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18:残虐鬼の右フック(サイファス視点)

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「いつになったらクレアとゆっくり過ごせるんだ……」

 ルナレイヴでは国境の守備は出来るが、国からの命令で他国を攻撃するのを禁じられている。
 王からの許可がなければ、国境を越えられないのだ。
 だから深追いして敵を叩けない。膠着状態が続いている。
 運良く敵の頭がこちら側に来てくれればいいのだが、手下をけしかけてくるだけで姿を現さない。

(別の手を考えなければ)

 同じ状況が続いているためか兵士たちの士気も下がり、気が緩んでいる者が出てきた。
 件の隊長の一人がそれだ。
 油断をしていなければ、あんな愚かな行動を取れるはずがない。
 彼は王都に住む知人の貴族から「息子を王都の国王軍で働かせたいので訓練を」と頼まれた人物。
 気は乗らないが、知り合いの頼みとあっては断れない。

 しかし、貴族の息子は親から辺境送りにされたことに憤り、真面目に訓練を受けない。
 それどころか、反発するがごとく余計なことばかりする。
 大口を叩く割に、一年経っても辺境の兵士の訓練についてこられない。
 地位とプライドだけ高いという、どうしようもない人物だった。

 預かり期間は二年だが、彼を一人前の兵士にするのは前途多難。
 だから、サイファスは「騎士としての振る舞い」だけは身につけている彼に名誉職を与えることにした。
 とりあえず、「お飾りの隊長職」を与えて新人の指導係を任せたのだ。
 しかし、プライドの高い彼はそれもお気に召さなかったらしい。
 色々なことが積み重なった結果、今回の事件に発展してしまったのだ。

 問題行動を起こさないでいてくれたら、他に何もしなくていい。
 期限まで大人しくしていてくれるだけでいい。
 だというのに、この有様だ。
 重い気分で問題の件の隊長のもとへ向かう。

「ようやくお出ましですか、辺境伯殿」

 謹慎している隊長の部屋に入ると、相手は椅子から立って不満そうに鼻を鳴らした。
 だが、残虐鬼であるサイファスを恐れてもいるため、チクリと嫌味を言うに留めたようだ。
 あからさまに歯向かってくる気配はない。

「事後処理に時間が掛かったんだ。誰かさんのせいで」

 言葉にとげが出るのは仕方がない。サイファスは話を続ける。

「レダンド子爵。今回の襲撃で新人兵士二十名のうち、十五名が死んだ。生き残った者で今後も兵士として戦える者はたった三人だ。残りは怪我や心の傷が原因で、もう戦場に立てない。普通の生活もままならない……君は、将来有望な若者の未来を十七人分潰したんだ。馬の支給も訓練さえもしていなかったそうだしな」

 しかし、サイファスの声はレダンドに届いてはいないようだ。
 問題を起こした本人は、ニヤニヤと媚びた笑いを浮かべている。

「またまた、大げさな。たかが十七名じゃありませんか。新人なんて、いてもいなくても変わりありませんよ。それに経費の着服だって、王都では皆やっていることだ。田舎者の気質かもしれませんが、あなたは少し細かすぎる」

 動きを止めたサイファスに気づかす、レダンドは更にまくし立てる。

「いや、私だって反省しているんですよ? やりすぎたってね……ちょっとした嫌がらせのつもりだったんですよ、私の実力を正当に評価しないあなたへの」

 その先の言葉は続かなかった。サイファスがレダンドを殴り飛ばしたからだ。
 さほど強く殴ったつもりはなかったが、レダンドの歯は折れ口から出血している。

「もう、君に与える役目はない。屋敷から出ず期限まで大人しくしていろ。君のお父上には、私から事実を伝えておく」

 床に倒れたレダンドを放置し、サイファスは執務室へ戻るべく踵を返した。

(……新人兵士の件は僕の責任だ)

 忙しくて手が回らなかったとはいえ、レダンドへの監視を怠った。
 犠牲になった者たちを思うと、今夜は眠れそうにない。

(クレアに会いたい……)

 今にも泣き言を言い出しそうな自分を叱咤し、サイファスは仕事を続けるのだった。
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