上 下
19 / 47

19:<土曜日> トリプル掛け三色カレー

しおりを挟む
 理は、黙々と作業する染を観察し、その様子を見た楓が解説を始める。

「あの緑色のドロドロは、ほうれん草と青唐辛子とバジルですね」
「食べるのを躊躇する色だな」

 フライパンに油を引き、謎のスパイスを炒め始める染。
 生姜やにんにく、タマネギを入れ、最後に緑の物体を投入した。
 さらに、潰したトマトを放り込んでいる。
 緑と赤が渦を巻いて混じり合い、えもいわれぬ様相を呈し始めた。そこにパウダー状のスパイスと塩が加えられていく。

「おい、あれは本当に食べられるんだろうな」
「大丈夫ですよ。マイルドでおいしいカレーですから」
 
 染は別で炒めた鶏肉をフライパンに入れ、砂糖やバターを混ぜ始めた。
 
(なんでもありなのか、カレーというのは)
 
 バターとスパイスの混じり合った、なんとも言えない香りが広がる。
 楓が盛り付けを手伝いに行き、カウンターにサグカレーを運んできた。
 
「どうぞ。いい匂いでしょう?」
 
 理はカレーを見ながら頷いた。
 
「見た目はあれだが、バターの香りは好きだ」
「生クリームを使っても合うし、チーズも合います」
 
 さっそく一口掬って食べてみると、楓の言ったとおり、甘くてまろやかな味わいだ。
 ほんのりと、ほうれん草の香りもする。

「ね、おいしいでしょう?」
 
 素直に答えるのも癪なので、黙って口を動かし続ける。
 そんな理の態度も彼女はお見通しのようで、微笑みながらキッチンへ帰っていった。
 入れ替わりに、カウンターの向こうから染が顔を出す。

「理、珍しいね。仕事帰り?」
「……ああ」
「忙しそうだね。なんだか、顔色が良くないけど」

 そう言われ、理は急に腹が立った。

「お前には関係ないだろう」

 お気楽な染に、理の置かれた立場が理解できるわけがない。
 
 理が欲しくて仕方がなかった才能を無駄にして、祖父の店にすがって、調理師学校も出ていないのにカレー店など始めて。こんなにも、楽しそうに暮らしていて。

「染はずるい」

 つい、そんな言葉が口から漏れてしまった。
 心の中がドロドロと渦を巻き、息が苦しくなる。
 
 そうだ、薄々気づいていたのだ。自分はどこかで染を羨ましく思っていると。
 理だって毎日楽しく働きたいし、好きなことを仕事にしたかった。何が好きなのかは、わからないけれど。
 もちろん、世の中、理想通りの仕事に就けない人が大半だ。だけど皆、頑張って働いている。
 
「理は前にも、そんな話をしていたね」
「は? 話した覚えはないが」
「覚えていないのかな。前に店に来たとき、僕に色々教えてくれたでしょう? 学年主任のおじいさんがワガママだとか、同僚の尻拭いはもう嫌だとか、問題のある生徒は親も話が通じないとか」
 
 染に言われて、理は黙り込んだ。これらは、日頃から自分が思っていた内容だからだ。
 そういえば、前に店を訪れたら酒を飲まされた。
 酔ってしまったあと、しばらく記憶が飛んでいるので、その際のことだろう。不覚だった。
 
 カレーを食べ終えた理は、染に会計を渡して席を立つ。
 しかし、染が理の腕をとって言った。

「またおいでよ、理」
「忙しいから無理だ。それより染、カレーフェスの申し込みは明日までだろ。準備しなくていいのか?」
「それなら、奥で楓ちゃんが……」

 染が話し始めた瞬間、キッチンから楓が飛んできた。

「そ、染さん、これ、どうですか? 写真のカレーに、サグカレーを合わせて……赤、白、緑の三色にするんです。ご飯黄色だし、素敵な感じになるかと。名付けて、トリプル掛け三色カレーです」
 
 カウンターの上に置かれたのは、紙に色鉛筆で描かれた簡単なイラストだ。
 
(メニューといい、微妙に絵が上手いんだよな)
 
 楓がちらりと理を見た。これは、意見を聞かれているのか。

「インパクトはあるんじゃないか?」

 応えると、楓は嬉しそうに表情を崩した。
 いつもは接客用の笑顔が多いが、こういう顔も出来るのかとまじまじ眺めてしまう。
 すると、隣から染の咳払いが聞こえた。
 
「……なんだ?」
「別に?」
 
 理の様子を窺った染は、少し間を置いて口を開く。

「ねえ、理。この店で働かない?」
「何言ってんだ? 働くわけがないだろ」
 
 一体、染は何を言い出すのだ。簡単に教師を辞められるとでも思っているのか。
 
「俺は、お前とは違う」
 
 やるべき仕事を投げ出したりしない。
 だいたい、今、理がいなくなったら、生徒たちはどうなる。
 せめて三学期が終わってからでないと……
 
(あれ、俺、なんで辞める方向で考えているんだ?)
 
 この店に来て染に会うと、自分までおかしくなってしまいそうだ。
 足早に店を出ようとした理だが、視界がぐらついた。
 染と楓の声が聞こえるが、何を言っているのかわからない。床に膝をついたまま、意識は遠ざかっていった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

ことりの台所

如月つばさ
ライト文芸
※第7回ライト文芸大賞・奨励賞 オフィスビル街に佇む昔ながらの弁当屋に勤める森野ことりは、母の住む津久茂島に引っ越すことになる。 そして、ある出来事から古民家を改修し、店を始めるのだが――。 店の名は「ことりの台所」 目印は、大きなケヤキの木と、青い鳥が羽ばたく看板。 悩みや様々な思いを抱きながらも、ことりはこの島でやっていけるのだろうか。 ※実在の島をモデルにしたフィクションです。 人物・建物・名称・詳細等は事実と異なります

ブエン・ビアッヘ

三坂淳一
ライト文芸
タイトルのブエン・ビアッヘという言葉はスペイン語で『良い旅を!』という決まり文句です。英語なら、ハヴ・ア・ナイス・トリップ、仏語なら、ボン・ヴォアヤージュといった定型的表現です。この物語はアラカンの男とアラフォーの女との奇妙な夫婦偽装の長期旅行を描いています。二人はそれぞれ未婚の男女で、男は女の元上司、女は男の知人の娘という設定にしています。二人はスペインをほぼ一ヶ月にわたり、旅行をしたが、この間、性的な関係は一切無しで、これは読者の期待を裏切っているかも知れない。ただ、恋の芽生えはあり、二人は将来的に結ばれるということを暗示して、物語は終わる。筆者はかつて、スペインを一ヶ月にわたり、旅をした経験があり、この物語は訪れた場所、そこで感じた感興等、可能な限り、忠実に再現したつもりである。長い物語であるが、スペインという国を愛してやまない筆者の思い入れも加味して読破されんことを願う。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタの村に招かれて勇気をもらうお話

Akitoです。
ライト文芸
「どうすれば友達ができるでしょうか……?」  12月23日の放課後、日直として学級日誌を書いていた山梨あかりはサンタへの切なる願いを無意識に日誌へ書きとめてしまう。  直後、チャイムの音が鳴り、我に返ったあかりは急いで日誌を書き直し日直の役目を終える。  日誌を提出して自宅へと帰ったあかりは、ベッドの上にプレゼントの箱が置かれていることに気がついて……。 ◇◇◇  友達のいない寂しい学生生活を送る女子高生の山梨あかりが、クリスマスの日にサンタクロースの村に招待され、勇気を受け取る物語です。  クリスマスの暇つぶしにでもどうぞ。

処理中です...