天使は愛を囁く

けろよん

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第一章 天使が来た

天使と人類

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 正樹の部屋を出た優は天使の口を塞いだまま階段を降り、天使の口を塞いだままリビングへ移動。
 ソファの前までやってきて優はやっと天使の口を離して、叫んだ。

「どうして、あたしがお兄ちゃんのことを好きだって知ってるのよ! くそったれえええ!!」

 両手の拳をぎゅっと握りしめて叫ぶ優を、顔は可愛い天使はニヤリとした笑みを浮かべて振り返った。

「あらあら、やはりそうだったんですね」

 ミンティシアにとって今の状況は僥倖と言えた。僥倖とは思いがけない幸い、偶然に得る幸運という意味だ。それぐらい偶然にも思いがけない幸運な状況だった。
 笑顔を浮かべる天使に対して、優は思いつめた顔だった。暗い横目で台所の棚に置いてある刃物を見た。
 良い感じに包丁が並んでいた。刃のきらめきに誘われるように手に取りたくなって優の手はうずうずした。

「知られたからには…………殺すか」
「待ってください。あたしは天使です。あなたの敵ではありません。味方です!」

 その言葉に優は切れた。今時の若者は切れやすいとミンティシアは耳にしたことがあったが、その実例が今目の前にあった。

「味方だと? お前に何が出来るんだ!! あたしはずっとお兄ちゃんを思って生きてきた!! でも、お兄ちゃんがあたしを恋人として見てくれることは無かったんだ!! このど畜生の糞天使がああああああ!!」

 叫ぶ優をミンティシアは優しく見守った。人間は今、自らではどうにもならない悩みを叫んでいるのだ。
 人の悩みを聞いてあげるのがミンティシア達、天使の在り様だった。そう天使の学校で習った。
 ミンティシアは愚劣で蒙昧なる人類に、天に由来する暖かい笑みを向ける。

「悲しい生を生きてきたんですね、人間よ。今地上では愛が失われつつあります。彼もその犠牲者なのです。天界はこの問題を重く受け止め、あたし達天使が動くことになりました。安心してください。彼は愛せますよ。人を、あなたを」
「お兄ちゃんがあたしのことを好きになってくれるの?」

 顔を上げる優の瞳は暗闇の中ですがる者を見つけた僅かな光があった。

「はい、どうかあたしのことを信じてください」

 助けを求める人類に対して、天使はにこやかに微笑んだ。



 というわけで二人仲良くリビングから移動。自信を持って両腕を大きく振って歩くミンティシアの後ろを優は自信無さげに縮こまって付いていく。
 仲良く階段を昇って、仲良く正樹の部屋に帰還した。

「お、もう話はいいのか?」

 椅子に座って音楽を聞いていた正樹は、振り返ってヘッドホンを外した。
 仲良くしている二人の様子を見れば、話し合いが良好な結果に終わったのはすぐに分かった。

「お兄ちゃん、あのね……」

 優はなんだかもじもじしている。何か言う前にミンティシアが言った。

「単刀直入に言います。彼女のことを愛してください!」
「え」
「お前はアホかああああああああああ!!」

 正樹が何かを理解するよりも早く、優の肘打ちがミンティシアの脇腹に入った。凄いクリーンヒットだ。さっきまで笑顔だったミンティシアは一瞬のうちに吹っ飛んでベッドの上に倒れた。
 正樹の意識もすぐにそちらへ逸れた。
 優はうつむいてベッドへと歩いていって倒れている天使の胸ぐらを掴んだ。天使は弁解する。まだ元気があった。

「あたしは……ただ愛を早く伝えようと思ってですね」
「順序があるでしょーーーー!!」

 優は何だか叫んでいた。仲良くなったと思ったが、まだだったのだろうか。正樹が見ていると、優はキッと振り返った。

「お兄ちゃん! こいつもうちょっと連れていくからね!」
「おう、任せる」

 優はミンティシアを掴んで引きずっていく。部屋を出ていく二人。
 見送って、

「あんなに元気な優を見るのは随分と久しぶりだな」

 と思う正樹だった。


 
 その頃、カオンは信じられない光景を目にしていた。

「ナンパにでも行くべ」

 と人の多い繁華街へと繰り出した彼、名前は譲治という。その彼の後をカオンは付いてきていたのだが。
 何と次々と道行く女性達を口説き落とし、あっという間に多くの彼女をゲットしたのだ。
 今の彼は多くの女性達を取り巻きにして、町をぶらぶらと歩いて回っている。
 いったいどのような術を使えばこんなことが可能なのか。ミンティシアぐらいしか仲の良い友達のいないカオンは感心することしか出来なかった。

「ねえ、あの子譲治の何?」
「さっきからずっとついてきてるんだけど」

 譲治を取り巻く女性達が振り返って彼に訊いている。妙に迫力を感じるイケイケギャル達の視線にカオンはそわそわとしてしまった。

「あ、わたしのことはどうぞお構いなく」

 カオンは今頃になって譲治の迷惑になっているのかと気づいて退散しようとしたのだが。
 取り巻くギャル達の言葉に譲治は男として答えた。

「しいて言うならエンジェルかな」

 とたんに爆笑するギャル達。

「エンジェルだって。超うけるー」
「あははー」
「うう……」

 どうも人間の女の子達って苦手だ。迫力があって気弱なカオンには眩しすぎた。
 これほどの愛が溢れているのならもう使命は達成したも同然だろう。
 カオンは立ち去ろうとするのだが、その前にギャル達に囲まれてしまった。

「ねえ、エンジェルちゃんもアタシ達と遊ぼうよ」
「え?」

 カオンはびっくりして見上げる。女の子達に悪気は無くとても楽しそうだった。面白い遊びを提案するかのように誘ってくる。

「そうそう、お金は譲治が出してくれるからさ。まずはその地味な身だしなみをお洒落にしようか」
「コーディネートしたげるー」
「お姉さん達に任せなさい」
「お前ら、あんまり派手に使うんじゃねえぞ」
「女に使う金をケチる男はもてないよ」
「さあ、行こう。エンジェルちゃん」
「店を片っ端から回るぞー」
「あ、はい」

 誘われたなら断るわけにもいかないか。人に求められれば答えるのがエンジェルだ。
 カオンはいけてる女の子達に手を引かれるままに連れていかれた。
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