不良令嬢と残虐鬼辺境伯の政略結婚！！

６２：真夜中の飛び降り

　その後、全員で屋敷の中へ移動したものの、辺境伯家の応接室では、気まずい空気が流れていた。
　クレアはクレオの顔面に殴りかかる隙を窺っていたのだが、サイファスにさりげなく邪魔されて実行できずにいる。

　今日のうちにエイミーナを説得できず、クレオの表情は険しかった。
　だが、クレアはあきれた目で弟を見ることしかできない。
　エイミーナを迎えに来たのなら、なぜ愛人を連れてきたのか。彼女の神経を逆なですると、なぜわからないのか。いくらクレオでも、そこまで愚かではないはずだと思いたい。
　帰るに帰れないクレオたちは、辺境伯家に泊まることとなった。
　
　夜、クレアはサイファスの部屋へ押しかける。
　親切なサイファスは、笑顔でクレアを迎え入れてくれた。
　迷惑な客人たちも寝静まり、屋敷の中は静かだ。

「すまねえな、サイファス。弟が迷惑をかけて」
「何を言っているの。クレアの家族は、私の家族も同然だよ」
「……お前なあ、あんな奴らに親切にしてやる必要なんてないぞ？　勝手に押しかけてきて居座って。口を開けば腹の立つことばかり、お前もニコニコしていないで、嫌みの一つでもぶつけてやれよ」

　サイファスは、優しげな笑みを浮かべてクレアを見つめる。
　彼の慈愛に満ちた（とクレアは感じている）表情を見ていると、自分がひどく身勝手で幼い人間に思えた。
　何気なく立ち上がり、クレアは部屋の窓を開ける。
　夜風で頭を冷やせば、何か良い考えが浮かぶかもしれない。

（どうも俺は、弟が絡むと頭に血が上ってしまう）

　ともかく、これ以上はサイファスに迷惑をかけたくないと思うクレアだった。
　闇夜の庭を睨みつけていると、視線の先で何かが揺れた気がした。

「なんだ？」

　目を凝らすと、木陰に白い布が揺れている。いや、明確に動いている。
　クレアは夜目がきくほうだ。

（白い服を着た人間が、何かから身を隠している？）

　近くを観察すると、今度は闇に紛れて黒い影が蠢くのが見えた。

「なんだ？　庭で何をしているんだ？」

　クレアのつぶやきにサイファスが反応し、彼も窓に近づいて庭を見下ろす。

「本当だ、こんな時間に人がいるね。あの白い影、エイミーナ嬢じゃないかい？」
「……お前、すげえな。この距離からわかるのか」

　やはり、残虐鬼は人間離れしている……と思うクレア。

「様子がおかしいね。ちょっと見てくるよ」
「俺も行く！」

　答えると、サイファスは、あからさまに動揺し始めた。

「だっだだだだ駄目だよ！　だって、クレア……それ、夜着じゃないか!!」

　確かに、今のクレアの服装は薄布一枚だ。

「何が問題なんだ？」
「いやいやいや、体の線が……他の人間には絶対に見せたくない！」

　ブツブツと意味不明なつぶやきをしている挙動不審なサイファスを横目に、クレアはさっさと窓から庭へ飛び降りた。