不良令嬢と残虐鬼辺境伯の政略結婚!!

桜あげは

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6:新しい侍女は強かった

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「少なくとも、クレアよりは詳しいよ。なんなら、ここで教えてあげようか?」

 言うなり、彼は寝転がるクレアの上に覆いかぶさった。
 はたから見れば、クレアが押し倒されているような格好だ。

「……っ?」

 クレアは思わず息を呑んだ。
 ずっと一緒に過ごしてきたアデリオの真意が読めない。

 目を瞬かせるクレアを見下ろしながら、アデリオの口元がゆっくりと不吉な弧を描く。
 彼の目は笑っていなかった。

「俺のことはいいんだよ、クレア。好きで従者としてここにいるんだから放っておいてくれる?」

 想定外の事態に驚くクレアを見て満足したのか、アデリオは体を離して起き上がる。

「これに懲りたら、二度とそんな質問はしないことだね」
「……」

 やられっぱなしのクレアは、なんとも言えない悔しさを覚えた。
 動揺した心を誤魔化すように、アデリオに掴みかかる。

「このっ……やったな、アデリオ!」

 我に返り、調子を取り戻したクレアは、仕返しとばかりに背後からアデリオをくすぐり始めた。

「クレア。俺は別に遊んでいたわけじゃないんだけど」

 アデリオの方も、ため息を吐きつつ応戦する。
 しかし、その最中に誰かがクレアの部屋の扉をノックする音が響いた。

「……!」

 クレアは慌ててアデリオを押しのけて走り、少しだけ扉を開け外を確認した。
 すると、小綺麗な女性を連れたサイファスが立っていた。
 彼は穏やかな微笑みを浮かべ、クレアに語りかける。

「クレア、今、時間あるかな? 君につける侍女を紹介したいのだけれど」
「え、あ? 侍女!?」

 体裁を取り繕ったクレアは、サイファスと彼の連れている女性を交互に眺める。
 確かに「辺境伯夫人」には、身の回りの世話をする侍女が必要だろう。
 本当はミハルトン伯爵家から連れて来るべきだったが、「適任がおらず辺境伯側で用意してもらうことになった」とクレアの父である伯爵が言っていたことを思い出す。
 クレオ以外のことには適当な親だ。

「サイファス、とりあえず部屋に入ってくれ……ださいませ」

 赤い髪をガシガシと掻いたクレアは後方を確認したのちに、二人を部屋に案内する。
 いつの間にか寝台から降りているアデリオも、何食わぬ顔で従者らしく後ろに立っていた。

「アデリオ、君もいたのかい?」

 ニコニコと微笑むサイファスの瞳に、一瞬冷たい光が宿った気がした。

(気のせいだよな)

 温厚で柔らかな雰囲気の彼が、従者を睨んだりするはずがない。

(アデリオも飄々とした顔をしているし)

 部屋の中には妙な空気が流れていた。それを変えたのは、サイファス本人だ。

「そうそう、クレア。彼女が君の侍女、マルリエッタ・ミンクスだよ。ミンクス子爵家の三女で、君の良き話し相手にもなってくれると思う」

 紹介された侍女が、しずしずと歩み出て頭を下げた。

「マルリエッタ・ミンクスと申します、奥様。これからどうぞよろしくお願い致します」
「ああ、よろしくお願いしますわ。わたくしのことは、クレアと呼んでくださいませ」

 愛想良く令嬢らしく微笑んでみたものの、クレアは内心げんなりしていた。
 サイファス以外に猫をかぶる相手が増えたからだ。
 侍女となると、四六時中近くをうろつくに違いない。
 同じ空間で生活するのは、アデリオだけで十分だった。

「それでは、私はもう少し仕事があるから失礼するよ。クレアはマルリエッタとお喋りでもしているといい」

 辺境を治めるサイファスは多忙なようだ。
 彼の姿がクレアの目指していた「伯爵」の地位に重なり羨ましく思えてしまう。

(ここは……俺のいる場所じゃない)

 あんなにも歓迎されていたのに、こうして大事にされているのに。どこまでも身勝手な考えしか持たない自分に幻滅し、思わず嘆息した。
 辺境伯夫人には、もっと相応しい人間がいるはずだ。

「あの、クレア様?」

 黙り込んだクレアを見て、マルリエッタが心配そうに首を傾げる。

「なんでもない。少し疲れたみたいですわ」
「そうですか。あの、差し出がましいようですが……従者とはいえ、寝室で旦那様以外の異性と二人きりになるのはどうかと」
「ああ、すまない。つい……」

 いつもの癖でという言葉をすんでのところで飲み込んだ。不貞を疑われるのは面倒である。
 クレアがそう思っていると、マルリエッタがアデリオに自己紹介を始めた。アデリオの方もそつなく対応している。彼はこういった面で要領が良いのだ。

「アデリオ様も、いくら親しい仲とはいえ、クレア様は辺境伯夫人なのです。妙な噂を作らないためにも、その辺りをわきまえてくださらなくては」
「あー、了解」
 新しくつけられた侍女には、アデリオもたじたじだった。
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