上 下
29 / 35
1章

29・吸血鬼と意見が対立しました

しおりを挟む
 二階建ての廃屋には、地下への入口があった。
 明るい光を嫌う吸血鬼は、日が差し込まない場所を好む。

「奧に吸血鬼と人間の気配がするわね。隷属の気配は、ないみたいだわ」
「……おかしいな。協会からの報告では、初犯じゃなかったはずなんだけど」

 シュリの言葉を聞いてすぐに、私の頭は最悪の結論にたどり着いた。
 ――今までに被害にあった人間は、おそらく生きていない。

「……拒絶反応が酷かったのかな?」

 そんな私の考えを肯定するように、シュリが首を傾げながらそう言った。
 吸血鬼達の気配は、地下の方にあった。
 廃屋自体はそれほど広くはなく、部屋数も少ない。
 最奥にある古ぼけた木製の扉を開けると、その先に吸血鬼が警戒心をあらわにして立っていた。

「なんだ、お前達は……同族か?」
「残念、僕らは協会の者だよ。バーグでの女性誘拐事件……その犯人を仕留めにきたんだ」

 顔を上げたシュリの顔を見て、吸血鬼は目を見開く。

「お、お前は――あなたは、ジルヴァフィクス家の!」
「そうだよ。僕は、あの家の長男なんだぁ。もっとも混血だから、実権は全部弟のレオンが握っているけどね?」
「なぜ、ジルヴァフィクス家の長男たるあなたが、協会などに与しているのです!?」
「そんなの、僕の勝手でしょう?」

 シュリを見た相手の吸血鬼は、完全に戦意を喪失してしまっている。

「それにね、ジルヴァフィクス家にとっても、僕が協会にいることは都合がいいんだよ。僕がこっちに協力していることで、レオンが直接人間達に敵対していないというアピールにもなる。そのおかげで省ける手間がたくさんあるんだ」

 連れ去られた女性は気絶しているようだ。
 目覚めていても恐ろしい思いをするだけなので、気絶していてくれてよかったかもしれない。

「だからね、悪いけど君は退治させてもらうよ?」
「ま、待ってくれ! 今までの罪は認める。ても、今回だけは見逃してくれ!」

 吸血鬼の男が、泣きそうな声で叫んだ。
 何をそんなに必死になっているのだろうと思っていたら、彼が気絶した女性に手を伸ばし、彼女を強く抱きしめている。
 それを見たシュリが、つかの間動きを止めた。

「まさか……その女性は、君の花嫁、なの?」
「ああ、そうだ。ようやく見つけた、俺だけの大事な嫁なんだ。愛する者の血の匂いがして、あの辺りをずっとうろついていた……ついでに何人か手にかけた。それで、協会に通報が入ったのだろう」

 男は、尚もシュリに訴え続ける。

「彼女は本物なんだ……! 同じ吸血鬼なら、分かるだろう!? もう、むやみな殺生はしないと誓う。だから……」
「ちなみに、彼女は契約済?」
「ああ、今しがた血を入れた……」

 気を失っている彼女の中では、隷属化がすでに始まっているらしい。
 それは、この吸血鬼の男が死ねば、隷属となった彼女まで死んでしまうということを意味している。

「……手遅れだなんて」

 悔やみつつ刀に手をかけると、その手をシュリが優しく押さえつけた。

「ねえ、見逃してほしい?」

 シュリが男に語りかける。それを聞いた私は、驚いて彼を見た。

「嫁を見つけた時の気持ちは痛いほどわかるよ。僕もそうだった……」

 そう言いつつ、彼は愛おしそうに私を見て、こちらに腕を回してきた。刀を押さえつける手はそのままだ。

「ねえ、見逃してあげようか?」
「ちょ、ちょっとシュリ!? なんということを……!」
「サラ、ごめんね。ちょっと静かにしていてね?」

 シュリは、抱きしめたままの私の頰にそっと口付けた。

「……!! ……!?」

 言葉を失った私を抱え直し、シュリは吸血鬼を見据える。

「……条件はなんだ?」
「話が早いね。僕らの――協会の仲間になってよ」

 とんでもないことを提案した彼に、私は目を向いて抗議した。

「シュリ、何を考えているの!? そんなこと……」
「サラ、静かにしてくれないと交渉が進まないよ。今度は、その可愛い口を塞いでしまおうかな?」
「…………!?」

 これまでに口移しで血を分け合った仲だが、面と向かってそう言われると恥ずかしさを感じてしまう。
 再び口を閉じた私を見たシュリは、吸血鬼の返答を待った。

「協会の傘下に下れば、俺とこの女は見逃してもらえるのか?」
「そうだね。そちらの女性は、協会内で厳重に保護させてもらうよ。君には、吸血鬼退治の仕事をしてもらうと思うけれど」
「そ、そうか……なら、俺は協会に行く。今となっては、この女に無事が一番なんだ。せっかく逢えたのに、こんなところで彼女を失いたくない!」
「うんうん、そうだよね」
「お前の隷属は、不服そうだが……」
「この子は俺の奥さんだよ、可愛いでしょう。現役で協会のハンターをしているから、こういう敵を懐柔するみたいなやり方に抵抗があるんだ」

 当たり前だ。ここで、この吸血鬼を許したら、今まで彼の犠牲になったであろう人間が浮かばれない。

「私は、納得していないわよ。その吸血鬼は、今までに何人もの人間を殺しているでしょう?」
「……まあ、大抵の吸血鬼はそうだろうね。サラがヤヨイ国から出るときに一緒だった二人も、元々駆除対象の吸血鬼だったんだよ?」
「ええと、確か……アドリアンとクラウス?」

 そう尋ねると、シュリは静かに頷いた。

「君は、この女の他にも人間を攫っていたね?」
「……ああ。店の近くで、この女の匂いがして。でも、本人が見当たらなくて。衝動を抑えきれずに、今までに近くにいた関係ない女を二人ほど攫っている」
「その女性は?」
「隷属にするために俺の血を与えたが……血が合わなくて、二人とも死んだ」

 刀の柄にかかっている手に力が入る。しかし、シュリが手を退けないので抜くことができない。

「事情はわかったよ、二人程度なら協会は君を受け入れるだろう。あそこは、吸血鬼の力を欲しているからね」

 吸血鬼の男は、ホッとしたように肩に入っていた力を緩めた。

「サラ、今この男を殺せば、そこに倒れている人間も死んでしまうよ。それに、やっと伴侶を得ることができた彼を殺すなんて、同族としてできない」
「……シュリは、やっぱり吸血鬼ね。殺人を犯した同族を庇うなんて」
「お願いだよ、わかってほしい……僕らにとって、伴侶がどれくらい得難いものか。彼は、教会へ連れて行く」
「それとこれとは、話が別だわ。今回のことは、あなたに賛同できない……」

 しかし、シュリが見ているこの場では、吸血鬼退治もできないだろう。隷属である私の力は、吸血鬼である主に劣る。
 不満を持ちながらも、私は倒れている女性を保護して教会へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

処理中です...