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39:不良令嬢VSエリート
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砦での仕事を希望した数日後の朝、軽装に着替えたクレアは、新人教育係として夫と共に砦へ向かっていた。
お飾りだった隊長職は辺境伯夫人に引き継がれたのだ。
そして、クレアはそれを「お飾りの地位」にしておく気は微塵もない――引き受けるからには、新人たちを鍛え上げる気満々だった。
そろそろ、サイファスの元に来て一ヶ月が経つ。
季節は春から初夏に移り変わり、辺境の草原は青みが増した。
心地よい風が吹き抜ける。
結婚してしばらくした頃、クレアはサイファスから黒い牝馬をプレゼントされていた。
サイファスの愛馬とは兄妹だという。
クレアは馬に「グレイス」という名前を付けた。
よく訓練された馬で、グレイスは早くもクレアに懐き始めている。黒々とした瞳が可愛らしい。
「よしよし、グレイス。良い子だな……」
クレアは穏やかな気分になっていた。
ルナレイヴへ来た当初は全てが不満で、機会さえあればクレオとして返り咲いてやろうと息巻いていた。
けれど、サイファスたちと過ごすうちに、ギラギラした野心や嫉妬心が薄れ始めている。
辺境では、王都でのように人間関係に神経をすり減らすこともない。
サイファスに仕事を任され、徐々に自分の居場所も出来てきた。
今、「戻りたいか」と問われたら、自分はなんと答えるべきなのだろう。
クレアは明確な答えを出せずにいた。
昼前には砦に到着し、さっそくサイファスから兵士たちにクレアの就任が言い渡される。
まずクレアと顔を合わせたのは、サイファスの下で兵士を指揮する責任者たちだった。
全員は揃っていないが、七人が集合している。
ルナレイヴでは、トップであるサイファスの下に十人の隊長がいる。
全部で第一部隊から第十部隊まであり、それぞれに役目を持っていた。
主に戦闘メインで活躍するのは、第一から第六部隊だ。
第一部隊はエリート揃いの精鋭で主にサイファスに付き従う。
第二部隊は攻撃専門で敵を攻めて攻めて攻めまくる。
第三部隊は防御専門で敵を絶対に自陣に入れない。
第四部隊は攻守両方で臨機応変に動く。一番人数が多い。
第五部隊は知略で敵を攪乱させる。
第六部隊は遊撃部隊である程度自由行動が許される。副官ダレンは、ここの元隊長。
第七部隊は諜報部隊。普段はサイファスの前にしか姿を現さない。
第八部隊は救護部隊。救護部隊なのに何故か兵士たちに恐れられているようだ。
第九部隊は補給部隊で補給のスペシャリストが揃っている。
第十部隊は新人部隊。教育が行われる。戦では後方の安全な場所を担当する。
クレアの担当は第十部隊になる。
しかし、辺境伯の妻が新人指導を任されることについては、好意的な声ばかりではなかった。
「貴族女性にそんなことが出来るとは思えない。前隊長と同様、荷が重いのではないか?」
砦について早々、真っ先に声を上げたのは、クレアより少し年上に見える第一部隊の隊長だった。
切りそろえられた黒髪のおかっぱ頭に、氷のような灰色の瞳。ツンと冷たい表情の青年である。
いかにも育ちが良く、プライドの高そうなタイプだとクレアは思った。
「いくらサイファス様の奥方と言えど、兵士経験のない素人が縁故で隊長職に就くというのはいかがかと思うが?」
もっともな苦言なので、クレアは彼に向かって答える。
「兵士経験ならある。問題ない」
事実なのだが、相手は信じていないようだった。
「ご冗談を。我々は忙しいんだ。奥方様のワガママに付き合っている暇はない」
けんもほろろな対応で、とりつく島がない。
他の隊長たちは何も言わないが、第一部隊の隊長と同様、疑いの目でクレアを見ていた。
「よし、わかった。だったら、第一部隊のお前。ここで俺と勝負しろ」
「は……?」
「お前の言い分はもっともだから、負けたら大人しく引き下がる。ただし、俺が勝ったら配属に文句言うなよ?」
「へ、辺境伯夫人に対して、そんなことが出来るわけないだろう! サイファス様に殺される!」
第一部隊隊長は薄い唇を歪め、青い顔で反論してくる。
だが、クレアはあっけらかんと答えた。
「何言ってんだ。温厚なサイファスがそんなことするはずない。そうだよな?」
信頼に満ちた眼差しでサイファスを見ると、彼はにっこり笑って答えた。
「もちろんだよ。私は心優しき辺境伯だからね」
一瞬、隊長たちの間に困惑のざわめきが広がったが、クレアは気がつかなかった。
「それなら、勝負しても問題ないな?」
期待を込めてサイファスを見ると、彼は苦笑しながら第一部隊隊長に言った。
「ミハイル、クレアの相手をしてあげて欲しい。ただし、真剣ではなく木刀で」
「……サイファス様、本気ですか?」
「クレアに危ないことをして欲しくはないけど……本人がやる気だし。手加減は不要だ」
それでいいのかと叫びたそうなミハイルだったが、上司には逆らえない。
大人しくクレアに向き直った。
「わかった。さっさと茶番を終わらせるぞ」
木刀を渡されたクレアとミハイルは、揃って砦の外――自由に暴れられる広場に出る。
数人の隊長が野次馬として同行し、残りのメンバーは仕事に戻った。
お飾りだった隊長職は辺境伯夫人に引き継がれたのだ。
そして、クレアはそれを「お飾りの地位」にしておく気は微塵もない――引き受けるからには、新人たちを鍛え上げる気満々だった。
そろそろ、サイファスの元に来て一ヶ月が経つ。
季節は春から初夏に移り変わり、辺境の草原は青みが増した。
心地よい風が吹き抜ける。
結婚してしばらくした頃、クレアはサイファスから黒い牝馬をプレゼントされていた。
サイファスの愛馬とは兄妹だという。
クレアは馬に「グレイス」という名前を付けた。
よく訓練された馬で、グレイスは早くもクレアに懐き始めている。黒々とした瞳が可愛らしい。
「よしよし、グレイス。良い子だな……」
クレアは穏やかな気分になっていた。
ルナレイヴへ来た当初は全てが不満で、機会さえあればクレオとして返り咲いてやろうと息巻いていた。
けれど、サイファスたちと過ごすうちに、ギラギラした野心や嫉妬心が薄れ始めている。
辺境では、王都でのように人間関係に神経をすり減らすこともない。
サイファスに仕事を任され、徐々に自分の居場所も出来てきた。
今、「戻りたいか」と問われたら、自分はなんと答えるべきなのだろう。
クレアは明確な答えを出せずにいた。
昼前には砦に到着し、さっそくサイファスから兵士たちにクレアの就任が言い渡される。
まずクレアと顔を合わせたのは、サイファスの下で兵士を指揮する責任者たちだった。
全員は揃っていないが、七人が集合している。
ルナレイヴでは、トップであるサイファスの下に十人の隊長がいる。
全部で第一部隊から第十部隊まであり、それぞれに役目を持っていた。
主に戦闘メインで活躍するのは、第一から第六部隊だ。
第一部隊はエリート揃いの精鋭で主にサイファスに付き従う。
第二部隊は攻撃専門で敵を攻めて攻めて攻めまくる。
第三部隊は防御専門で敵を絶対に自陣に入れない。
第四部隊は攻守両方で臨機応変に動く。一番人数が多い。
第五部隊は知略で敵を攪乱させる。
第六部隊は遊撃部隊である程度自由行動が許される。副官ダレンは、ここの元隊長。
第七部隊は諜報部隊。普段はサイファスの前にしか姿を現さない。
第八部隊は救護部隊。救護部隊なのに何故か兵士たちに恐れられているようだ。
第九部隊は補給部隊で補給のスペシャリストが揃っている。
第十部隊は新人部隊。教育が行われる。戦では後方の安全な場所を担当する。
クレアの担当は第十部隊になる。
しかし、辺境伯の妻が新人指導を任されることについては、好意的な声ばかりではなかった。
「貴族女性にそんなことが出来るとは思えない。前隊長と同様、荷が重いのではないか?」
砦について早々、真っ先に声を上げたのは、クレアより少し年上に見える第一部隊の隊長だった。
切りそろえられた黒髪のおかっぱ頭に、氷のような灰色の瞳。ツンと冷たい表情の青年である。
いかにも育ちが良く、プライドの高そうなタイプだとクレアは思った。
「いくらサイファス様の奥方と言えど、兵士経験のない素人が縁故で隊長職に就くというのはいかがかと思うが?」
もっともな苦言なので、クレアは彼に向かって答える。
「兵士経験ならある。問題ない」
事実なのだが、相手は信じていないようだった。
「ご冗談を。我々は忙しいんだ。奥方様のワガママに付き合っている暇はない」
けんもほろろな対応で、とりつく島がない。
他の隊長たちは何も言わないが、第一部隊の隊長と同様、疑いの目でクレアを見ていた。
「よし、わかった。だったら、第一部隊のお前。ここで俺と勝負しろ」
「は……?」
「お前の言い分はもっともだから、負けたら大人しく引き下がる。ただし、俺が勝ったら配属に文句言うなよ?」
「へ、辺境伯夫人に対して、そんなことが出来るわけないだろう! サイファス様に殺される!」
第一部隊隊長は薄い唇を歪め、青い顔で反論してくる。
だが、クレアはあっけらかんと答えた。
「何言ってんだ。温厚なサイファスがそんなことするはずない。そうだよな?」
信頼に満ちた眼差しでサイファスを見ると、彼はにっこり笑って答えた。
「もちろんだよ。私は心優しき辺境伯だからね」
一瞬、隊長たちの間に困惑のざわめきが広がったが、クレアは気がつかなかった。
「それなら、勝負しても問題ないな?」
期待を込めてサイファスを見ると、彼は苦笑しながら第一部隊隊長に言った。
「ミハイル、クレアの相手をしてあげて欲しい。ただし、真剣ではなく木刀で」
「……サイファス様、本気ですか?」
「クレアに危ないことをして欲しくはないけど……本人がやる気だし。手加減は不要だ」
それでいいのかと叫びたそうなミハイルだったが、上司には逆らえない。
大人しくクレアに向き直った。
「わかった。さっさと茶番を終わらせるぞ」
木刀を渡されたクレアとミハイルは、揃って砦の外――自由に暴れられる広場に出る。
数人の隊長が野次馬として同行し、残りのメンバーは仕事に戻った。
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