上 下
6 / 15

5:魔王の過去と新しいヌシ(魔王視点)

しおりを挟む
 現在カルロは自らの服を取りに、洞窟の奥――数十年の眠りから目覚めた場所へ向かっている。
 新しいダンジョンのヌシであるモエギにそう指示されたからだ。

(解せぬ……)

 魔王をこき使える者など、ダンジョンのヌシくらいだ。複雑な思いではあるが、不思議と嫌ではない。
 ヌシといっても、現れたのは頼りないふわふわした人間。
 ゆるくウエーブのかかったアッシュブラウンの髪や猫のようにパッチリ開いた黒い瞳の弱々しい女だった。
 しかし、出会ってさほど経っていないうちから、カルロはモエギを気に入り始めた。
 見た目とは裏腹にたくましい彼女の前向きな性格を。

 この世界には、大きな海を挟んで魔族の住む大陸と人間の住む大陸があり、お互いに不干渉を貫いている。
 たまに接触はあるものの、関わりはほぼない。

 また、人間の大陸にはいくつかの国が、魔族の大陸にはいくつかのダンジョンが存在し、それぞれに王が存在している。
 国とダンジョン、王と魔王はやや定義が異なるが似たようなものだった。

 ダンジョンの原型は創世神が作り上げ、ヌシと呼ばれる者が独自の要素を交えて発展させていく。
 当然、魔王にもヌシにも特性の差や力の差が存在していた。
 カルロは魔王として力の強い方だと自負している。
 本来なら、今のようにダンジョンが朽ちることなどないはずだったのだ。

 だが、運は持ち合わせていなかったらしい。
 前回カルロについたダンジョンのヌシは、どうしようもなくやる気がなかった。
 以前のヌシは、創世神の導きにより人間の大陸から呼ばれたという普通の男。
 ヌシの力を持つ者は少なく、ヌシを得るには創世神に与えられるか、他の魔王のヌシを奪わなければならない。
 
ちなみに、魔王も自力で魔王になる者と、創世神に魔王の地位を与えられる者とがいた。
 カルロは創世神にスカウトされ、創世神にヌシを与えられたという恵まれたクチだ。
 ある日、自分の前に創世神が現れ「お前は力が強いから魔王になれ」と告げられた。
 その際、ヌシとしてその男を与えられたのである。
 彼は創世神によって強制的に連れてこられた人間だった。元は人間の大陸で平和に暮らしていたという。
 創世神は気まぐれで、突飛な行動を取ることで知られていた。

 しかし、運がよかったのはそこまでだった。
 カルロに与えられたヌシは、ただ魔族を恐れるばかりで何もしようとしない。
 完全にハズレ――
 仕方なく、ダンジョンの経営は半ば彼を脅す形で行った。

 カルロは魔王として、精一杯ダンジョンを発展させようとした。
 部下を増やし力をつけようと……モンスターたちが住みよいダンジョンにしようと努力し続けた。
 だが、魔王一人では駄目なのだ。
 ヌシの力がないと、ダンジョンは発展できない。発展どころか維持さえ難しい。
 カルロは自分の無力さを痛感せずにはいられなかった。魔王だというのに、情けない限りだ。

 そんなダンジョンが長くもつはずもなく数十年の後に崩壊してしまい、魔王のカルロは長い眠りについたのだった。
 本来なら魔王自身もダンジョンと共に滅ぶはずだったが、創世神の慈悲で眠りにつき生きながらえることができたのだ。
 カルロは待った、ダンジョンを再興してくれる新しいヌシを。待ち続けた。

 そうして、数十年の時を経て、ついに新しいヌシが現れた!
 眠っていたカルロを目覚めさせた創世神が「新たなヌシがやって来る」と告げたのだ。「今度のヌシは異界から呼び寄せたから、期待していろ」と。

 しばらくして現れたのが、新しいヌシのモエギである。
 彼女は年若く、この世界のことを何も知らない。
 今度は怯えさせないよう、カルロは精一杯優しく振る舞おうと努めた。

 そんな感じで接していたら少し打ち解けたようで、なんと名前呼びする仲となった。
 以前のヌシとは十年以上一緒にいても、そんなことにはならなかったのに。

 しかも、今度のヌシはステータスがすごそうだ。
 前のヌシは出来ることが少なく、さらにステータス自体も低いようだった。
 ダンジョン整備だってできず、自力でなんとかするしかなかったのだ。
 その上、モエギ本人は割とやる気で、さっそくダンジョンの整備や畑作を行っている。

 それに……なんといっても、モエギの作り出す料理が美味しい!
 最初は得体の知れない食べ物を警戒していたが、モエギも彼女と共にいた鳥も普通にしている。
 しかも、その食べ物からはとても食欲をそそる匂いがした。
 試しに一口食べてみると、手が止まらなくなったのだ。
 あんな食事をしたのは初めてだし、彼女はヌシのスキルなしでそれをやってのけた。
 毎日、生の敵モンスターや適当に茹でたモンスターを食べていた日々が嘘のようだった。

 モエギは、以前は下級モンスターに任せていた面倒な洗濯まで引き受けてくれるという。
 だから、服を運ぶよう命令されても、カルロはただ黙って従うのだ。
 この素晴らしいヌシと仲違いするようなことがあってはならない!

 数十年の眠りについていた間は、身につけているものも時が止まるので、今着ている服は当時のまま綺麗だ。
 また、服などを入れてある宝箱なども、中の時間が進まないので当時のままの状態で保存されている。
 だが、これから生活するにあたり、浄化魔法を使えない身には洗濯が必要だ。

(今度のヌシとは良好な関係を築きたい。モエギなら尚更……)

 そんな思いを抱きつつ、近くの宝箱に眠っていた魔王装備一式を抱えたカルロは、いそいそと彼女の部屋を目指すのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

貴方でなくても良いのです。

豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

処理中です...