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42:<土曜日> 鶏キーマカレー2

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「お母さん……それは……」
「もしかして、副業ってやつかしら? そんなことをして大丈夫なの? 就業規則に触れない?」
「そうじゃなくて……」
「なんなの、はっきり言いなさい」
 
 幼い頃から厳しく育てられた楓は、両親が苦手だった。
 楓に「きちんとした会社の正社員として働かなければならない」という固定観念を植え付けた張本人たちである。その呪縛は重い。
 特に長女の楓は、親の理想を全て背負い、彼らの言いなりで育ってきた。
 食べるもの、遊ぶ友達、閲覧可能なテレビ番組。全て管理されてきた。
 染さんや理さんの両親も厳しそうだけれど、楓の親も大概だ。
 
 もっとも、母の期待も、投資も、楓のコミュ症という大きすぎる欠点により、全部が無駄になってしまったわけだが。
 そのため、楓は両親に対して今も罪悪感を抱き続けている。
 
 母のいないところでは自分の考えを持てるけれど、いざ目の前に本人がいると言葉が出てこない。
 理さんや先輩社員、元上司の前では、あれだけはっきりと自分の意見を言えたというのに。

 母の言うことは正しい。特に彼女の世代では、それは絶対的な正解だった。
 今だって、会社に正社員として所属していれば、それだけで安泰という風潮が強い。

「私、会社、辞めたの」

 まっすぐ相手の顔を見られず、楓は俯きながら答えた。

「会社を辞めて、今はここで働いているの」
「カレー屋さんで!?」
「そう。仕事は楽しいし、前より毎日が充実していて幸せだよ。カレーの副菜やドリンクを作ったり、接客をしたり、SNSやホームページの更新も。最近はカレー作りも練習中で」

 早口で言葉を羅列するけれど、母の反応を見るのが怖い。
 ずっと親の、他人の顔色を窺って生きてきたから。
 そっと視線を上げて母の様子を探ると、彼女は激昂する様子もなく楓を見つめていた。
 理解してもらえたのかと安堵すると……

「で、就職活動はしているのよね? いつ頃、転職できそうなの?」

 期待に反して冷たい声が返ってきた。

「わかっているだろうけれど。新卒で就職した会社を自己都合で退職すれば、それ以上に良い条件の会社は見つからないわよ? なんで、もっと頑張れなかったの! どうして辞めたの!」

 感情的になった母が、声を荒げる。
 
 ――反論できない。
 体を壊したのは、自己管理ができていないから。頑張って、自炊しなかったから。
 精神的に追い詰められたのは、努力や根性が足りないから。
 何を言っても、論破されるに決まっている。
 
 母の言葉は正しい。彼女が正義だ。そんなことはわかっている。
 だから、就職して家を出るまで、ずっと頑張ってきた。でも……

 ――もう、これ以上は、できないのだ。
 ――限界だったのだ。
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