浮かべてクレアを見た。
「クレオ。お前の姉君、クレア嬢は辺境伯に大層愛されているようだな」
「なっ……!」
「辺境伯も、新妻が可愛くて仕方がないと見える。ミハルトン伯爵に双方の婚約を提案した甲斐があったというものだ」
「ちょっと待て。どういうことだっ……ですか?」
クレアが第一王子を睨むが、彼はさらに笑みを深めるだけで何も言わない。
これは、クレアを一方的にからかって面白がっているだけだ。
(なんて性格の悪いやつ!)
やはり、クレアは第一王子が苦手だった。
「あとで話がある。二人とも、私のところへ来るように」
気乗りしない命令を残し、第一王子は堂々と会場を去って行ったのだった。
真っ青な空に、集まった人々の歓声が吸い込まれていく。
会場は窪地型で、中央で選手たちが試合をし、周囲の観客席から人々が見下ろす形だ。
開会式で他の選手たちと一緒に中央へ並んだクレアは、ぐるりと会場を見渡し、戸惑いの表情を浮かべた。
観客席に集まった応援団の中に、異様な集団を発見したのだ。
令嬢たちの黄色い声に包まれた一角には、他と全く違う様相を呈する、桃色の服を着た集団がいる。
その集団の中で、非常に見覚えのある爽やかな金髪美青年と付き人の美女が「クレオ様、ラブ!」と書かれた巨大な旗を持ち、振り回していた。
(サイファスに、マルリエッタじゃねえか! 二人揃って何やってんだ!?)
謎の美男美女が、辺境の残虐鬼と残虐夫人の侍女だとは、誰も思わないだろうけれど。
他の令嬢たちも、それぞれ持参したカラフルな扇にクレオの名前を書いて掲げている。
観察していると、近くから声がかかった。
「クレオ、お前、相変わらずズゲェ人気だな。しかも、今日は特に応援団がはっちゃけていないか? あの大きな旗の出来栄えも……ついに、その手の職人に直接依頼したのか?」
声をかけてきたのは、クレオ時代の友人貴族だ。
王都の騎士団に所属している彼とは、こういった試合で出会うことが多い。
「ご令嬢たちからキャーキャー言われて、羨ましいよな! 俺もモテたい!」
「……久々の出場だから、気を遣ってくれたんじゃねえのか?」
クレアは、そう結論づける。
サイファスたちが混じっているのは、謎だが……ファンクラブに入ったと聞いたので、その関係だろうと推測した。
「どうせ、クレオは決勝近くまで行くだろ?」
「ああ。舅の公爵からは、決勝まで行けと言われているな」
「令嬢たちに大人気な上に、可愛らしい婚約者までいて……! うらやまけしからん! 絶対に俺が打ち負かしてやるからな!!」
「ああ、せいぜい頑張れ」
友人に答えたクレアは、貴賓席に座る公爵令嬢エイミーナに向かって片手を振った。
エイミーナは笑顔でハンカチを振っている。
大勢の目があるからか、いつもに比べるとかなり控えめな態度だった。
その後、クレアはトーナメントを順調に勝ち進み、モテたいと騒ぐ友人もぶちのめし、公爵との約束どおり決勝の舞台に上がった。
決勝戦の相手はゼシュテ国の第一王子である。
本来、第一王子は頭脳派であり、剣術の腕はそこそこ程度だが……まあ、出来レースというやつだ。大勢の前で、臣下が王族に勝つわけにはいかない。
第一王子は、陽光を反射させて輝く銀髪に、赤い瞳を持つ美男子だ。
ただし、性格は現在のクレオより格段にひねくれているので、関わらないに限る。
が……試合からは逃げられない。
「久しいな、クレオ・ミハルトン。最近は、めっきり姿を見かけなかったものなあ?」
「そうですねぇー(棒)」
クレアとクレオの入れ替わりに気づいているのかいないのか……
第一王子は、公爵とも親しい間柄なので、おそらく気づいていてとぼけているのだろうとクレアは感じている。
そういう意地の悪さを持つ人物なのだ。クレアは、彼がちょっと苦手である。
二人向き合った状態で、試合が始まった。
数回激しく打ち合い、しばらくしたところで、第一王子の剣がクレアの剣を跳ね飛ばした。勝負ありだ。
客席からの歓声がひときわ大きくなる。
出来レースの相手役をやってやったのだから、少しは感謝してほしいものだとクレアは思った。
あまりに早く決着がつくと嘘くさくなるし、ある程度接戦に見せかけなければならない。
頃合いを見て、手の力を緩め相手に剣をはじかせるのは面倒なのだ。
試合が終わり、会場の隅に移動するクレアに、そそくさと駆け寄る人物がいる。エイミーナだ。
「クレオ様ぁ! 素敵でしたわぁ!」
なぜか観客席に視線を移し、クレアに思い切り抱きついてくる。
「準優勝おめでとうございます」
「ありがとう。エイミー」
抱き返してやると、観客席から多数の悲鳴が上がる。
桃色の服を着た、ファンクラブを名乗る令嬢たちだ。
未だにファンクラブがなんなのかよくわからないクレアだが、いつも応援してくれたり差し入れを持ってきてくれたりする彼女たちに害はないので放置している。
公爵がいるので、エイミーナはそれ以上は自重したようだ。
名残惜しそうに貴賓席へ向かう通路へ戻って行った。
「クレオ!」
続いて、近くでよく知る声が響いたかと思ったら、すぐ近くの観客席から人が飛び降りてきた。
その人物は、身軽な動きでクレアの傍に着地する。
「サイファス?」
「クレオ、頑張ったね。怪我はない?」
他人の目もあるので、クレアをクレオと呼ぶことにしたようだ。
「あ、ああ……無傷だ」
クレアは、サイファスの「頑張ったね」に弱い。
彼のこの言葉を聞くと、張り詰めていたものがゆるゆると解けてしまって危険だ。
二人で話をしていると、第三者の声が割り込む。
「アリスケレイヴ辺境伯じゃないか。遠いところ、ようこそ」
声の主は、第一王子だった。サイファスとは面識があるらしい。
第一王子は、ニヤニヤとした笑みを浮かべてクレアを見た。
「クレオ。お前の姉君、クレア嬢は辺境伯に大層愛されているようだな」
「なっ……!」
「辺境伯も、新妻が可愛くて仕方がないと見える。ミハルトン伯爵に双方の婚約を提案した甲斐があったというものだ」
「ちょっと待て。どういうことだっ……ですか?」
クレアが第一王子を睨むが、彼はさらに笑みを深めるだけで何も言わない。
これは、クレアを一方的にからかって面白がっているだけだ。
(なんて性格の悪いやつ!)
やはり、クレアは第一王子が苦手だった。
「あとで話がある。二人とも、私のところへ来るように」
気乗りしない命令を残し、第一王子は堂々と会場を去って行ったのだった。
1
お気に入りに追加
1,786
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる