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51:幼なじみの事情(アデリオ視点)
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クレアが熟睡し、サイファスが思い悩んでいた頃――アデリオもまた眠れずに元六十八番ことハクと自室で酒を酌み交わしていた。
武器の手入れをしていたところ、仕事を終えたハクが、サイファスからもらった酒を持って訪ねてきたのだ。天井から。
何が悲しくて、野郎と部屋で二人きりにならなければいけないのか。
これがクレアなら、どんなに心が弾んだことか。
従者用の綺麗に整えられた部屋の中、アデリオの気持ちなど知らないハクは、次々に懐から酒瓶を出してくる。
お前の懐はどんな仕組みになっているんだと問いたい。
しかも、出てくるのは甘い酒ばっかりだ。
「ハク、お前って……甘党だった?」
「なんか知らんが、サイファス様が大量にくれたんだ。なんでも最近辛党に目覚めたらしい。せっせと甘い酒を買い込んでいたが、飲む機会がなくなったからと言って分けてくれた。で、俺は甘くても辛くても気にしないからもらった」
「たぶん、辺境伯が妻用に買い込んで不要になったやつじゃないの? クレア、お酒は辛口派だから」
「……ああ~」
真実を知ったハクは、なんとも言えない表情になった。
クレアのために、日々右往左往する辺境伯を見るのは滑稽だ。アデリオもそう思う。
「そういやアデリオ。お前はいいのか? クレアをサイファス様に奪われちまって……あんだけベッタリしていたくせに」
「煩いな。刺すよ?」
「相変わらず物騒な奴だな。そんで、まだ諦めてはいないわけだ」
「今の辺境伯じゃあね……あの様子じゃ、まだまだ苦労しそうだよね」
「うわぁ、その性悪も昔のままだな」
だからといって、心が穏やかなわけではない。
クレアはアデリオにとって、それこそ世界の全てなのだから。
※
上流階級出身のアデリオは、複雑な身の上かつ複雑な状況によって裏切りに遭い、密偵や兇手を生業とする組織に売られた。まあ、端的に言うと嵌められたのだが。
そんな身の上の者が来るのはあり得ない世界なので、周囲はアデリオのことを「口減らしで売られた農民の子」だとでも思っているだろう。
わざわざ正体を明かし、身を危険にさらすつもりもない。真実は闇に葬った。
事実を口にしたところで、今更あの場所へ帰ることはできないのだから。帰りたくもないけれど。
自分を売った犯人は、過酷な組織の中でアデリオが命を失うことを望んでいる。
絶対に死んでやるものかと思った。
組織では「八十番」というキリの良い名を付けられたが、亡き親に付けられた名前だけは捨てたくない。だから、普段は「アデリオ」と名乗っていた。
名前を持っている子供は、仕事以外で本名を語ることが多い。
周りにいるのは自分と同じ年代の子供だが、危険な仕事が多く、しょっちゅう人員が入れ替わる。
だが、そんな環境をエンジョイしている信じられない奴がいた。
現クレア――七十七番だった。
最初、アデリオはクレアが嫌いだった。
自分とは全く異なる生い立ち、理解できない感覚、崩壊している倫理観。
当時のクレアを一言で言い表すと「クソガキ」だった。
誰にも制御できない赤髪の問題児は、組織のトラブルメーカーだが、仕事ができる一点のみで存在を許されていた感じがある。
とはいえ、ガキ共には好かれており、クレアの周りには不思議といつも人がいた。
対するアデリオは、人と馴れ合うことが嫌いだ。いつも一人でいた。
極力誰とも関わらないでいたのだが、ある日、クレアがアデリオに話しかけてきた。
「おい、お前。金持ってねえ?」
初めて交わした会話内容は最悪だった。
「持っているわけないでしょう?」
心底相手を軽蔑しつつ返事をすると、悪しき七十七番は「だよなぁ」などと言いつつ、よからぬ笑みを浮かべている。
「だったら、ちょっと付き合えよ!」
何がどうなって「だったら」に繋がるのか意味不明だ。
奴は強引にアデリオを巻き込み、同じ組織の大人……それも上層部の隠していたヘソクリを探し当てて盗んだ。
「公にできず隠していた金だから大丈夫だって。ほら、一緒に探してくれた礼に半分やるよ」
気前よく渡された金を使い、アデリオは仕事ついでに寄った街で腹一杯食べることができた。
普通に与えられる僅かな食事では、育ち盛りの子供には足りない。
腹が減ってまともに働けない奴も多かったので、金が手に入ったのはありがたかった。
そんなことが何度かあった。
元来器用な性質のアデリオは、クレアから便利要員として気に入られたようだ。
一緒に過ごすうち、クレアの性別が女で彼女が孤児だと知った。
行動が滅茶苦茶なのは、最低限の常識を教えられる前に捨てられ、ここへ来たから。
危なっかしい行動を見ていられなくなり、何かと手を貸すようになった。
そして、組織内で最凶コンビが結成されたのである。
成長するにつれ、仲間の数は減っていった。組織で働く子供たちの番号は、二桁ではなく三桁が主流になった。
残っている古株は、六十八番のハクと七十七番のクレア、八十番のアデリオだけだった。
クレアとアデリオはずっと一緒に過ごした。
孤独な身の上のクレアは、家族というものがわからないなりに、アデリオを弟分だと言って他の人間より大事に扱っていた。
いつの間にか、それが嬉しいと思うようになっていた。
そんなある日、クレアの父と名乗るミハルトン伯爵が現れ、彼女を引き取ると言った。
金を積んだらしく、組織はあっさりとクレアを売る。本人は嫌がっていたが、組織の子供に拒否権はなかった。
転んでもただでは起きないクレアは、伯爵と交渉してアデリオとハクを誘った。
だが、ハクはあっさり断る。彼の人生に何があったか知らないが、どうも貴族が嫌いなようだった。
ハクは組織で上り詰める道を選び、アデリオはクレアについて行くことを選んだ。迷いなどなかった。
組織ではやりたい放題のクレアだったが、それが貴族の中で通じるとは思えない。
アデリオは、過去の経験を踏まえてサポートに奔走した。
とはいえ、クレアはクレオとして意外なほど上手に振る舞っていたのだが。
クレアにとっての世界は「気に入るか」、「気に入らないか」、「面白いか」、「面白くないか」で構成されている。彼女にとっては仕事も、戦場での戦いでさえ、その延長線上にある。
だから、平気で人を殺すし、遊び半分で敵に突っ込んでいく。人の命なんて軽いと思っており、その「人の命」の中には、「クレア自身の命」も当たり前のように含まれている。
アデリオがいくら矯正しようとしても、クレアのその部分だけは治らなかった。
一見、健全に見えるクレアだが、根本の部分で歪んでいる。
あの辺境伯には、彼女が治せるだろうか。
心の中で、意地悪くそう考えた。
武器の手入れをしていたところ、仕事を終えたハクが、サイファスからもらった酒を持って訪ねてきたのだ。天井から。
何が悲しくて、野郎と部屋で二人きりにならなければいけないのか。
これがクレアなら、どんなに心が弾んだことか。
従者用の綺麗に整えられた部屋の中、アデリオの気持ちなど知らないハクは、次々に懐から酒瓶を出してくる。
お前の懐はどんな仕組みになっているんだと問いたい。
しかも、出てくるのは甘い酒ばっかりだ。
「ハク、お前って……甘党だった?」
「なんか知らんが、サイファス様が大量にくれたんだ。なんでも最近辛党に目覚めたらしい。せっせと甘い酒を買い込んでいたが、飲む機会がなくなったからと言って分けてくれた。で、俺は甘くても辛くても気にしないからもらった」
「たぶん、辺境伯が妻用に買い込んで不要になったやつじゃないの? クレア、お酒は辛口派だから」
「……ああ~」
真実を知ったハクは、なんとも言えない表情になった。
クレアのために、日々右往左往する辺境伯を見るのは滑稽だ。アデリオもそう思う。
「そういやアデリオ。お前はいいのか? クレアをサイファス様に奪われちまって……あんだけベッタリしていたくせに」
「煩いな。刺すよ?」
「相変わらず物騒な奴だな。そんで、まだ諦めてはいないわけだ」
「今の辺境伯じゃあね……あの様子じゃ、まだまだ苦労しそうだよね」
「うわぁ、その性悪も昔のままだな」
だからといって、心が穏やかなわけではない。
クレアはアデリオにとって、それこそ世界の全てなのだから。
※
上流階級出身のアデリオは、複雑な身の上かつ複雑な状況によって裏切りに遭い、密偵や兇手を生業とする組織に売られた。まあ、端的に言うと嵌められたのだが。
そんな身の上の者が来るのはあり得ない世界なので、周囲はアデリオのことを「口減らしで売られた農民の子」だとでも思っているだろう。
わざわざ正体を明かし、身を危険にさらすつもりもない。真実は闇に葬った。
事実を口にしたところで、今更あの場所へ帰ることはできないのだから。帰りたくもないけれど。
自分を売った犯人は、過酷な組織の中でアデリオが命を失うことを望んでいる。
絶対に死んでやるものかと思った。
組織では「八十番」というキリの良い名を付けられたが、亡き親に付けられた名前だけは捨てたくない。だから、普段は「アデリオ」と名乗っていた。
名前を持っている子供は、仕事以外で本名を語ることが多い。
周りにいるのは自分と同じ年代の子供だが、危険な仕事が多く、しょっちゅう人員が入れ替わる。
だが、そんな環境をエンジョイしている信じられない奴がいた。
現クレア――七十七番だった。
最初、アデリオはクレアが嫌いだった。
自分とは全く異なる生い立ち、理解できない感覚、崩壊している倫理観。
当時のクレアを一言で言い表すと「クソガキ」だった。
誰にも制御できない赤髪の問題児は、組織のトラブルメーカーだが、仕事ができる一点のみで存在を許されていた感じがある。
とはいえ、ガキ共には好かれており、クレアの周りには不思議といつも人がいた。
対するアデリオは、人と馴れ合うことが嫌いだ。いつも一人でいた。
極力誰とも関わらないでいたのだが、ある日、クレアがアデリオに話しかけてきた。
「おい、お前。金持ってねえ?」
初めて交わした会話内容は最悪だった。
「持っているわけないでしょう?」
心底相手を軽蔑しつつ返事をすると、悪しき七十七番は「だよなぁ」などと言いつつ、よからぬ笑みを浮かべている。
「だったら、ちょっと付き合えよ!」
何がどうなって「だったら」に繋がるのか意味不明だ。
奴は強引にアデリオを巻き込み、同じ組織の大人……それも上層部の隠していたヘソクリを探し当てて盗んだ。
「公にできず隠していた金だから大丈夫だって。ほら、一緒に探してくれた礼に半分やるよ」
気前よく渡された金を使い、アデリオは仕事ついでに寄った街で腹一杯食べることができた。
普通に与えられる僅かな食事では、育ち盛りの子供には足りない。
腹が減ってまともに働けない奴も多かったので、金が手に入ったのはありがたかった。
そんなことが何度かあった。
元来器用な性質のアデリオは、クレアから便利要員として気に入られたようだ。
一緒に過ごすうち、クレアの性別が女で彼女が孤児だと知った。
行動が滅茶苦茶なのは、最低限の常識を教えられる前に捨てられ、ここへ来たから。
危なっかしい行動を見ていられなくなり、何かと手を貸すようになった。
そして、組織内で最凶コンビが結成されたのである。
成長するにつれ、仲間の数は減っていった。組織で働く子供たちの番号は、二桁ではなく三桁が主流になった。
残っている古株は、六十八番のハクと七十七番のクレア、八十番のアデリオだけだった。
クレアとアデリオはずっと一緒に過ごした。
孤独な身の上のクレアは、家族というものがわからないなりに、アデリオを弟分だと言って他の人間より大事に扱っていた。
いつの間にか、それが嬉しいと思うようになっていた。
そんなある日、クレアの父と名乗るミハルトン伯爵が現れ、彼女を引き取ると言った。
金を積んだらしく、組織はあっさりとクレアを売る。本人は嫌がっていたが、組織の子供に拒否権はなかった。
転んでもただでは起きないクレアは、伯爵と交渉してアデリオとハクを誘った。
だが、ハクはあっさり断る。彼の人生に何があったか知らないが、どうも貴族が嫌いなようだった。
ハクは組織で上り詰める道を選び、アデリオはクレアについて行くことを選んだ。迷いなどなかった。
組織ではやりたい放題のクレアだったが、それが貴族の中で通じるとは思えない。
アデリオは、過去の経験を踏まえてサポートに奔走した。
とはいえ、クレアはクレオとして意外なほど上手に振る舞っていたのだが。
クレアにとっての世界は「気に入るか」、「気に入らないか」、「面白いか」、「面白くないか」で構成されている。彼女にとっては仕事も、戦場での戦いでさえ、その延長線上にある。
だから、平気で人を殺すし、遊び半分で敵に突っ込んでいく。人の命なんて軽いと思っており、その「人の命」の中には、「クレア自身の命」も当たり前のように含まれている。
アデリオがいくら矯正しようとしても、クレアのその部分だけは治らなかった。
一見、健全に見えるクレアだが、根本の部分で歪んでいる。
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