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27:不良令嬢の変化と覚悟
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マルリエッタが口に出した言葉にクレアは瞠目する。
「……何者と言われても」
「ならず者に気絶させられたとき、私にはかすかに意識が残っていました。薄れゆく視界の中で確かに見たのです。あなたが、敵を全滅させたところを」
クレアは思わず黙り込む。まさか、大暴れしている姿を見られているとは思わなかった。
辺境伯夫人が大立ち回りをするなんて不審に思われて当然だ。
「私はあなたが敵だとは思っておりません。普通の奥様ではないでしょうが、私を安全な場所に移動させて助けてくださったことを知っています。けれど……」
マルリエッタは、戸惑いの表情を浮かべている。
迷った様子のマルリエッタは、じっとクレアを見つめて言葉を続けた。
胡桃色の彼女の瞳に鋭い光が宿る。
「サイファス様を傷つけるようなことがあれば、私はあなたを許しません」
予想はしていた。
マルリエッタはサイファスのことをとても慕っていて、彼に忠実だ。
クレアが花嫁としてこの地を訪れたときも、サイファスと仲良く過ごしていたときも、一番喜んでいたのは彼女だった。
けれど、クレアはそんなマルリエッタを裏切った。
密偵として働いていたとき、クレオとして生活していたとき、クレアは他の組織や貴族仲間に入り込み、それなりに上手に立ち回っていた。
仕事で仲良くする相手が出来ても、所詮それは一時的なもの。
適当に言い訳して距離を置き、必要とあれば相手を陥れることもした。
生きるために必要なことだったから、心も大して痛まなかった。
けれど、マルリエッタ本人から騙していたことを指摘され、動揺してしまっている。
(ルナレイヴに来てからの俺は変だ。どうしてしまったんだ?)
サイファスやマルリエッタを裏切ることへの罪悪感が日に日に強く大きくなっていく。
彼らがあまりにもクレアに好意的に接するから。
心から自分を大切にしてくれているとわかる上に、今まで見てきたどんな貴族とも違う。
これまでのクレアは、アデリオ以外の人間を信じていなかった。
それが辺境に来て一月も経たないうちに、すっかり彼らを好ましいと思ってしまっている。
サイファスもマルリエッタも、ただ心根が清いだけの人間ではないはずだ。
それでも、芯の部分は汚れていない。
泥水の中を這って生きてきたクレアにとって、まっすぐな彼らは眩しく希少な人間だった。
黙り込むクレアを見て、マルリエッタは再び口を開く。
「サイファス様は『残虐鬼』などと呼ばれておりますが、誰よりも傷つきやすく繊細な方です。私は幼少期のあの方を知っております。家が近く、子供時代からサイファス様と交流があったのです」
親同士が仲の良い間柄だったと彼女は語る。
「ですが、サイファス様が十五歳のときに彼のご両親は戦で亡くなっております。私の両親もその際に……」
あまり詳しいことは口にしたくないのだろう。
当時を思い出すマルリエッタの顔は暗い。
「その後はサイファス様に拾っていただき、こうして辺境伯家で働くことが出来ております。あの方には感謝しかありません」
静かに目を閉じるマルリエッタ。
時刻はすでに夕方になっており、開け放たれた窓から涼しい風が吹いてくる。
どう答えるべきか迷った末、クレアはマルリエッタの手を取った。
「俺は妾腹だけど、伯爵令嬢なのは事実だ。不審に思うなら、父のミハルトン伯爵に問い合わせてみればいい。今みたいな状態になった理由は色々あるが、これだけは言える。俺はサイファスを絶対に害したりしない」
ゆっくり瞼を開けるマルリエッタは、真偽を見定めるようにクレアと目を合わせる。
「あいつが噂通りの『残虐鬼』じゃないことくらい、俺にだってわかる」
「クレア様……」
「そして、こうも思う。サイファスには俺なんかより、もっと良い嫁が見つかるはずだと」
そろそろ潮時かもしれない。
クレアは静かに目を逸らし、窓の外を見つめる。
赤々とした大きな太陽が地平線の彼方へ沈んでいった。
「……何者と言われても」
「ならず者に気絶させられたとき、私にはかすかに意識が残っていました。薄れゆく視界の中で確かに見たのです。あなたが、敵を全滅させたところを」
クレアは思わず黙り込む。まさか、大暴れしている姿を見られているとは思わなかった。
辺境伯夫人が大立ち回りをするなんて不審に思われて当然だ。
「私はあなたが敵だとは思っておりません。普通の奥様ではないでしょうが、私を安全な場所に移動させて助けてくださったことを知っています。けれど……」
マルリエッタは、戸惑いの表情を浮かべている。
迷った様子のマルリエッタは、じっとクレアを見つめて言葉を続けた。
胡桃色の彼女の瞳に鋭い光が宿る。
「サイファス様を傷つけるようなことがあれば、私はあなたを許しません」
予想はしていた。
マルリエッタはサイファスのことをとても慕っていて、彼に忠実だ。
クレアが花嫁としてこの地を訪れたときも、サイファスと仲良く過ごしていたときも、一番喜んでいたのは彼女だった。
けれど、クレアはそんなマルリエッタを裏切った。
密偵として働いていたとき、クレオとして生活していたとき、クレアは他の組織や貴族仲間に入り込み、それなりに上手に立ち回っていた。
仕事で仲良くする相手が出来ても、所詮それは一時的なもの。
適当に言い訳して距離を置き、必要とあれば相手を陥れることもした。
生きるために必要なことだったから、心も大して痛まなかった。
けれど、マルリエッタ本人から騙していたことを指摘され、動揺してしまっている。
(ルナレイヴに来てからの俺は変だ。どうしてしまったんだ?)
サイファスやマルリエッタを裏切ることへの罪悪感が日に日に強く大きくなっていく。
彼らがあまりにもクレアに好意的に接するから。
心から自分を大切にしてくれているとわかる上に、今まで見てきたどんな貴族とも違う。
これまでのクレアは、アデリオ以外の人間を信じていなかった。
それが辺境に来て一月も経たないうちに、すっかり彼らを好ましいと思ってしまっている。
サイファスもマルリエッタも、ただ心根が清いだけの人間ではないはずだ。
それでも、芯の部分は汚れていない。
泥水の中を這って生きてきたクレアにとって、まっすぐな彼らは眩しく希少な人間だった。
黙り込むクレアを見て、マルリエッタは再び口を開く。
「サイファス様は『残虐鬼』などと呼ばれておりますが、誰よりも傷つきやすく繊細な方です。私は幼少期のあの方を知っております。家が近く、子供時代からサイファス様と交流があったのです」
親同士が仲の良い間柄だったと彼女は語る。
「ですが、サイファス様が十五歳のときに彼のご両親は戦で亡くなっております。私の両親もその際に……」
あまり詳しいことは口にしたくないのだろう。
当時を思い出すマルリエッタの顔は暗い。
「その後はサイファス様に拾っていただき、こうして辺境伯家で働くことが出来ております。あの方には感謝しかありません」
静かに目を閉じるマルリエッタ。
時刻はすでに夕方になっており、開け放たれた窓から涼しい風が吹いてくる。
どう答えるべきか迷った末、クレアはマルリエッタの手を取った。
「俺は妾腹だけど、伯爵令嬢なのは事実だ。不審に思うなら、父のミハルトン伯爵に問い合わせてみればいい。今みたいな状態になった理由は色々あるが、これだけは言える。俺はサイファスを絶対に害したりしない」
ゆっくり瞼を開けるマルリエッタは、真偽を見定めるようにクレアと目を合わせる。
「あいつが噂通りの『残虐鬼』じゃないことくらい、俺にだってわかる」
「クレア様……」
「そして、こうも思う。サイファスには俺なんかより、もっと良い嫁が見つかるはずだと」
そろそろ潮時かもしれない。
クレアは静かに目を逸らし、窓の外を見つめる。
赤々とした大きな太陽が地平線の彼方へ沈んでいった。
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