上 下
35 / 99

34:食べ物につられる不良令嬢

しおりを挟む
 翌朝、サイファスがピクニックに出かけようと誘ってきた。
 ルナレイヴの地を案内してくれるというので、クレアは素直についていくことにする。
 昨日の気まずさは若干残っているものの、サイファスはその話題を持ち出さない。

 二人で一頭ずつ馬に乗り、目的地へと向かった。
 日帰りで行ける距離は限度があるけれど、景色の良い場所があるそうだ。
 サイファスとクレアの組み合わせなので護衛は不要である。
 マルリエッタは嬉々として二人を見送った。

 そうして昼前に、クレアとサイファスは目的地に到着した。目の前に広がるのは草原と大きな湖だ。
 ルナレイヴにはたくさんの湖が点在している。
 中でも一番大きな湖の畔には、サイファスの持つ別邸があるのだとか。その周りには、人口二百人ほどの小さな村もあるらしい。
 サイファスは、楽しそうにルナレイヴの魅力をクレアに解説する。

 湖の背後には小高い丘があり、その向こうには木々が生い茂る小道が続いているようだ。
 クレアたちは湖の手前で昼食を食べることにした。
 持たされた包みを開くと、屋敷の料理人が気合いを入れて作った品々が現れる。数々のサンドウィッチにカラフルなサラダ、羊や鳥のグリルに凝ったデザート。
 ピクニックの弁当というには豪勢すぎる内容だった。
 真っ先に肉を頬張るクレアに向かって、サイファスが話しかける。

「マルリエッタから聞いたけど、クレアはお酒が好きなんだってね。ルナレイヴでは、たくさんの酒が造られているよ。クレアの気に入るものも見つかるんじゃないかな」
「本当か……!?」

 クレアは身を乗り出した。

「ゼシュテ国の東側には、地元の素材を活かした小さな工房が多いんだ。特にウイスキーやチーズがたくさん作られていて……ルナレイヴにもいくつか蒸溜所がある」

 蒸溜所はクレアの興味のある場所だ。なんといっても作りたての酒が飲める。
 サイファスは酒造りについても詳しいらしく、クレアに説明をし始めた。

「まず、二日ほど水に漬けた大麦を床に敷き詰め、発芽するまで一週間ほど育成させる。次に発芽した大麦を乾燥させ、粉砕した麦芽を湯と混ぜて、これを発酵して二度蒸溜する」

 すると、アルコール度数七十度の素晴らしい飲み物になるらしい。その名をウイスキーという。

「さらに、湯に混ぜた麦芽を糖化させ、ホップを加えて発酵すればビールになるんだよ」

 ルナレイヴは酒飲みにとっての天国だった。自然とテンションの上がるクレア。
 完全にサイファスのペースに飲まれている。

「大麦は料理にも使われるんだ」
「そういえば、屋敷で良く出されるスープには、野菜や肉の他に麦が入っていたな」
「ソーセージの隠し味や粥にも大麦が使われるよ」

 サイファスとの外出は、本で領地の勉強をするよりずっと楽しい。
 クレアはかなり、この地が好きになりそうだった。

「ルナレイヴの北側には宝石や石炭の取れる山もあるんだ。その近辺には修道院なんかもある」

 その山を狙って隣の国が、ちょっかいをかけてきているわけだ。

「……思ったより発展しているな。ルナレイヴでは酪農も盛んそうだし」

 すると、サイファスは緩く首を横に振った。

「こんな風になったのは、最近のことなんだ。昔は人と家畜が同じ建物に住んでいたんだよ。ルナレイヴは度々他国に侵攻されて、とても貧しかったからね。私たちも食べ物がなくなると豚の血を採って蒸し、固めて食べていた」
「……そっか。お前も大変だったんだな」

 今のルナレイヴがあるのは、サイファスの尽力のおかげなのだろう。
 目の前の人物の功績が、唯々眩しいクレアだった。

 豚の血の話から飛ぶが、辺境ではハムやベーコン、ソーセージ作りも盛んだ。王都で流行の生ハムも、東の地で作られることが多い。
 生ハムは、精肉を塩漬けして乾燥させたもので、肉を塩漬けする職人が揉みほぐした肉を温度の低い場所に百日近く置き、乾燥させてから熟成させる。

 ソーセージは、そのままでは食べにくい豚の血や内臓を塩やスパイスで味付けしてから胃袋や腸袋に詰め、燻製して保存したものだ。冬場の保存食にもなる。さらに、これを干せばサラミになるのだ。
 全部クレアの大好物である。
 サイファスは、食べ物でクレアを釣る作戦に出たようだった。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

お願い聖騎士様、浄化して!

カギカッコ「」
恋愛
乙女ゲームの脇役に転生した私。ただ、最悪にも脇役は脇役でもビッチな脇役に。役柄の通りにって世界の強制力が私をメイン男性キャラ三人を見ると意に反して言い寄らせるからもう大変。強制魅了ってやつね。だけどそんな魅了を聖騎士ユリウスの浄化魔法が一時的に消せるとわかってからは彼頼みに。だけど最近彼の様子がおかしいし、私は私で彼への気持ちを自覚して、しばらく会わないようにした。それからもどうにかして操を守っていた私だけど、王宮舞踏会の夜、例の三人と接近して大ピンチに。三人から逃げなくちゃ、と無謀な判断をする私はその時――な話。指定はないけどちょっと大人なラブ。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

殿下の御心のままに。

cyaru
恋愛
王太子アルフレッドは呟くようにアンカソン公爵家の令嬢ツェツィーリアに告げた。 アルフレッドの側近カレドウス(宰相子息)が婚姻の礼を目前に令嬢側から婚約破棄されてしまった。 「運命の出会い」をしたという平民女性に傾倒した挙句、子を成したという。 激怒した宰相はカレドウスを廃嫡。だがカレドウスは「幸せだ」と言った。 身分を棄てることも厭わないと思えるほどの激情はアルフレッドは経験した事がなかった。 その日からアルフレッドは思う事があったのだと告げた。 「恋をしてみたい。運命の出会いと言うのは生涯に一度あるかないかと聞く。だから――」 ツェツィーリアは一瞬、貴族の仮面が取れた。しかし直ぐに微笑んだ。 ※後半は騎士がデレますがイラっとする展開もあります。 ※シリアスな話っぽいですが気のせいです。 ※エグくてゲロいざまぁはないと思いますが作者判断ですのでご留意ください  (基本血は出ないと思いますが鼻血は出るかも知れません) ※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...