52 / 99
52:返り血を隠す残虐鬼
しおりを挟む
クレアは未だ混乱状態から抜け出せずにいた。
相手が何を考えていようがお構いなしに、図々しく割り込んでいくのが素のクレアだというのに。
サイファスに顔を合わせるのが気まずい。
別にやましいところはないが、彼を見るだけでどうにも落ち着かない気分になってしまう。
(キスくらいで動揺するなんて馬鹿みたいだ)
わかっているのに、感情はどうにもならないのだった。
そんな中、敵の密偵が捕まったという知らせが入った。
その密偵は、先日クレアを襲った男たちの雇い主――レダンド子爵を逃がそうとして、逆に捕まったそうだ。
尋問中のサイファスは、クレアを決して牢屋のある場所に入れない。
エグい光景を見せたくないという配慮だろうが、クレアにとっては今更なことだ。
密偵時代もクレオ時代も色々やって来た身なので。
尋問を終えて、サイファスが牢屋から出てくる。
そんな彼を見て、クレアはまたソワソワした気分になった。
サイファスを見るだけで、こんな風になってしまう。
「クレア……」
妻を見つけたサイファスは、驚いた表情で尋問中についた返り血らしき染みを隠す。
「こんな場所に来るものじゃないよ? ここには悪人が捕らえられているんだから」
「サイファスは過保護すぎる。そんなものにびびったりしない」
「それでも、可愛いクレアに近づいて欲しくないんだ」
彼は尋問後の手でクレアに触れることを躊躇している。
その様子はまるで、血で妻を汚してしまうのではと恐れているようだった。
「密偵の正体はわかったのか?」
「隣国の者と繋がっているようだ」
「ルナレイヴにちょっかいをかけている、アズム国か?」
「そう。最初に花嫁姿のクレアを襲ったのは、アズム国の息がかかった者たちだった。そして、レダンドは奴らに利用されたんだ」
レダンドの凶行は止んだが、アズム国はまたクレアを狙ってきそうだ。
サイファスは、心配そうにクレアを見下ろす。
「クレア。敵の密偵の話だと、アズム国は今度こそ本気でルナレイヴを狙ってきそうだ。しばらくは、私の傍にいてくれないかな」
「いるじゃん、砦に」
「そうじゃなくて、目の届く範囲にいて欲しいというか、訓練止めて砦内か屋敷で過ごして欲しいというか……」
モジモジするサイファスを横目に、クレアは首を傾げ口を開く。
「屋敷で戦えるのはマルリエッタと他数人くらいだろ? 俺はともかく、そちらに被害が及ばないか心配だ」
「……屋敷の人員は増やそうと思う。一応全員戦えるけど」
「なら、安心か。たまにハクもウロウロしているな」
何気に、ハクの監視に気づいているクレアであった。
「お願いだよ。大切なクレアに何かあったらと考えるだけで、私はおかしくなってしまいそうなんだ」
サイファスが一歩近づくごとに、クレアは一歩後退する。
心臓がまた激しく脈打ち始め、全身が謎の緊張感に包まれていた。
もっと距離を縮めたそうな、けれど返り血や尋問後の手で妻を汚したくなさそうなサイファスは、やっぱりクレアに触れないままだ。
「今日のところはハクを護衛につけるけれど、このことはちゃんと考えて欲しいんだ。君は大切な私の妻で、このルナレイヴの辺境伯夫人でもあるのだから」
「ああ、わかってる」
だが、一方でクレアは考えた。
(一日中屋敷で暇すぎる奥様生活なんて。悪夢の日々の再来だ)
なんとかして、回避しなければならない。
そのためには、アズム国のお偉いさんがいなくなれば……ルナレイヴが平和になればいい。
(よし、動くか)
よからぬ笑みを浮かべたクレアは、自分の未来のために計画を練り始めた。
相手が何を考えていようがお構いなしに、図々しく割り込んでいくのが素のクレアだというのに。
サイファスに顔を合わせるのが気まずい。
別にやましいところはないが、彼を見るだけでどうにも落ち着かない気分になってしまう。
(キスくらいで動揺するなんて馬鹿みたいだ)
わかっているのに、感情はどうにもならないのだった。
そんな中、敵の密偵が捕まったという知らせが入った。
その密偵は、先日クレアを襲った男たちの雇い主――レダンド子爵を逃がそうとして、逆に捕まったそうだ。
尋問中のサイファスは、クレアを決して牢屋のある場所に入れない。
エグい光景を見せたくないという配慮だろうが、クレアにとっては今更なことだ。
密偵時代もクレオ時代も色々やって来た身なので。
尋問を終えて、サイファスが牢屋から出てくる。
そんな彼を見て、クレアはまたソワソワした気分になった。
サイファスを見るだけで、こんな風になってしまう。
「クレア……」
妻を見つけたサイファスは、驚いた表情で尋問中についた返り血らしき染みを隠す。
「こんな場所に来るものじゃないよ? ここには悪人が捕らえられているんだから」
「サイファスは過保護すぎる。そんなものにびびったりしない」
「それでも、可愛いクレアに近づいて欲しくないんだ」
彼は尋問後の手でクレアに触れることを躊躇している。
その様子はまるで、血で妻を汚してしまうのではと恐れているようだった。
「密偵の正体はわかったのか?」
「隣国の者と繋がっているようだ」
「ルナレイヴにちょっかいをかけている、アズム国か?」
「そう。最初に花嫁姿のクレアを襲ったのは、アズム国の息がかかった者たちだった。そして、レダンドは奴らに利用されたんだ」
レダンドの凶行は止んだが、アズム国はまたクレアを狙ってきそうだ。
サイファスは、心配そうにクレアを見下ろす。
「クレア。敵の密偵の話だと、アズム国は今度こそ本気でルナレイヴを狙ってきそうだ。しばらくは、私の傍にいてくれないかな」
「いるじゃん、砦に」
「そうじゃなくて、目の届く範囲にいて欲しいというか、訓練止めて砦内か屋敷で過ごして欲しいというか……」
モジモジするサイファスを横目に、クレアは首を傾げ口を開く。
「屋敷で戦えるのはマルリエッタと他数人くらいだろ? 俺はともかく、そちらに被害が及ばないか心配だ」
「……屋敷の人員は増やそうと思う。一応全員戦えるけど」
「なら、安心か。たまにハクもウロウロしているな」
何気に、ハクの監視に気づいているクレアであった。
「お願いだよ。大切なクレアに何かあったらと考えるだけで、私はおかしくなってしまいそうなんだ」
サイファスが一歩近づくごとに、クレアは一歩後退する。
心臓がまた激しく脈打ち始め、全身が謎の緊張感に包まれていた。
もっと距離を縮めたそうな、けれど返り血や尋問後の手で妻を汚したくなさそうなサイファスは、やっぱりクレアに触れないままだ。
「今日のところはハクを護衛につけるけれど、このことはちゃんと考えて欲しいんだ。君は大切な私の妻で、このルナレイヴの辺境伯夫人でもあるのだから」
「ああ、わかってる」
だが、一方でクレアは考えた。
(一日中屋敷で暇すぎる奥様生活なんて。悪夢の日々の再来だ)
なんとかして、回避しなければならない。
そのためには、アズム国のお偉いさんがいなくなれば……ルナレイヴが平和になればいい。
(よし、動くか)
よからぬ笑みを浮かべたクレアは、自分の未来のために計画を練り始めた。
11
お気に入りに追加
1,777
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる