不良令嬢と残虐鬼辺境伯の政略結婚！！

２２：侍女と市場へ行ってみる

　翌日、マルリエッタに着替えさせられたクレアは、朝食を食べつつ首を傾げていた。
　今日の服装は紺色のフリフリドレスである。

（昨日のアレは一体なんだったんだ？）

　悩みを聞いた後も、サイファスはクレアを抱きしめ続けていた。
　再びマルリエッタがお茶請けのケーキを運んでくるまで、彼はクレアを放さなかったのだ。

（サイファスって、案外他人に甘えるタイプなのか？）

　残虐鬼の意外な姿を見て、何故か突き放すことが出来なかった。
　でっかい人間に抱きつかれて暑苦しいのに。
　王都では、「いい子にしないと残虐鬼が殺しに来るぞ～」なんて子供への脅し文句として登場するくらい恐怖の象徴になっているサイファス。
　けれど、彼は普通の青年……むしろ繊細な部類なのだろう。そういう印象を受けた。

　サイファスは砦に出かけてしまい、今日は屋敷にいない。
　本でも読もうかと思っていたところに、マルリエッタがやってきた。

「クレア様、少しお出かけしませんか？　買い出しの用事があるのですが、近場でしたらクレア様が一緒でも問題ないかと。クレア様は外出がお好きなようですし、毎日屋敷に籠もるのは退屈でしょう？」
「本当にいいのか？」

　勝手に街をうろついてはマズイのではと思ったが、その辺りは緩いらしい。

「と言いましても、一番近くにある市場を回るだけですけどね」
「行く！」

　こうして、クレアはマルリエッタと連れだって街に出かけた。
　辺境伯の屋敷を出ることが出来たのは、砦へ行ったとき以来だ。

　馬車に乗って少し移動すると、街の中央にある大きな広場へ辿り着いた。
　ベージュ色の石畳の周りには、同じ色の壁の建物が広場を囲むように並んでいる。
　中央には噴水があり、その周りに市が立っていた。
　食料品を扱う店が圧倒的に多く、その他に嗜好品や安価な衣類と装飾品を扱う店もある。
　外れた場所には、花屋や家畜を売る店もあった。

　王都の巨大な市場とは比べものにならないが、クレアは穏やかな雰囲気の市場に好感を持つ。

「自由に見て回っていいのか？」
「わ、私もお供します！　クレア様に何かあっては大変ですから！」

　クレアの後を、小走りのマルリエッタがついて来た。
　珍しい野菜をしげしげと眺めるクレアの横で、マルリエッタは素早く買い物を済ませていく。次は肉屋だ。

「おっ、馬肉だ。珍しいな」
「こっちは馬が多いので。王都では馬は食べませんか？」
「馬は貴重だから食べない。鶏や牛、豚や羊が多いかな」
「そうなんですね。他の肉もこちらではよく食べますよ。その代わり、海の魚は食べられません。この国の西は海ですが、東は平原が広がるばかりですから」
「確かに、ここまで運ぶのは大変そうだ」

　ゼシュテ国は四方を異なる地形に囲まれた国だ。
　北は山脈、東は平原、西は海で、南は砂漠。

「で、でも、川や湖に住む魚ならありますから！　ルナレイヴを嫌いにならないでくださいね！」
「大丈夫だ。そのくらいのことで嫌いになったりしねえよ」

　屋敷の住人たちは、ことあるごとにクレアが出て行かないかヒヤヒヤしている。
　彼らの信用を得るには時間が掛かりそうだが、クレアは自身が信用に足りない人物だと自覚している。
　クレオの席さえ空けば、すぐにでも王都へ帰ろうと思っているのだから。
　肉を買ったマルリエッタは果物を売る店に向かう。
　その後は小物や花屋を見て回り、茶葉を買い足して帰路につく。

「いかがでしたか？　ルナレイヴの市場は」
「面白かった。連れ出してくれてありがとう、マルリエッタ」
「喜んでいただけて良かったです。クレア様は、いつも退屈そうにしておられましたから。クレア様は意外と活動的な方なんですね。病弱だと聞いておりましたから、室内で過ごされる方が良いのかと思っておりました」
「ああ、ええと。こっちの空気がいいからかな。最近、体調が悪くならないんだ」
「まあ、それは良いことですわ！　ぜひぜひ、このまま一生ルナレイヴに留まっていただくのがいいですわ！」

　クレアとマルリエッタは馬車に乗り込み、辺境伯の屋敷を目指す。
　しかし、ガタゴトと石畳を進み始めてしばらくしたところで、急に馬車が大きく揺れた。

「何事です!?」

　窓から顔を出したマルリエッタが御者に問いかけるが、返事はなかった。