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1章
29・吸血鬼と意見が対立しました
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二階建ての廃屋には、地下への入口があった。
明るい光を嫌う吸血鬼は、日が差し込まない場所を好む。
「奧に吸血鬼と人間の気配がするわね。隷属の気配は、ないみたいだわ」
「……おかしいな。協会からの報告では、初犯じゃなかったはずなんだけど」
シュリの言葉を聞いてすぐに、私の頭は最悪の結論にたどり着いた。
――今までに被害にあった人間は、おそらく生きていない。
「……拒絶反応が酷かったのかな?」
そんな私の考えを肯定するように、シュリが首を傾げながらそう言った。
吸血鬼達の気配は、地下の方にあった。
廃屋自体はそれほど広くはなく、部屋数も少ない。
最奥にある古ぼけた木製の扉を開けると、その先に吸血鬼が警戒心をあらわにして立っていた。
「なんだ、お前達は……同族か?」
「残念、僕らは協会の者だよ。バーグでの女性誘拐事件……その犯人を仕留めにきたんだ」
顔を上げたシュリの顔を見て、吸血鬼は目を見開く。
「お、お前は――あなたは、ジルヴァフィクス家の!」
「そうだよ。僕は、あの家の長男なんだぁ。もっとも混血だから、実権は全部弟のレオンが握っているけどね?」
「なぜ、ジルヴァフィクス家の長男たるあなたが、協会などに与しているのです!?」
「そんなの、僕の勝手でしょう?」
シュリを見た相手の吸血鬼は、完全に戦意を喪失してしまっている。
「それにね、ジルヴァフィクス家にとっても、僕が協会にいることは都合がいいんだよ。僕がこっちに協力していることで、レオンが直接人間達に敵対していないというアピールにもなる。そのおかげで省ける手間がたくさんあるんだ」
連れ去られた女性は気絶しているようだ。
目覚めていても恐ろしい思いをするだけなので、気絶していてくれてよかったかもしれない。
「だからね、悪いけど君は退治させてもらうよ?」
「ま、待ってくれ! 今までの罪は認める。ても、今回だけは見逃してくれ!」
吸血鬼の男が、泣きそうな声で叫んだ。
何をそんなに必死になっているのだろうと思っていたら、彼が気絶した女性に手を伸ばし、彼女を強く抱きしめている。
それを見たシュリが、つかの間動きを止めた。
「まさか……その女性は、君の花嫁、なの?」
「ああ、そうだ。ようやく見つけた、俺だけの大事な嫁なんだ。愛する者の血の匂いがして、あの辺りをずっとうろついていた……ついでに何人か手にかけた。それで、協会に通報が入ったのだろう」
男は、尚もシュリに訴え続ける。
「彼女は本物なんだ……! 同じ吸血鬼なら、分かるだろう!? もう、むやみな殺生はしないと誓う。だから……」
「ちなみに、彼女は契約済?」
「ああ、今しがた血を入れた……」
気を失っている彼女の中では、隷属化がすでに始まっているらしい。
それは、この吸血鬼の男が死ねば、隷属となった彼女まで死んでしまうということを意味している。
「……手遅れだなんて」
悔やみつつ刀に手をかけると、その手をシュリが優しく押さえつけた。
「ねえ、見逃してほしい?」
シュリが男に語りかける。それを聞いた私は、驚いて彼を見た。
「嫁を見つけた時の気持ちは痛いほどわかるよ。僕もそうだった……」
そう言いつつ、彼は愛おしそうに私を見て、こちらに腕を回してきた。刀を押さえつける手はそのままだ。
「ねえ、見逃してあげようか?」
「ちょ、ちょっとシュリ!? なんということを……!」
「サラ、ごめんね。ちょっと静かにしていてね?」
シュリは、抱きしめたままの私の頰にそっと口付けた。
「……!! ……!?」
言葉を失った私を抱え直し、シュリは吸血鬼を見据える。
「……条件はなんだ?」
「話が早いね。僕らの――協会の仲間になってよ」
とんでもないことを提案した彼に、私は目を向いて抗議した。
「シュリ、何を考えているの!? そんなこと……」
「サラ、静かにしてくれないと交渉が進まないよ。今度は、その可愛い口を塞いでしまおうかな?」
「…………!?」
これまでに口移しで血を分け合った仲だが、面と向かってそう言われると恥ずかしさを感じてしまう。
再び口を閉じた私を見たシュリは、吸血鬼の返答を待った。
「協会の傘下に下れば、俺とこの女は見逃してもらえるのか?」
「そうだね。そちらの女性は、協会内で厳重に保護させてもらうよ。君には、吸血鬼退治の仕事をしてもらうと思うけれど」
「そ、そうか……なら、俺は協会に行く。今となっては、この女に無事が一番なんだ。せっかく逢えたのに、こんなところで彼女を失いたくない!」
「うんうん、そうだよね」
「お前の隷属は、不服そうだが……」
「この子は俺の奥さんだよ、可愛いでしょう。現役で協会のハンターをしているから、こういう敵を懐柔するみたいなやり方に抵抗があるんだ」
当たり前だ。ここで、この吸血鬼を許したら、今まで彼の犠牲になったであろう人間が浮かばれない。
「私は、納得していないわよ。その吸血鬼は、今までに何人もの人間を殺しているでしょう?」
「……まあ、大抵の吸血鬼はそうだろうね。サラがヤヨイ国から出るときに一緒だった二人も、元々駆除対象の吸血鬼だったんだよ?」
「ええと、確か……アドリアンとクラウス?」
そう尋ねると、シュリは静かに頷いた。
「君は、この女の他にも人間を攫っていたね?」
「……ああ。店の近くで、この女の匂いがして。でも、本人が見当たらなくて。衝動を抑えきれずに、今までに近くにいた関係ない女を二人ほど攫っている」
「その女性は?」
「隷属にするために俺の血を与えたが……血が合わなくて、二人とも死んだ」
刀の柄にかかっている手に力が入る。しかし、シュリが手を退けないので抜くことができない。
「事情はわかったよ、二人程度なら協会は君を受け入れるだろう。あそこは、吸血鬼の力を欲しているからね」
吸血鬼の男は、ホッとしたように肩に入っていた力を緩めた。
「サラ、今この男を殺せば、そこに倒れている人間も死んでしまうよ。それに、やっと伴侶を得ることができた彼を殺すなんて、同族としてできない」
「……シュリは、やっぱり吸血鬼ね。殺人を犯した同族を庇うなんて」
「お願いだよ、わかってほしい……僕らにとって、伴侶がどれくらい得難いものか。彼は、教会へ連れて行く」
「それとこれとは、話が別だわ。今回のことは、あなたに賛同できない……」
しかし、シュリが見ているこの場では、吸血鬼退治もできないだろう。隷属である私の力は、吸血鬼である主に劣る。
不満を持ちながらも、私は倒れている女性を保護して教会へ向かった。
明るい光を嫌う吸血鬼は、日が差し込まない場所を好む。
「奧に吸血鬼と人間の気配がするわね。隷属の気配は、ないみたいだわ」
「……おかしいな。協会からの報告では、初犯じゃなかったはずなんだけど」
シュリの言葉を聞いてすぐに、私の頭は最悪の結論にたどり着いた。
――今までに被害にあった人間は、おそらく生きていない。
「……拒絶反応が酷かったのかな?」
そんな私の考えを肯定するように、シュリが首を傾げながらそう言った。
吸血鬼達の気配は、地下の方にあった。
廃屋自体はそれほど広くはなく、部屋数も少ない。
最奥にある古ぼけた木製の扉を開けると、その先に吸血鬼が警戒心をあらわにして立っていた。
「なんだ、お前達は……同族か?」
「残念、僕らは協会の者だよ。バーグでの女性誘拐事件……その犯人を仕留めにきたんだ」
顔を上げたシュリの顔を見て、吸血鬼は目を見開く。
「お、お前は――あなたは、ジルヴァフィクス家の!」
「そうだよ。僕は、あの家の長男なんだぁ。もっとも混血だから、実権は全部弟のレオンが握っているけどね?」
「なぜ、ジルヴァフィクス家の長男たるあなたが、協会などに与しているのです!?」
「そんなの、僕の勝手でしょう?」
シュリを見た相手の吸血鬼は、完全に戦意を喪失してしまっている。
「それにね、ジルヴァフィクス家にとっても、僕が協会にいることは都合がいいんだよ。僕がこっちに協力していることで、レオンが直接人間達に敵対していないというアピールにもなる。そのおかげで省ける手間がたくさんあるんだ」
連れ去られた女性は気絶しているようだ。
目覚めていても恐ろしい思いをするだけなので、気絶していてくれてよかったかもしれない。
「だからね、悪いけど君は退治させてもらうよ?」
「ま、待ってくれ! 今までの罪は認める。ても、今回だけは見逃してくれ!」
吸血鬼の男が、泣きそうな声で叫んだ。
何をそんなに必死になっているのだろうと思っていたら、彼が気絶した女性に手を伸ばし、彼女を強く抱きしめている。
それを見たシュリが、つかの間動きを止めた。
「まさか……その女性は、君の花嫁、なの?」
「ああ、そうだ。ようやく見つけた、俺だけの大事な嫁なんだ。愛する者の血の匂いがして、あの辺りをずっとうろついていた……ついでに何人か手にかけた。それで、協会に通報が入ったのだろう」
男は、尚もシュリに訴え続ける。
「彼女は本物なんだ……! 同じ吸血鬼なら、分かるだろう!? もう、むやみな殺生はしないと誓う。だから……」
「ちなみに、彼女は契約済?」
「ああ、今しがた血を入れた……」
気を失っている彼女の中では、隷属化がすでに始まっているらしい。
それは、この吸血鬼の男が死ねば、隷属となった彼女まで死んでしまうということを意味している。
「……手遅れだなんて」
悔やみつつ刀に手をかけると、その手をシュリが優しく押さえつけた。
「ねえ、見逃してほしい?」
シュリが男に語りかける。それを聞いた私は、驚いて彼を見た。
「嫁を見つけた時の気持ちは痛いほどわかるよ。僕もそうだった……」
そう言いつつ、彼は愛おしそうに私を見て、こちらに腕を回してきた。刀を押さえつける手はそのままだ。
「ねえ、見逃してあげようか?」
「ちょ、ちょっとシュリ!? なんということを……!」
「サラ、ごめんね。ちょっと静かにしていてね?」
シュリは、抱きしめたままの私の頰にそっと口付けた。
「……!! ……!?」
言葉を失った私を抱え直し、シュリは吸血鬼を見据える。
「……条件はなんだ?」
「話が早いね。僕らの――協会の仲間になってよ」
とんでもないことを提案した彼に、私は目を向いて抗議した。
「シュリ、何を考えているの!? そんなこと……」
「サラ、静かにしてくれないと交渉が進まないよ。今度は、その可愛い口を塞いでしまおうかな?」
「…………!?」
これまでに口移しで血を分け合った仲だが、面と向かってそう言われると恥ずかしさを感じてしまう。
再び口を閉じた私を見たシュリは、吸血鬼の返答を待った。
「協会の傘下に下れば、俺とこの女は見逃してもらえるのか?」
「そうだね。そちらの女性は、協会内で厳重に保護させてもらうよ。君には、吸血鬼退治の仕事をしてもらうと思うけれど」
「そ、そうか……なら、俺は協会に行く。今となっては、この女に無事が一番なんだ。せっかく逢えたのに、こんなところで彼女を失いたくない!」
「うんうん、そうだよね」
「お前の隷属は、不服そうだが……」
「この子は俺の奥さんだよ、可愛いでしょう。現役で協会のハンターをしているから、こういう敵を懐柔するみたいなやり方に抵抗があるんだ」
当たり前だ。ここで、この吸血鬼を許したら、今まで彼の犠牲になったであろう人間が浮かばれない。
「私は、納得していないわよ。その吸血鬼は、今までに何人もの人間を殺しているでしょう?」
「……まあ、大抵の吸血鬼はそうだろうね。サラがヤヨイ国から出るときに一緒だった二人も、元々駆除対象の吸血鬼だったんだよ?」
「ええと、確か……アドリアンとクラウス?」
そう尋ねると、シュリは静かに頷いた。
「君は、この女の他にも人間を攫っていたね?」
「……ああ。店の近くで、この女の匂いがして。でも、本人が見当たらなくて。衝動を抑えきれずに、今までに近くにいた関係ない女を二人ほど攫っている」
「その女性は?」
「隷属にするために俺の血を与えたが……血が合わなくて、二人とも死んだ」
刀の柄にかかっている手に力が入る。しかし、シュリが手を退けないので抜くことができない。
「事情はわかったよ、二人程度なら協会は君を受け入れるだろう。あそこは、吸血鬼の力を欲しているからね」
吸血鬼の男は、ホッとしたように肩に入っていた力を緩めた。
「サラ、今この男を殺せば、そこに倒れている人間も死んでしまうよ。それに、やっと伴侶を得ることができた彼を殺すなんて、同族としてできない」
「……シュリは、やっぱり吸血鬼ね。殺人を犯した同族を庇うなんて」
「お願いだよ、わかってほしい……僕らにとって、伴侶がどれくらい得難いものか。彼は、教会へ連れて行く」
「それとこれとは、話が別だわ。今回のことは、あなたに賛同できない……」
しかし、シュリが見ているこの場では、吸血鬼退治もできないだろう。隷属である私の力は、吸血鬼である主に劣る。
不満を持ちながらも、私は倒れている女性を保護して教会へ向かった。
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