吸血鬼の嫁になりましたが、任務は夫の監視です!

桜あげは

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1章

7・吸血鬼を制御できません

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 食堂は、メイド達が消えた廊下の先にあるらしい。
 慣れない異国の靴は踵が高いため少々歩き辛く、私は何度か躓いてはシュリに支えられるという醜態をさらした。
 試験会場の時のように、「横抱きにして歩きたい」というシュリの提案を丁重に断って、食堂へ足を踏み入れる。

「な、なんのことですのっ!!」

 食堂へ入った瞬間、女性の怒鳴り声が聞こえてきた。
 声のする方を見ると、お盆を持ったメイド達が必死に何かを言い募っているようだった。
 そして、その相手は……

(ユーロとナデシコじゃないの。先に、食堂へ来ていたのね)

 不穏なオーラを纏ったユーロが、メイド達に詰め寄り、その後ろでは着飾ったナデシコがオロオロしている。

「あーあ、やっぱり先に動いちゃったかぁ……」

 彼らの様子を見たシュリが、他人事のようにそう言った。

「私のナデシコを放置した挙句、暴言を浴びせるとは。覚悟は出来ているのでしょうね?」
「だから、なんのことですの? わたくし達は、何も知りませんわ! 着替えだって、そちらの女性が自分で「手伝いは不要」だとおっしゃったのよ!」
「……ナデシコがこちらの服に慣れていたから良かったものの、祖国を離れて不安な彼女に、よくもそのような非道な真似ができましたね? それに、あなた方のせいで夜食の時間も大幅に遅れてしまいました。これからの予定に支障が出ます」

 ユーロの主張に一瞬鼻白んだメイド達だが、再び顔を上げて言い返す。

「そっ、そのような田舎くさい女性は、ユーロ様に相応しくありませんわ!」
「そうよ! ここに居づらいのなら、さっさと故郷に帰ればいいのよ!」

 ナデシコが唇を噛み締め、うつむいている。ユーロはといえば……

(怖くて、まともに見られないわ)

 とにかく、凶悪なオーラが増していた。
 隣にいるシュリは、まだ彼らのやり取りを傍観している。

「そんな女、今すぐ追い出しましょう? 私達も手をお貸ししますわ! もう一人の方も、野暮ったい上に子供ではありませんか。ユーロ様にも、シュリ様にも、もっと相応しい方が……ギャッ!?」

 不意に、淑やかな女性に似つかわしくない叫び声を上げたメイド。彼女の腕には、深々と食事用のナイフが刺さっている。

「……ヒッ」

 彼女の隣にいたメイドの一人は、その場に尻餅をついてガタガタと震えていた。残る一人は、立ったまま失神している。

(ちょっと待って……今、ナイフの飛んだ方向って)

 私は、恐る恐る隣を見る。
 そこには、笑顔を浮かべたシュリが複数の食事用ナイフを手にして立ちはだかっていた。

(現行犯がいる〜!!)

 ナイフを受けたメイドは、苦悶の叫び声を上げる。その様子を、二人の吸血鬼は冷ややかに眺めていた。

「痛い、いたい、いだぁい……」
「煩いですね。それ以上口を開かないように、フォークで口を蓋しておきますか?」
「ふふ、それはいいね。嘘と暴言しか吐かないし、そんな口はそもそも不要だと思うよ」

 やはり、味方であっても彼らは吸血鬼だ。人間とは、ものの捉え方の次元が違う。

(とにかく、二人を止めなきゃ!)

 私は、近くにいたシュリの方へ手を伸ばした。

「シュリ、いきなりナイフを投げるなんて、何を考えているの!? あの人、怪我をしちゃったじゃない!!」
「……何を考えてと言われても。息の根を止めようと思っただけだよ?」
「止めるな! そして、持っているナイフを置いてちょうだい!!」
「サラ、邪魔しないでくれるかな。僕らはね、花嫁を侮辱されて頭にきているんだ」

 そんな理由なら、ますます彼らを止めなければならない。
 ナデシコも、同じことを思ったようだ。
 彼女は、大胆にもフォークを握ったユーロの腕にしがみついて、必死で彼の動きを封じている。

「お、おやめください、ユーロ様。わたくしは、大丈夫ですから」
「いけませんよ、ナデシコ。フォークとはいえ、先端は鋭利なのですから……そのようにしがみつくと、何かの拍子に怪我をしてしまうかもしれません」
「だからっ、その鋭利なものをメイドさんに向けないでくださいませ!」

 私達が必死になって吸血鬼二人をなだめていると、複数の職員を連れたリコがやってきた。
 小柄な彼は、緑色の髪をかき上げながら、呆れたようにシュリとユーロを見る。

「やっぱり。こんなことになっているだろうと思ったよ。」

 リコと共にやってきた職員達が、私とナデシコに向かってため息をついた。

「困りますよぉ〜、一級吸血鬼ハンターさん達。ちゃんと、吸血鬼を制御してくれないと」
「え〜っ……!? なんで、こっちが怒られるの!?」

 目を丸くする私達を見て、職員は困ったように肩をすくめた。

「お二人は、なんのために、一級吸血鬼ハンターがいると思っているのですか」
「そりゃあ、人間に害をなす吸血鬼と戦うためでしょう……?」
「違います。そんなものは、放っておいても吸血鬼の彼らがバンバン殺ってくれるので、人間の一級ハンターに期待していません」

 ひどい言い草だ。私やナデシコに吸血鬼ハンターとして何の期待もしていないなんて。
 職員は、不満な気持ちを隠し切れない私に向かって話を続ける。

「いいですか? 協会があなた方に求めるのは、吸血鬼達の制御なのです。協会に味方しているとはいえ、吸血鬼は人間よりも攻撃的な性格をしており、放っておくと先ほどのようなことが頻繁に起こります」
「危ないじゃないの!」
「……とはいえ、彼らは貴重な戦力。多少人間相手に攻撃的になった程度で、狩るような勿体ない真似はできません」
「わかってきたわ……吸血鬼の機嫌は損ねたくないけれど、味方の人間に被害が出ても困る。機嫌良く刃を納めてもらうために、協会は一級吸血鬼ハンターを利用しているのね」
「そういうことです。彼らは、惚れた相手には比較的従順なので」

 従順なものか。今だって彼らは私達の言うことに耳を傾けずに、メイド達に怒りをぶつけようとしている。

「……なんだか、荷が重いですわね。サラちゃん」
「奇遇ね。ちょうど、私もそう思っていたところなの……でも、あいつらをこのままにしておけないわ」

 一級吸血鬼ハンターとして、私はシュリを止めなければならない。

「シュリ、いい加減にしないと刺すわよ! 銀製のナイフに貫かれて灰になりたい?」
「そんな怖い事を言わないで、サラ。ああ、僕の心は傷ついたよ……それもこれも、彼女達のせいだ。この場で滅多刺しにしないと気が済まない」

 そういうと、シュリは新たなナイフを手に取った。

(逆効果だった〜!!)

 あたふたと慌てる私をよそに、テーブルを挟んだ向かいではナデシコがユーロの説得を試みていた。

「ユーロ様。わたくし、人間相手に野蛮なことをする殿方は好みませんの。そんな方と結婚なんて、同じ部屋で過ごすことなんて……できませんわ!」
「待ちなさい、ナデシコ! それは、人間相手に優しく振る舞えば、今から同棲しても同衾しても良いという意味ですか!?」
「えっ……どこから同衾が!?」

 戸惑うナデシコは、それでもここはユーロの機嫌を損ねない方が良いと判断したのだろう。戸惑いがちに首を縦に振った。

「……っ、ええ、そうですわ」

 ナデシコの目が、なんだか投げやりな様子で逸らされているが、同衾に目が眩んだユーロは気づいていないようだ。

(わ、私も、ナデシコさんに負けないように頑張らなきゃ!)

 吸血鬼を止めるためならば、なりふり構っていられない。
 気合いを入れ直して、再びシュリを睨みつけた。

「あの、シュリ……」
「え? もしかして、サラも同衾を許してくれるの? 嬉しいなぁ。まだ、血の契約による正式な結婚の前だけれど、僕はそういう順序は気にしないよ!」
「え、違……」
「僕は、紳士的で優しい吸血鬼だからね。可愛い妻が嫌がるなら、失礼なメイドに対しても大目に見てやるつもりだ。同衾というご褒美があるのなら、なおさらね!」
「うっ……そ、そう。彼女達を見逃してくれるのなら、助かるわ」

 コロリと態度を変えたシュリは、上機嫌で私を背後から抱きすくめる。その目に、もうメイド達は映っていなかった。
 そんな私達の様子を、少し離れた場所から、リコや職員達が生暖かい視線で観察している。

「新米一級吸血鬼ハンター達は、彼らにいいように、手のひらの上で転がされておりますな……まあ、最初は皆こんなもんでしょう。今後の二人の成長に期待しますか」

 呟かれた職員の言葉に、リコが同意した。

「そうだね。なんにせよ、今回は嫁達が自力で相手を止められて良かったよ。伴侶を制御できず、頻繁に大事件を起こされるようなことになったら、俺ら吸血鬼の立場も悪くなるしさ……彼女達も前線では働けなくなってしまうから」
「メイド達には申し訳ないことをしました。彼女達を使うとああなることはわかっていたのですが、二人の一級ハンターが使えるかどうかを確認しなければならなかったので……」
「……今回は俺がシュリとユーロを宥めておくけど、後で苦情の嵐が来るのを覚悟しておいてよ」
「はあ、板挟みの職員の立場は辛いですなぁ。今日の件は本部へ報告させてもらいますが……一応、二人とも前線で使える見込みはありそうです。ギリギリですが」
「それは、良かった」

 職員は、放心しているメイドを立たせると、彼女達を連れて奥の間へ姿を消した。
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