12 / 99
11:険しい奥様生活
しおりを挟む
翌日の朝、クレアはサイファスの隣で目を覚ました。
(……昨夜のサイファスは、一体何がしたかったんだ?)
一向に自分に触れる様子のなかった夫を不思議に思いつつ、クレアは彼の方へ体を向ける。
すると、薄く目を開けたサイファスがクレアをじっと見つめていた。
「おはよう、サイファス」
「おはよう、クレア。よく眠れたかい?」
「ああ、問題ない。心配しなくても俺……わたくしは、その気になればどこでも眠れる。もちろん、硬い土の上でもな」
「そ、そうなんだ。頼もしいね」
サイファスは微妙な微笑みを浮かべ、寝台から体を起こした。
「それじゃあ、私は今日の仕事があるから。朝食の後はゆっくりしてね」
ポンポンとクレア頭を撫でて去ろうとするサイファス。
結局彼は、昨夜一度もクレアに手を出さなかった。
それどころか、何事もなかったかのように、朝食すら摂らずに仕事に向かおうとしている。
おそらく彼は、今日も遅くまで仕事に追われるのだろう。
そんなサイファスに、クレアは後ろから声を掛けた。
「なあ、いつになったら屋敷を案内してくれるんだ?」
「えっ……?」
「この建物内を把握しておきたいんだが、マルリエッタたちが『旦那様が案内するから』と言って、何も教えてくれないんだよ。忙しいんなら自分で回るから、皆にそう言ってくんない? 自分のいる建物の全容が把握できていないっていうのも気持ちが悪くて」
「ああ。いや、それは」
「なんだ?」
問い返すとサイファスは黙りこくってしまい、やや気まずい沈黙が落ちた。
「もう少しだけ待ってくれないかな。必ず時間を作るから!」
「いや、時間がないなら勝手に見て回るから……」
「必ず、作るから!」
そう言い置くと、サイファスは嵐のように去って行ってしまった。
「……なんなんだ、あいつは」
何がしたいのか分からない。
クレアは呆気にとられながら、彼の背中を見送った。
一人の食事を終え、マルリエッタと庭を散歩する。
アデリオは彼女が「この間男!」と追い払ってしまったのだ。
マルリエッタは間男の存在を警戒していた。
薔薇の咲く生け垣に沿って散歩しながら、クレアは仕事熱心な侍女の言葉に耳を傾ける。
「……というわけで、この薔薇園も旦那様が自ら用意されたのですよ。このお屋敷に来る奥様のためにと! この北の地では薔薇は根付きにくいのですが、旦那様の努力の甲斐あって見事な庭園になったのです。向こうの一際綺麗な一角は、旦那様が自ら手入れをされています」
マルリエッタの話で、サイファスがものすごくいい奴だということはわかった。
辺境の地に妻が来るのを、それは楽しみにしていたということも。
しかし、クレアの心はずっと晴れない。
(することがなさ過ぎて、蕁麻疹が出そうだ……)
辺境伯の奥様としての生活は、三日目にして破綻しかけている。
主に、クレアの心理的な原因によって。
辺境の貴族の妻というものは、こんなにも暇なのだろうか。
サイファスも、マルリエッタも、他のメンバーも、皆クレアに優しい。
無責任で我が儘なのは自分の方だというのは百も承知だ。
(だが、こんな生活は息が詰まる。俺には無理だ……!)
悶々としていると、生け垣の向こうに兵士たちが慌ただしく駆け抜けていくのが見えた。
(……昨夜のサイファスは、一体何がしたかったんだ?)
一向に自分に触れる様子のなかった夫を不思議に思いつつ、クレアは彼の方へ体を向ける。
すると、薄く目を開けたサイファスがクレアをじっと見つめていた。
「おはよう、サイファス」
「おはよう、クレア。よく眠れたかい?」
「ああ、問題ない。心配しなくても俺……わたくしは、その気になればどこでも眠れる。もちろん、硬い土の上でもな」
「そ、そうなんだ。頼もしいね」
サイファスは微妙な微笑みを浮かべ、寝台から体を起こした。
「それじゃあ、私は今日の仕事があるから。朝食の後はゆっくりしてね」
ポンポンとクレア頭を撫でて去ろうとするサイファス。
結局彼は、昨夜一度もクレアに手を出さなかった。
それどころか、何事もなかったかのように、朝食すら摂らずに仕事に向かおうとしている。
おそらく彼は、今日も遅くまで仕事に追われるのだろう。
そんなサイファスに、クレアは後ろから声を掛けた。
「なあ、いつになったら屋敷を案内してくれるんだ?」
「えっ……?」
「この建物内を把握しておきたいんだが、マルリエッタたちが『旦那様が案内するから』と言って、何も教えてくれないんだよ。忙しいんなら自分で回るから、皆にそう言ってくんない? 自分のいる建物の全容が把握できていないっていうのも気持ちが悪くて」
「ああ。いや、それは」
「なんだ?」
問い返すとサイファスは黙りこくってしまい、やや気まずい沈黙が落ちた。
「もう少しだけ待ってくれないかな。必ず時間を作るから!」
「いや、時間がないなら勝手に見て回るから……」
「必ず、作るから!」
そう言い置くと、サイファスは嵐のように去って行ってしまった。
「……なんなんだ、あいつは」
何がしたいのか分からない。
クレアは呆気にとられながら、彼の背中を見送った。
一人の食事を終え、マルリエッタと庭を散歩する。
アデリオは彼女が「この間男!」と追い払ってしまったのだ。
マルリエッタは間男の存在を警戒していた。
薔薇の咲く生け垣に沿って散歩しながら、クレアは仕事熱心な侍女の言葉に耳を傾ける。
「……というわけで、この薔薇園も旦那様が自ら用意されたのですよ。このお屋敷に来る奥様のためにと! この北の地では薔薇は根付きにくいのですが、旦那様の努力の甲斐あって見事な庭園になったのです。向こうの一際綺麗な一角は、旦那様が自ら手入れをされています」
マルリエッタの話で、サイファスがものすごくいい奴だということはわかった。
辺境の地に妻が来るのを、それは楽しみにしていたということも。
しかし、クレアの心はずっと晴れない。
(することがなさ過ぎて、蕁麻疹が出そうだ……)
辺境伯の奥様としての生活は、三日目にして破綻しかけている。
主に、クレアの心理的な原因によって。
辺境の貴族の妻というものは、こんなにも暇なのだろうか。
サイファスも、マルリエッタも、他のメンバーも、皆クレアに優しい。
無責任で我が儘なのは自分の方だというのは百も承知だ。
(だが、こんな生活は息が詰まる。俺には無理だ……!)
悶々としていると、生け垣の向こうに兵士たちが慌ただしく駆け抜けていくのが見えた。
1
お気に入りに追加
1,787
あなたにおすすめの小説
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
夫は寝言で、妻である私の義姉の名を呼んだ
Kouei
恋愛
夫が寝言で女性の名前を呟いだ。
その名前は妻である私ではなく、
私の義姉の名前だった。
「ずっと一緒だよ」
あなたはそう言ってくれたのに、
なぜ私を裏切ったの―――…!?
※この作品は、カクヨム様にも公開しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
【完結】愛されないのは政略結婚だったから、ではありませんでした
紫崎 藍華
恋愛
夫のドワイトは妻のブリジットに政略結婚だったから仕方なく結婚したと告げた。
ブリジットは夫を愛そうと考えていたが、豹変した夫により冷めた関係を強いられた。
だが、意外なところで愛されなかった理由を知ることとなった。
ブリジットの友人がドワイトの浮気現場を見たのだ。
裏切られたことを知ったブリジットは夫を許さない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる