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 ある日の午後、私は部屋を訪れたトライアに、以前から疑問に思っていた事を尋ねてみた。
 ゲームにも出ていた、彼と、兄の不仲についてだ。
 シナリオにも色々書かれていたが、根本的な部分には触れられていない。

「ねえ、トライアはどうしてお兄さんと仲が悪いの?」
「それを聞く? どうしてって、椅子取りゲーム中だからだよ~」

 いつもの調子で、トライアは気怠げに適当な答えを返してくれる。
 この場合、椅子とは玉座の事を指すのだろう。
 金の縁取りの真っ赤なソファーに座るトライアは、片腕を私の腰に回している。
 私は、ビーズの刺繍の入ったモロッコ風クッションを抱えながら、隣にいるトライアに再び問いかけた。

「王様になりたいの?」
「もちろん~」
「どうして? トライアの嫌いな、面倒な仕事を沢山しなければならないのに?」

 私が率直な疑問を挙げると、彼はふふふと楽しそうに笑った。

「権力が欲しいのさ」
「今のままじゃ駄目なの? 第二王子って、凄い権力者だと思うよ」

 他国の令嬢を、無理矢理嫁に出来てしまうくらいにね。
 けれど、そんな私の問いかけに対して、トライアは首を横にふる。

「駄目だね。仮に、兄上殿を王になんてしてごらん? 僕なんて、数分後に殺されてしまうよ~」
「それは、トライアの日頃の行いが……」
「他にも理由はあるよ。もし、王になった兄が「カミーユを嫁に欲しい」だなんて言いだしたら……僕には、王を止める術がない。泣く泣くカミーユを手放す羽目に陥る。そんなのは嫌だもの」

 それは、ちょっと極端な例ではないかと思いながらも、私は彼の言うことに納得した。
 トライアは、そんな私の髪を片手で楽しそうに撫でる。

「あのさ。トライアって、私のどこが好きなの?」

 何度目かの問いを、この日も私は婚約者にぶつけてみた。
 ぱちりと瞬きをしたトライアは、金色の瞳でまじまじと私を見つめる。
 今日も誤摩化す気なのだろうか。

「面白いところだよ~?」
「……面白いって?」

 意外にも、トライアからきちんと返答が返ってきたではないか!
 普通に質問に答えてくれた事は嬉しいが、面白いとは、これいかに?

「見ていると飽きないんだ。魔法に一生懸命なところとかも、可愛いよねえ?」

 金色の視線を外さずに、トライアは私の目を見ながら囁いた。
 だんだんと、彼の顔が近付いて来る。
 思わず体を背後に反らすと、すぐ傍に迫ったトライアの銅色の髪が、私の頬にはらりと掛かった。

「あ、あの、トライア?」
「僕に興味を持ってくれていることは、嬉しいよ」

 何を考えているのかさっぱり読めない、いつもの笑顔で、トライアは私を見下ろす。

「このまま、僕を好きになってくれたら良いのに」
「トライアが、私の事を好きでもないのに? 私にトライアの事を好きになれと?」
「好きだよ? カミーユ」
「……なんか嘘くさい。気に入られてはいるのかもしれないけれど、それって「好き」とは違うと思う」

 今日も、トライアと私の会話は平行線だ。
 トライアは、私を見下ろしたままの状態で囁く。

「酷いなあ、僕の愛を分かってくれないなんて」

 ゆっくりと覆い被さって来る彼によって、体を反らせた状態の私は、そのまま仰向けにソファーに倒れ込んだ。
 真っ赤な布の上に、バサリと長い髪が広がる。
 私とトライアの間には、クッション一つ分の隙間があるだけだ。

「面白いし、可愛いし、話しやすいし、一緒に魔法薬の実験をするのは楽しいし、カミーユと一緒にいることが好きだよ……これ以上、何かあるの? 僕には、カミーユ以上の女の子なんていないんだけど~?」

 楽しそうなトライアの笑顔が、徐々に凶悪なものに変化していく。
 いつもは見ない彼の顔だ。
 けれど……私には、こちらの彼の方が、何故かしっくり来るように思えた。

「カミーユは、違うみたいだけどねぇ」
「……え?」
「ガーネットの王太子に、その側近。仲が良さそうに喋っていたよね?」
「んん。まあ、久々の再開だったし」
「へーえ?」

 何故だ。何故、私が責められるような流れになっている!?

「トライア?」
「ふふふ、面白いなあ。僕も、人並みに嫉妬するんだなぁ」
「何言ってんの?」

 私の質問に対する答えが返ってくる前に、トライアの唇が降って来る。

「んぐっ! んぅんぅ!」
「カミーユこそ、何を言ってるのか全然わからないよぉ~? 可愛いなあ~」
「ふぐぐ! んぐぐ!」
「あはははは!」

 一方的にキスをして笑い出すという、なんとも不思議な行動を取る私の婚約者。
 また、はぐらかされた気がする。
 やっぱり、彼の事はよく分からないけれど……
 私には、そうやって笑う享楽的なトライアが、少し苦しそうに見えたのだった。
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