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第一章 うつろの気
十七
しおりを挟むクレイド「楽しかった。あれからどれくらい時間が経っただろう」
クレイドは、みんなと今まで旅した遺跡を一人で順々に歩いて巡り、また、暦のピラミッドまで戻ってきました。
草原に仰向けに寝転がって、雲がピタッと貼り付けられた空を見上げます。
クレイド「静かだし疲れないし、それに眠くもお腹空いたりもないけれど、やっぱり独りは寂しいや。僕はどうしてまだこの世界にいるんだろう。ここが死後の世界だとすればあんまりだよ」
フィナ「ここは二人の心象世界よ」
突然、フィナが逆さまにクレイドの顔を覗きました。
クレイド「うわ!びっくりした!」
フィナ「ごめんなさい。旅が終わったようだから会いに来たの」
クレイド「ずっと見てたの」
フィナ「うん」
クレイド「話しかけてくれても良かったのに」
フィナ「邪魔しちゃ悪いと思って」
クレイド「そう。それで心象世界てどういうことだい。えと、たしか君はフィナだね」
フィナ「うん。改めてよろしくね、クレイドさん」握手
クレイド「うん。よろしく」
フィナ「じゃあ、さっそく一つ一つ説明するね。そーれ」
フィナが指を振るって合図すると、地面からいくつかの石碑がズドンズドンズドドンと次々に生えました。
クレイド「うわ!またびっくりした!」びくっ
フィナ「この世界は神様から人間への最後の贈り物。あなたたち二人は選ばれたの」
クレイド「神様なんているの」
フィナ「いるよ。まずはこの石碑をご覧ください」
クレイド「興味深い。これは独特な彫刻だ」ふむふむ
フィナ「さて。下にあるのが地下界で真ん中にありますのが大地と世界樹。そして上にありますこちらが天上界になります。ここに神様はおられます」
クレイド「へえ。そこはどんなところなの」
フィナ「一言でいうなら楽園かしら。私はそこで過ごしていたのだけれど、神様に呼ばれて、縁があってアレッタを支援することになったの」
クレイド「君はもしかして、アレッタのご先祖様になるのかい」
フィナ「それは大げさかな。でも、そんなところ。家族に間違いないわ」
クレイド「うーん。不思議な夢だ」
フィナ「夢じゃないよ。これは現実。でも、この世界は現実でも夢でもない」
クレイド「と言うと」
フィナ「はい石碑を移りますね。こちらをご覧ください」じゃん
クレイド「ん、どこかで見たことあるぞ」
フィナ「アレッタとクレイドさん、こちらの男の子があなたです。二人は空想を語り合っています」
クレイド「この石碑は魔法で造られているの」
フィナ「彫ったのは私よ」
クレイド「え、これもしかして、君が全部わざわざ彫ったの!?」
フィナ「うん、細かい作業が好きだから。どうかしら似てる?」
クレイド「似て……るよ!お話を続けて」
フィナ「じゃあ、裏に回りましょう」すたすた
クレイド「裏!?」
フィナ「こちらは星飾りの騎士。二人の空想をアレッタがまとめた物語になります」
クレイド「アレッタ、物語を完成させたんだね」
フィナ「その物語を基準に、この心象世界は創られました」
クレイド「じゃあ、ダークマターもアレッタが創り出したの」
フィナ「それは違うわ。神様が人間の言葉や想いから、創造だけじゃなく、破滅も隔たりなく公平に現実にされたの」
クレイド「ダークマターは恐怖や絶望、そして死……。なら僕から生まれたに違いない」
フィナ「言いたくなかったけれど、正解」
クレイド「そうか。じゃあ結局は、僕がアレッタを巻き込んだわけだ」
フィナ「そんな言い方はよして。そうじゃないわ」
クレイド「でも」
フィナ「死は誰が生み出したものじゃない。二人は仲良しだから想いを共有しただけ。なによりアレッタは、望んで、あなたと苦痛を分かち合うことを決めたのよ」
クレイド「そうだ。だから二人で戦って乗り越えたんじゃないか。これは、僕はまだ死んでいないのかもしれないぞ」
フィナ「はっきり言って申し訳ないけれど、あなたは間違いなく亡くなっているわ」
クレイド「うう……そうだろうね。生きていたらアレッタだけが消えて僕がここに残るなんておかしいもの」
フィナ「表に戻って、次の石碑をご覧ください」ととっ
クレイド「これも僕だね。まるで世界樹から落っこちているみたいだ」
フィナ「あなたは思い半ばで亡くなった。覚えはないでしょうけど、それをキッカケに、あなたは世界の狭間をさ迷っていたの。そして、死に欺かれて地下界へ落ちるところだった」
クレイド「ねえ、地下界て恐いところ?」
フィナ「神聖なところよ」にこっ
クレイド「……続けて」
フィナ「あなたの終わりを嘆いた神様は、最後に、あなたに手を差し伸べることをお決めになりました」
クレイド「そう言えば、どうして最後なんだい」
フィナ「それは神様と人間の繋がりが薄くなってしまったからよ」
クレイド「どうして?」
フィナ「もしかしたら、その方が神様にとっても人間にとっても良かったからかも知れないね」
クレイド「?」
フィナ「それはまあさておきまして。とにかくそういう理由で、この心象世界は生まれ、私はアレッタを支援することになったのです。はい次の石碑に移ります」ひらり
クレイド「これは僕と、僕の偽物の戦いだね」
フィナ「うん。長い旅の終わりに死と戦ったあなたは安らぎという救いを勝ち得ました」
クレイド「安らぎという救いか」
フィナ「お疲れ様でした。よく頑張ったね」ぱちぱち
クレイド「ありがとう。確かに、アレッタと本心を語り合って、心残りはなくなったと思うよ」
フィナ「今、思うよ、と言いましたね」むむっ
クレイド「うん、そうだね。言い方がよくなかったかな」
フィナ「それはあなたの本心です。そう、安らぎを得てもなお、まだ心残りは微かにあるのです」くるり
クレイド「次の石碑だね」
フィナ「これから新たな戦いが始まります」むむむっ
クレイド「アレッタだ」
フィナ「説明の続きは、アレッタが訪れてからにしましょう。今回はここまで」
クレイド「またアレッタはここへ来るの?」
フィナ「うん。それまで新しい戦いに備えて特訓でもしましょう」
クレイド「特訓?」
フィナ「本や画材道具もそうだけれど、テレビもゲームもなくて暇でしょう」
クレイド「あ、色んな遊びを思い出した。うわー!あのゲームをクリアする前に僕は死んでしまったのか!モヤモヤするー!」
フィナ「そんなことどうでもいいじゃない」
クレイド「どうでも良くない!もう少しでクリアするところだったんだぞ!!」迫真
フィナ「…………」じとー
クレイド「ごめん」
フィナ「こほん。この世界での旅の方がゲームよりワクワクしたんじゃない」うぃんく
クレイド「そうだね、そうだよ、そうだ!僕は今うんと面白い体験をしているじゃないか!」きらきら
フィナ「私と特訓する?」くびかしげ
クレイド「それは君と戦うってことかい」
フィナ「…………」じとー
クレイド「ごめん。説明して」
フィナ「こういうことよ。おいで、ミード」
フィナが指を振るって合図すると、地面から染み出すように黄色い液体が湧きました。
それはパルンパルンのツヤツヤしたゼリーみたいな形になって落ち着きました。
クレイド「まさかスライム?」
フィナ「私はあなた達の人生を、神様が作った4D映画を観て知りました」
クレイド「神様何やってるの」真顔
フィナ「流行りもの好きみたい」
クレイド「ええ……イメージが……」
フィナ「とにもかくにもです。スライムというのはそれで学びました」
クレイド「多分あれだ。まだ幼い頃、アレッタが僕のゲームで一日中スライムをやっつけてた日のことだろう」
フィナ「そのシーン良かったよ。面白かった」
クレイド「誰かに映画として楽しまれるのは、言い表せないほど複雑な気分だよ」
フィナ「とにもかく……スライムが最初の相手よ」
クレイド「星の力はアレッタの想いだからないよね」
フィナ「うん。がんば!」
ラウンド1
騎士VSスライム
騎士「だめだ……まったく歯が立たない!」
フィナ「諦めが早いよ!」
騎士「そうは言ってもさ、突いても斬っても叩いても攻撃が通らないんだ」
フィナ「あれま」
騎士「そうか。スライムだから物理攻撃は通らないんだ。元々、そういわれている空想生物じゃないか」
フィナ「なら仕方ないわ。相手を変えましょう」えい
ミード「ピュギュエエエエエ!!」ジュワッ!
騎士「ひっ……一瞬で蒸発した!」びくびく
フィナ「ありがとう。そしてさようならミード」
クレイド「な、何いまの」ぷるぷる
フィナ「可哀想だけれど太陽光線で焼却したの。石碑は天上界へ持って帰れるけれど、さすがにスライムは持って帰っちゃいけないと思うから」
クレイド「何も持って帰る必要はないんじゃないかい」
フィナ「この作品をアレッタに見られるのは……その……恥ずかしいから」てれ
クレイド「スライムの方だよ」
フィナ「アレッタがここへ戻ってきた時にびっくりさせちゃうじゃない」
クレイド「あーそう。よし次だ!」
フィナ「そーれ」
フィナが指を振るって合図すると、突如として空から円盤が墜落して、その中からグロテスクでバイオレンスな四足二手の生き物が出てきました。
クレイド「派手な演出だ」
フィナ「おいでタマル」
クレイド「タマルはたまに朝食で食べたなあ」
フィナ「実は私たちの時代からある料理なのよ」
クレイド「え!そうなの!?」
タマル「キシャアアア!!」
タマルは口からヨダレを撒き散らしながら叫びました。
どうやら獲物に飢えているご様子。
フィナ「めっ!タマル待て」
クレイド「あんなに気持ちの悪いエイリアンにタマルなんて名前付けて、もしかしてフィナは変わり者なのかな」ぼそっ
フィナ「何か言ったかしら」
クレイド「いいや。あ、そのエイリアンはルディアが買ってきてくれたペンの上に乗ってたやつだね」
フィナ「ルディアはお兄さん思いの可愛い妹さんね」
クレイド「うん……元気にしてるかな……」
タマル「キシャアアア!!」だだだっ
フィナ「あ!タマルってば!」
ラウンド2
騎士VSエイリアン
騎士「そもそもさ、敵の選択がおかしいよ」ぶつぶつ
タマルは素早い動きで跳躍、膜のようなヒレで滑空して騎士に飛び掛かります。
薙ぎ払われる鋭い爪を盾でいなして、騎士は距離を取りました。
騎士「今までで一番迫力あるかも……」
タマルは狩りでもするようにしっかりと騎士の動きを確認して、軽快な動きで、方々から的確な攻撃を続けます。
少しずつ騎士の体力を奪って、弱ったところを仕留めるつもりです。
フィナ「守ってばかりじゃダメよ!いけいけー!」
騎士「タマルには悪いけれど」
騎士はタマルの攻撃を見切って、反撃に腕を一本切り落としてやりました。
それから体へ連続して突きを繰り出します。
たまらず跳んで離れるタマル。
騎士「見切りきれなかったか」
騎士の首からツーと一筋の血が流れました。
騎士「一撃を食らってでももう一本貰うぞ」
タマルは騎士へぐわっと飛び掛かります。
空中で前足を大きく上げてから勢いよく叩きつけました。
騎士「ぐあ……!」
騎士の体は地面に完全に押さえつけられてしまいました。
しかし幸いなことに、武器を持つ左手だけは自由です。
タマルが騎士の首目掛けて伸ばした手を、とっさに短く持ち直したハルバードの刃で防ぎました。
タマルの手は刃によって深く切り裂かれました。
騎士「今だ!」
ハルバードで一薙ぎ。
残った腕を切り落としてやりました。
それから立ち上がって、フラフラと後退るタマルに向かって駆けます。
騎士「せえあ!」
鋭い突き。
ハルバードはタマルの体、その中心を見事に貫きました。
ところがタマルの生命力は尽きません。
騎士「しまった!」
前足で器用に騎士の体を捉えました。
ミシミシと締め上げます。
騎士「離せ……この!」
深く貫いたハルバードは簡単には抜けません。
なので、右手に持つ盾でタマルの体を何度も殴りました。
タマルはまったく平気のようです。
それどころか、大きな口で騎士の頭を食らいました。
騎士「やられてたまるか!」
ギリギリ間に合いました。
騎士は盾を捨て、両手で迫る上下の顎をそれぞれ掴んだのです。
騎士「おえっ!すごく生臭い!」
しかも、中から小さい口が伸びてきました。
危うく首を噛まれるところでした。
騎士は瞬時に判断して右腕を食らわせ、その隙に、左手を手刀にしてタマルの首へ突き刺しました。
騎士「どうだ!」
解放された騎士は離れると同時にハルバードを引き抜きました。
騎士「まだ倒れないか。というより、さすがに可哀想になってきたよ」
フィナ「そうね。タマルは強い子だからまだまだ戦えると思うわ」
騎士「まるで母親みたいな台詞……」
フィナ「ありがとう。そしてさようならタマル」えい
タマル「イヤアアアダアッ!!」ボオッ!
タマルは火だるまになって、のたうち回ってから消し炭になりました。
クレイド「もうよそう。あまりに心が痛い」ズキズキ
フィナ「ごめんねミードとタマル……」がくっ
クレイド「フィナ……」
フィナ「争いは無慈悲で辛くて虚しいもの。それをよく分かっていながら私はなんて酷いことを……」しくしく
タマル「泣かないでフィナ」かたぽん
フィナ「タマル!?」ふりむき
タマルはフィナをお姫様抱っこして、ヨダレを滝のようにたらしながら続けて言います。
タマル「僕らは君の心から生まれた。君が忘れない限り、僕らが消えてしまうことはない」
フィナ「そう。良かった」にこっ
タマルはフィナを、そっとミードの上に降ろしました。
フィナの体は丁度よく気持ちよくフィットして収まりました。
ミード「ピュギュエエエエエ!!」
タマル「フィナの為ならこの身体を犠牲にすることはいとわない。それは君が生きとし生けるものや未来を思いやって神様に全てを捧げたのと同じだ。それでも君の生命や精神は決して損なわれず失われることはなかった。しかしそれは君を愛する者にとっては耐え難いほど引き裂かれるような痛みだ。先程も言ったように俺達は君の心から生まれた。だからよく分かっているつもりだ。最後に謝ろうこちらこそ傷つけて済まない。と、ミードは言っている」
フィナ「ありがとう。ミード、タマル」なでなで
クレイド「…………」ぽかーん
フィナ「どうしたの?」
フィナはミードの体に横たわり、目もとろけて、とてもリラックスした様子でききました。
クレイド「何でもないよ。あ、そうだ、今の話で君は全てを捧げたって言ってたけど」
フィナ「ずいぶん昔の話。私は争いや災厄を鎮めるため、神様にこの身体も命も、全てを捧げたの」
クレイド「そうなんだ」
フィナ「私の愛する人は必死に止めてくれたわ。でもね。彼が、そして生きとし生けるもの、みんなのことが大好きだから決心して捧げたの」
クレイド「わかるよ。君は優しい人だから」
フィナ「ありがとう。それで、後になって天上界で愛する人に再会した時に辛い思いをしたことを聞いた。残された人の気持ちは想像以上だったわ」
クレイド「じゃあ僕の家族や、アレッタも……」
フィナ「だからこそアレッタを支援することに迷いはなかった。クレイドさん、希望と救いはいつだってあるのよ」
クレイド「それはどういう意味だい」
フィナ「様々よ、生きている限りそうなの。人間はそれを力に何度でも立ち上がって前を向いて生きていくの」
クレイド「何となく分かったよ、これから待ち受ける戦いの意味。彼女が生きるために必要な戦いなんだね」
フィナ「うん」
クレイド「よし、じゃあもう一度相手してくれるかい」
タマル「イヤアアアダアッ!!」
クレイド「ごめん。だろうね」
フィナ「じゃあ、最後に」
フィナが指を振るって合図すると、どこからともなく轟音を響かせて巨大なロボットが飛んできました。
暦のピラミッド三つ分はある大きさです。
クレイド「あれは魔王から地球を守護するために勇者が操る古代兵器を改造した防衛専起動型巨大武具ダイナミックジャスティアースだ!!」きらきら
ラウンド3
騎士VS勇者、のロボット
フィナ「勝てたら操縦していいよ」
騎士「絶対に勝てない。無理」真顔
フィナ「あら、そう」
それからロボットの操縦にも飽きて、フィナが許しをもらって愉快な仲間たちを天上界へ連れて帰ったその折り。
アレッタがこの世界へと戻って来ました。
そして、生きるための新たな戦いが幕を開けたのです。
クレイド「アレッタは帰ったのかい」
フィナ「うん。さあ、あなたも行きましょう」
クレイド「僕は天上界へ行けるの」
フィナ「もちろん」
戦い終えて、クレイドはドラゴンの姿のまま羽ばたきました。
上方から垂直に降り注ぐ光を道標に地上へと抜けて、そのままどんどん上昇しました。
世界が遠くなって、霞んで消えていくのを背中越しに感じました。
クレイド「お父さん、お医者様は何だって」
クレイドは賑やかな都会に生まれました。
人や車が朝から夜まで途切れることなく行き交う都市で暮らしていました。
お父さん「良くなるってさ」
クレイドは、国内でも特に有名な病院に通っていました。
その帰り道にお父さんは、彼の小さな頭を、いたずらにほんの少し乱暴に撫でて言いました。
彼はまだ自分の病気について何も教えられていませんでした。
初めて知ったのは偶然でした。
ある日、母親のすすり泣く声を聞いてリビングに近寄った時に、たまたま両親の話を聞いてしまったのです。
それからいつか、彼は思いきって言いました。
クレイド「僕、もうあの病院に行きたくない」
お母さん「どうしたの急に」
クレイド「静かなところに行きたい。この町は退屈だから」
お父さん「それはどういう意味だい」
クレイド「うまく言えないけどそうなの。どうせ助からないんだからさ、どこへ行ったっていいだろう」
クレイドは当たり前に生きる人がたくさんいるこの町が嫌いになっていました。
どうして自分は病気で生きられないのに、みんなは元気に生きられるのか。
その不満が悲しみといっしょに心いっぱいまで募っていました。
お母さん「どうせ助からないなんて言わないで!」
お父さん「お母さん落ち着いて」
お母さん「……ごめんなさい」
クレイド「死ぬつもりはないよ。ちょっとでも長生きしたいから、そう、空気の綺麗なところで暮らしたいな」
両親はよく考えて、クレイドに賛成してくれました。
そして苦労して探した結果、見つかったのがアレッタの暮らす小島でした。
お母さん「調子はどう?」
クレイド「今日も元気だよ」
お母さん「果物を切ってくるから待っててね」
クレイド「はーい」
クレイドは自室のベッドに座って窓の外に広がる花畑を眺めていました。
側にある海からは気持ちよい風が運ばれてきます。
また、運ばれてきたのは風だけではありませんでした。
それはとても素敵な贈り物が届きました。
海と同じくらい紺碧の髪をした可愛らしい女の子が、ひょっこりやって来たのです。
アレッタ「私はアレッタ。はじめまして」
アレッタは挨拶をして、窓の外から、うんと手を伸ばしてみましたがうまく届きません。
そこでクレイドは手を伸ばして、彼女の手をそっと優しく握りました。
クレイド「僕はクレイド。はじめまして」
これが二人の「運命の出会い」でした。
フィナ「あら、久しぶりね。こんにちは、クレイドさん」
クレイド「こんにちは。このトウモロコシ畑は君が育てているの?」
フィナ「そうよ」
クレイド「どれも立派に育ったね」
フィナ「初めは手のひらよりも小さかったけれど、突然変異というのかしら、どんどん大きくなっていったのよ」
クレイド「へえ、そうなんだ。それは面白いね」
フィナ「はい、良かったら一本どうぞ」
クレイド「ありがとう。それにしてもすごいね。ここは果てのない世界なのに、会いたいと思ったらその人にすぐ会えるんだもの」
フィナ「もうここには慣れた?」
クレイド「うん。いいところだね」
フィナ「天上界は楽園でしょう。なんの不都合も苦痛もないのよ」
クレイド「でも、僕には物足りないかな」
フィナ「何が物足りないの?」
クレイド「もう失ってしまったものだよ」
フィナ「そう。確かにここじゃあ、それは必要ないものね」
クレイド「僕、旅に出るよ」
フィナ「旅?」
クレイド「うん。まずは遠くに見える、あの世界樹に行って、それから当てもなくのんびり歩き続ける」
フィナ「ふふ、あなたらしいわ」
クレイド「今までありがとう、フィナ」
フィナ「さようなら、はなしよ。またいつか、みんなで会いましょう」
クレイド「もちろんさ。それじゃあ、またね」
フィナ「またね」
クレイドはこれから、色々な人と触れ合ったり、種々の動植物を見つけたり、様々な空想を巡ります。
一期一会を繰り返してどこまでも旅します。
またいつか会えるその日まで。
クレイドは、みんなと今まで旅した遺跡を一人で順々に歩いて巡り、また、暦のピラミッドまで戻ってきました。
草原に仰向けに寝転がって、雲がピタッと貼り付けられた空を見上げます。
クレイド「静かだし疲れないし、それに眠くもお腹空いたりもないけれど、やっぱり独りは寂しいや。僕はどうしてまだこの世界にいるんだろう。ここが死後の世界だとすればあんまりだよ」
フィナ「ここは二人の心象世界よ」
突然、フィナが逆さまにクレイドの顔を覗きました。
クレイド「うわ!びっくりした!」
フィナ「ごめんなさい。旅が終わったようだから会いに来たの」
クレイド「ずっと見てたの」
フィナ「うん」
クレイド「話しかけてくれても良かったのに」
フィナ「邪魔しちゃ悪いと思って」
クレイド「そう。それで心象世界てどういうことだい。えと、たしか君はフィナだね」
フィナ「うん。改めてよろしくね、クレイドさん」握手
クレイド「うん。よろしく」
フィナ「じゃあ、さっそく一つ一つ説明するね。そーれ」
フィナが指を振るって合図すると、地面からいくつかの石碑がズドンズドンズドドンと次々に生えました。
クレイド「うわ!またびっくりした!」びくっ
フィナ「この世界は神様から人間への最後の贈り物。あなたたち二人は選ばれたの」
クレイド「神様なんているの」
フィナ「いるよ。まずはこの石碑をご覧ください」
クレイド「興味深い。これは独特な彫刻だ」ふむふむ
フィナ「さて。下にあるのが地下界で真ん中にありますのが大地と世界樹。そして上にありますこちらが天上界になります。ここに神様はおられます」
クレイド「へえ。そこはどんなところなの」
フィナ「一言でいうなら楽園かしら。私はそこで過ごしていたのだけれど、神様に呼ばれて、縁があってアレッタを支援することになったの」
クレイド「君はもしかして、アレッタのご先祖様になるのかい」
フィナ「それは大げさかな。でも、そんなところ。家族に間違いないわ」
クレイド「うーん。不思議な夢だ」
フィナ「夢じゃないよ。これは現実。でも、この世界は現実でも夢でもない」
クレイド「と言うと」
フィナ「はい石碑を移りますね。こちらをご覧ください」じゃん
クレイド「ん、どこかで見たことあるぞ」
フィナ「アレッタとクレイドさん、こちらの男の子があなたです。二人は空想を語り合っています」
クレイド「この石碑は魔法で造られているの」
フィナ「彫ったのは私よ」
クレイド「え、これもしかして、君が全部わざわざ彫ったの!?」
フィナ「うん、細かい作業が好きだから。どうかしら似てる?」
クレイド「似て……るよ!お話を続けて」
フィナ「じゃあ、裏に回りましょう」すたすた
クレイド「裏!?」
フィナ「こちらは星飾りの騎士。二人の空想をアレッタがまとめた物語になります」
クレイド「アレッタ、物語を完成させたんだね」
フィナ「その物語を基準に、この心象世界は創られました」
クレイド「じゃあ、ダークマターもアレッタが創り出したの」
フィナ「それは違うわ。神様が人間の言葉や想いから、創造だけじゃなく、破滅も隔たりなく公平に現実にされたの」
クレイド「ダークマターは恐怖や絶望、そして死……。なら僕から生まれたに違いない」
フィナ「言いたくなかったけれど、正解」
クレイド「そうか。じゃあ結局は、僕がアレッタを巻き込んだわけだ」
フィナ「そんな言い方はよして。そうじゃないわ」
クレイド「でも」
フィナ「死は誰が生み出したものじゃない。二人は仲良しだから想いを共有しただけ。なによりアレッタは、望んで、あなたと苦痛を分かち合うことを決めたのよ」
クレイド「そうだ。だから二人で戦って乗り越えたんじゃないか。これは、僕はまだ死んでいないのかもしれないぞ」
フィナ「はっきり言って申し訳ないけれど、あなたは間違いなく亡くなっているわ」
クレイド「うう……そうだろうね。生きていたらアレッタだけが消えて僕がここに残るなんておかしいもの」
フィナ「表に戻って、次の石碑をご覧ください」ととっ
クレイド「これも僕だね。まるで世界樹から落っこちているみたいだ」
フィナ「あなたは思い半ばで亡くなった。覚えはないでしょうけど、それをキッカケに、あなたは世界の狭間をさ迷っていたの。そして、死に欺かれて地下界へ落ちるところだった」
クレイド「ねえ、地下界て恐いところ?」
フィナ「神聖なところよ」にこっ
クレイド「……続けて」
フィナ「あなたの終わりを嘆いた神様は、最後に、あなたに手を差し伸べることをお決めになりました」
クレイド「そう言えば、どうして最後なんだい」
フィナ「それは神様と人間の繋がりが薄くなってしまったからよ」
クレイド「どうして?」
フィナ「もしかしたら、その方が神様にとっても人間にとっても良かったからかも知れないね」
クレイド「?」
フィナ「それはまあさておきまして。とにかくそういう理由で、この心象世界は生まれ、私はアレッタを支援することになったのです。はい次の石碑に移ります」ひらり
クレイド「これは僕と、僕の偽物の戦いだね」
フィナ「うん。長い旅の終わりに死と戦ったあなたは安らぎという救いを勝ち得ました」
クレイド「安らぎという救いか」
フィナ「お疲れ様でした。よく頑張ったね」ぱちぱち
クレイド「ありがとう。確かに、アレッタと本心を語り合って、心残りはなくなったと思うよ」
フィナ「今、思うよ、と言いましたね」むむっ
クレイド「うん、そうだね。言い方がよくなかったかな」
フィナ「それはあなたの本心です。そう、安らぎを得てもなお、まだ心残りは微かにあるのです」くるり
クレイド「次の石碑だね」
フィナ「これから新たな戦いが始まります」むむむっ
クレイド「アレッタだ」
フィナ「説明の続きは、アレッタが訪れてからにしましょう。今回はここまで」
クレイド「またアレッタはここへ来るの?」
フィナ「うん。それまで新しい戦いに備えて特訓でもしましょう」
クレイド「特訓?」
フィナ「本や画材道具もそうだけれど、テレビもゲームもなくて暇でしょう」
クレイド「あ、色んな遊びを思い出した。うわー!あのゲームをクリアする前に僕は死んでしまったのか!モヤモヤするー!」
フィナ「そんなことどうでもいいじゃない」
クレイド「どうでも良くない!もう少しでクリアするところだったんだぞ!!」迫真
フィナ「…………」じとー
クレイド「ごめん」
フィナ「こほん。この世界での旅の方がゲームよりワクワクしたんじゃない」うぃんく
クレイド「そうだね、そうだよ、そうだ!僕は今うんと面白い体験をしているじゃないか!」きらきら
フィナ「私と特訓する?」くびかしげ
クレイド「それは君と戦うってことかい」
フィナ「…………」じとー
クレイド「ごめん。説明して」
フィナ「こういうことよ。おいで、ミード」
フィナが指を振るって合図すると、地面から染み出すように黄色い液体が湧きました。
それはパルンパルンのツヤツヤしたゼリーみたいな形になって落ち着きました。
クレイド「まさかスライム?」
フィナ「私はあなた達の人生を、神様が作った4D映画を観て知りました」
クレイド「神様何やってるの」真顔
フィナ「流行りもの好きみたい」
クレイド「ええ……イメージが……」
フィナ「とにもかくにもです。スライムというのはそれで学びました」
クレイド「多分あれだ。まだ幼い頃、アレッタが僕のゲームで一日中スライムをやっつけてた日のことだろう」
フィナ「そのシーン良かったよ。面白かった」
クレイド「誰かに映画として楽しまれるのは、言い表せないほど複雑な気分だよ」
フィナ「とにもかく……スライムが最初の相手よ」
クレイド「星の力はアレッタの想いだからないよね」
フィナ「うん。がんば!」
ラウンド1
騎士VSスライム
騎士「だめだ……まったく歯が立たない!」
フィナ「諦めが早いよ!」
騎士「そうは言ってもさ、突いても斬っても叩いても攻撃が通らないんだ」
フィナ「あれま」
騎士「そうか。スライムだから物理攻撃は通らないんだ。元々、そういわれている空想生物じゃないか」
フィナ「なら仕方ないわ。相手を変えましょう」えい
ミード「ピュギュエエエエエ!!」ジュワッ!
騎士「ひっ……一瞬で蒸発した!」びくびく
フィナ「ありがとう。そしてさようならミード」
クレイド「な、何いまの」ぷるぷる
フィナ「可哀想だけれど太陽光線で焼却したの。石碑は天上界へ持って帰れるけれど、さすがにスライムは持って帰っちゃいけないと思うから」
クレイド「何も持って帰る必要はないんじゃないかい」
フィナ「この作品をアレッタに見られるのは……その……恥ずかしいから」てれ
クレイド「スライムの方だよ」
フィナ「アレッタがここへ戻ってきた時にびっくりさせちゃうじゃない」
クレイド「あーそう。よし次だ!」
フィナ「そーれ」
フィナが指を振るって合図すると、突如として空から円盤が墜落して、その中からグロテスクでバイオレンスな四足二手の生き物が出てきました。
クレイド「派手な演出だ」
フィナ「おいでタマル」
クレイド「タマルはたまに朝食で食べたなあ」
フィナ「実は私たちの時代からある料理なのよ」
クレイド「え!そうなの!?」
タマル「キシャアアア!!」
タマルは口からヨダレを撒き散らしながら叫びました。
どうやら獲物に飢えているご様子。
フィナ「めっ!タマル待て」
クレイド「あんなに気持ちの悪いエイリアンにタマルなんて名前付けて、もしかしてフィナは変わり者なのかな」ぼそっ
フィナ「何か言ったかしら」
クレイド「いいや。あ、そのエイリアンはルディアが買ってきてくれたペンの上に乗ってたやつだね」
フィナ「ルディアはお兄さん思いの可愛い妹さんね」
クレイド「うん……元気にしてるかな……」
タマル「キシャアアア!!」だだだっ
フィナ「あ!タマルってば!」
ラウンド2
騎士VSエイリアン
騎士「そもそもさ、敵の選択がおかしいよ」ぶつぶつ
タマルは素早い動きで跳躍、膜のようなヒレで滑空して騎士に飛び掛かります。
薙ぎ払われる鋭い爪を盾でいなして、騎士は距離を取りました。
騎士「今までで一番迫力あるかも……」
タマルは狩りでもするようにしっかりと騎士の動きを確認して、軽快な動きで、方々から的確な攻撃を続けます。
少しずつ騎士の体力を奪って、弱ったところを仕留めるつもりです。
フィナ「守ってばかりじゃダメよ!いけいけー!」
騎士「タマルには悪いけれど」
騎士はタマルの攻撃を見切って、反撃に腕を一本切り落としてやりました。
それから体へ連続して突きを繰り出します。
たまらず跳んで離れるタマル。
騎士「見切りきれなかったか」
騎士の首からツーと一筋の血が流れました。
騎士「一撃を食らってでももう一本貰うぞ」
タマルは騎士へぐわっと飛び掛かります。
空中で前足を大きく上げてから勢いよく叩きつけました。
騎士「ぐあ……!」
騎士の体は地面に完全に押さえつけられてしまいました。
しかし幸いなことに、武器を持つ左手だけは自由です。
タマルが騎士の首目掛けて伸ばした手を、とっさに短く持ち直したハルバードの刃で防ぎました。
タマルの手は刃によって深く切り裂かれました。
騎士「今だ!」
ハルバードで一薙ぎ。
残った腕を切り落としてやりました。
それから立ち上がって、フラフラと後退るタマルに向かって駆けます。
騎士「せえあ!」
鋭い突き。
ハルバードはタマルの体、その中心を見事に貫きました。
ところがタマルの生命力は尽きません。
騎士「しまった!」
前足で器用に騎士の体を捉えました。
ミシミシと締め上げます。
騎士「離せ……この!」
深く貫いたハルバードは簡単には抜けません。
なので、右手に持つ盾でタマルの体を何度も殴りました。
タマルはまったく平気のようです。
それどころか、大きな口で騎士の頭を食らいました。
騎士「やられてたまるか!」
ギリギリ間に合いました。
騎士は盾を捨て、両手で迫る上下の顎をそれぞれ掴んだのです。
騎士「おえっ!すごく生臭い!」
しかも、中から小さい口が伸びてきました。
危うく首を噛まれるところでした。
騎士は瞬時に判断して右腕を食らわせ、その隙に、左手を手刀にしてタマルの首へ突き刺しました。
騎士「どうだ!」
解放された騎士は離れると同時にハルバードを引き抜きました。
騎士「まだ倒れないか。というより、さすがに可哀想になってきたよ」
フィナ「そうね。タマルは強い子だからまだまだ戦えると思うわ」
騎士「まるで母親みたいな台詞……」
フィナ「ありがとう。そしてさようならタマル」えい
タマル「イヤアアアダアッ!!」ボオッ!
タマルは火だるまになって、のたうち回ってから消し炭になりました。
クレイド「もうよそう。あまりに心が痛い」ズキズキ
フィナ「ごめんねミードとタマル……」がくっ
クレイド「フィナ……」
フィナ「争いは無慈悲で辛くて虚しいもの。それをよく分かっていながら私はなんて酷いことを……」しくしく
タマル「泣かないでフィナ」かたぽん
フィナ「タマル!?」ふりむき
タマルはフィナをお姫様抱っこして、ヨダレを滝のようにたらしながら続けて言います。
タマル「僕らは君の心から生まれた。君が忘れない限り、僕らが消えてしまうことはない」
フィナ「そう。良かった」にこっ
タマルはフィナを、そっとミードの上に降ろしました。
フィナの体は丁度よく気持ちよくフィットして収まりました。
ミード「ピュギュエエエエエ!!」
タマル「フィナの為ならこの身体を犠牲にすることはいとわない。それは君が生きとし生けるものや未来を思いやって神様に全てを捧げたのと同じだ。それでも君の生命や精神は決して損なわれず失われることはなかった。しかしそれは君を愛する者にとっては耐え難いほど引き裂かれるような痛みだ。先程も言ったように俺達は君の心から生まれた。だからよく分かっているつもりだ。最後に謝ろうこちらこそ傷つけて済まない。と、ミードは言っている」
フィナ「ありがとう。ミード、タマル」なでなで
クレイド「…………」ぽかーん
フィナ「どうしたの?」
フィナはミードの体に横たわり、目もとろけて、とてもリラックスした様子でききました。
クレイド「何でもないよ。あ、そうだ、今の話で君は全てを捧げたって言ってたけど」
フィナ「ずいぶん昔の話。私は争いや災厄を鎮めるため、神様にこの身体も命も、全てを捧げたの」
クレイド「そうなんだ」
フィナ「私の愛する人は必死に止めてくれたわ。でもね。彼が、そして生きとし生けるもの、みんなのことが大好きだから決心して捧げたの」
クレイド「わかるよ。君は優しい人だから」
フィナ「ありがとう。それで、後になって天上界で愛する人に再会した時に辛い思いをしたことを聞いた。残された人の気持ちは想像以上だったわ」
クレイド「じゃあ僕の家族や、アレッタも……」
フィナ「だからこそアレッタを支援することに迷いはなかった。クレイドさん、希望と救いはいつだってあるのよ」
クレイド「それはどういう意味だい」
フィナ「様々よ、生きている限りそうなの。人間はそれを力に何度でも立ち上がって前を向いて生きていくの」
クレイド「何となく分かったよ、これから待ち受ける戦いの意味。彼女が生きるために必要な戦いなんだね」
フィナ「うん」
クレイド「よし、じゃあもう一度相手してくれるかい」
タマル「イヤアアアダアッ!!」
クレイド「ごめん。だろうね」
フィナ「じゃあ、最後に」
フィナが指を振るって合図すると、どこからともなく轟音を響かせて巨大なロボットが飛んできました。
暦のピラミッド三つ分はある大きさです。
クレイド「あれは魔王から地球を守護するために勇者が操る古代兵器を改造した防衛専起動型巨大武具ダイナミックジャスティアースだ!!」きらきら
ラウンド3
騎士VS勇者、のロボット
フィナ「勝てたら操縦していいよ」
騎士「絶対に勝てない。無理」真顔
フィナ「あら、そう」
それからロボットの操縦にも飽きて、フィナが許しをもらって愉快な仲間たちを天上界へ連れて帰ったその折り。
アレッタがこの世界へと戻って来ました。
そして、生きるための新たな戦いが幕を開けたのです。
クレイド「アレッタは帰ったのかい」
フィナ「うん。さあ、あなたも行きましょう」
クレイド「僕は天上界へ行けるの」
フィナ「もちろん」
戦い終えて、クレイドはドラゴンの姿のまま羽ばたきました。
上方から垂直に降り注ぐ光を道標に地上へと抜けて、そのままどんどん上昇しました。
世界が遠くなって、霞んで消えていくのを背中越しに感じました。
クレイド「お父さん、お医者様は何だって」
クレイドは賑やかな都会に生まれました。
人や車が朝から夜まで途切れることなく行き交う都市で暮らしていました。
お父さん「良くなるってさ」
クレイドは、国内でも特に有名な病院に通っていました。
その帰り道にお父さんは、彼の小さな頭を、いたずらにほんの少し乱暴に撫でて言いました。
彼はまだ自分の病気について何も教えられていませんでした。
初めて知ったのは偶然でした。
ある日、母親のすすり泣く声を聞いてリビングに近寄った時に、たまたま両親の話を聞いてしまったのです。
それからいつか、彼は思いきって言いました。
クレイド「僕、もうあの病院に行きたくない」
お母さん「どうしたの急に」
クレイド「静かなところに行きたい。この町は退屈だから」
お父さん「それはどういう意味だい」
クレイド「うまく言えないけどそうなの。どうせ助からないんだからさ、どこへ行ったっていいだろう」
クレイドは当たり前に生きる人がたくさんいるこの町が嫌いになっていました。
どうして自分は病気で生きられないのに、みんなは元気に生きられるのか。
その不満が悲しみといっしょに心いっぱいまで募っていました。
お母さん「どうせ助からないなんて言わないで!」
お父さん「お母さん落ち着いて」
お母さん「……ごめんなさい」
クレイド「死ぬつもりはないよ。ちょっとでも長生きしたいから、そう、空気の綺麗なところで暮らしたいな」
両親はよく考えて、クレイドに賛成してくれました。
そして苦労して探した結果、見つかったのがアレッタの暮らす小島でした。
お母さん「調子はどう?」
クレイド「今日も元気だよ」
お母さん「果物を切ってくるから待っててね」
クレイド「はーい」
クレイドは自室のベッドに座って窓の外に広がる花畑を眺めていました。
側にある海からは気持ちよい風が運ばれてきます。
また、運ばれてきたのは風だけではありませんでした。
それはとても素敵な贈り物が届きました。
海と同じくらい紺碧の髪をした可愛らしい女の子が、ひょっこりやって来たのです。
アレッタ「私はアレッタ。はじめまして」
アレッタは挨拶をして、窓の外から、うんと手を伸ばしてみましたがうまく届きません。
そこでクレイドは手を伸ばして、彼女の手をそっと優しく握りました。
クレイド「僕はクレイド。はじめまして」
これが二人の「運命の出会い」でした。
フィナ「あら、久しぶりね。こんにちは、クレイドさん」
クレイド「こんにちは。このトウモロコシ畑は君が育てているの?」
フィナ「そうよ」
クレイド「どれも立派に育ったね」
フィナ「初めは手のひらよりも小さかったけれど、突然変異というのかしら、どんどん大きくなっていったのよ」
クレイド「へえ、そうなんだ。それは面白いね」
フィナ「はい、良かったら一本どうぞ」
クレイド「ありがとう。それにしてもすごいね。ここは果てのない世界なのに、会いたいと思ったらその人にすぐ会えるんだもの」
フィナ「もうここには慣れた?」
クレイド「うん。いいところだね」
フィナ「天上界は楽園でしょう。なんの不都合も苦痛もないのよ」
クレイド「でも、僕には物足りないかな」
フィナ「何が物足りないの?」
クレイド「もう失ってしまったものだよ」
フィナ「そう。確かにここじゃあ、それは必要ないものね」
クレイド「僕、旅に出るよ」
フィナ「旅?」
クレイド「うん。まずは遠くに見える、あの世界樹に行って、それから当てもなくのんびり歩き続ける」
フィナ「ふふ、あなたらしいわ」
クレイド「今までありがとう、フィナ」
フィナ「さようなら、はなしよ。またいつか、みんなで会いましょう」
クレイド「もちろんさ。それじゃあ、またね」
フィナ「またね」
クレイドはこれから、色々な人と触れ合ったり、種々の動植物を見つけたり、様々な空想を巡ります。
一期一会を繰り返してどこまでも旅します。
またいつか会えるその日まで。
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