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第19話 虚無に挑む
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祖父に抱かれて気を失っている様子の飛鳥の姿を見て、次郎太は彼女が再び心を取り戻してくれたのだと思った。
いや、そもそも彼女は最初からそれほど冷たい人間では無かったのかもしれない。思い返してみれば、家の前で銃口を向けてきたロボット達から何度も自分達を助けてくれたし、受けた拳の痛みも宇宙船で気づいた時にはほとんど引いていた。それはきっと彼女の優しさだったのだろう。
兵衛門がうなづく。こちらはもう大丈夫だから沙耶を頼むとその目は語っていた。
沙耶を守るために。次郎太はそちらの方を見た。
ぼろぼろに崩れた部屋の中央で彼女はゆっくりと振り向いた。
「次郎太」
その声には虚無ではなく、沙耶の感情といえる物がわずかにだが宿っていた。
そのことに次郎太はほっと安堵した。
「沙耶姉、良かった。無事だったんだ」
「不用意に近づくな。この馬鹿が」
「いたっ」
背後から沙耶に似た少女に耳を引っ張られ、次郎太は歩み寄ろうとしたその足をふらつかせて止めた。
わずかに遅れて沙耶の放った重力波が空気を揺るがせ、すぐ目の前を横になぎ払っていった。巻き込まれたがれきが地に崩れ落ち、宙へと舞い散っていく。
沙耶は眉一つ動かさない。次郎太は緊張に身を強張らせ沙耶に話しかけた。
「沙耶姉、どうしたんだよ。何か変だよ」
動揺する次郎太の前で沙耶は無表情に言葉を告げる。
「あたしにとってお前の存在は実に大きな物である。お前を喪失することにより、我が虚無の意思はより強固な物となるであろう」
「何を言っているんだよ、沙耶姉!」
「神に授かりし我が虚無の術を受け入れ消えよ、グラヴィティインパルス!」
強い力が周囲の景色をも視覚的に歪ませ、問答無用の重力の槍が次郎太に向けて放たれる。次郎太はわけも分からず叫ぶことしか出来なかった。
「うわあ!」
「消えるのはお前の方だ! この出来損ないの破壊兵器が!」
沙耶の放った重力波を、次郎太の肩ごしにベルゼエグゼスの放ったレーザーが迎え撃つ。二つのエネルギーは空中でぶつかり消滅した。
風に煽られながらも沙耶はわずかばかりの動揺すら見せない。次郎太の方は慌てながら何歩も後退してしまった。
「お前の放ったエネルギーは神の元へ送られた」
沙耶は淡々と発言する。ベルゼエグゼスは噛み付くように言い返した。
「ほざけ! 役たたずの道具の分際で牙まで向けるとはな! ゼツエイの奴はどこだ! 文句を言ってやる! まあいい、その前に消してやる!」
背中の少女は元気に叫んでいるが、沙耶の異変に次郎太は気が気ではなかった。
「沙耶姉……」
「何をしている足! 走れ!」
「あ……ああ!!」
少女に蹴られて次郎太ははっと我に返った。
そうだ。いつまでも茫然自失としている場合ではない。自分にはやらなければならないことがあるのだ。沙耶を守るという……
沙耶はきっと敵に操られているのだ。ならば自分が助けなければならない。
覚悟を決めて次郎太は少女に言われたままに沙耶に向かって走っていく。
命令されたからではない。沙耶がそこにいるから走るのだ。彼女を取り戻すために。
がれきの中に立つ沙耶の背に光と闇に点滅する翼がはばたく。爆風を上げ、沙耶がこちらへ向かって飛んでくる。
「沙耶姉!」
「……」
叫ぶ次郎太の元へ沙耶が無言で突っ込んでくる。距離はもう幾程もない。彼女の両手に黒と白の光弾が作られ螺旋模様が描かれる。
「馬鹿! かわせ!」
接触する直前で次郎太は背後から思いっきり首をひねられて地へと引き倒された。すぐ横を走りぬける衝撃波に二人まとめて吹き飛ばされ、向こうの壁まで叩きつけられる。
「ぐえっ!」
「うわあっ!」
次郎太の背後から蛙の潰れたような声がした。少女がクッションになったおかげで次郎太はなんとか助かった。だが、潰された方はたまったものではないだろう。
「どけ! 重い……」
「ご、ごめん! 君、大丈夫!?」
訊くが大丈夫ではなさそうだ。ここへ来る前も大変そうだったのに、こんな目にまで会わせてしまって。
少女は力ない目で次郎太を睨んだ。怒っているのは確かだがもう怒る気力もないのかもしれない。
「真正面から突っ込むとは、無能なやつめ……」
「僕は……そうすることしか出来ないから……」
「そうか……お前は馬鹿なのだな……」
目を細め、沙耶を見やる。そして、その目が天井へと向いた。
「やっと捉えたぞ、我が体。随分と力を失ってしまったが、この距離なら届くか。もうこんな体はオサラバだ。憎たらしい……」
次郎太にも聞こえない声で彼女は何かを呟き、気を失ってしまった。
思えばまだ名前も聞いていなかったことに次郎太は今頃になって気づいた。そっと彼女の頬をなでる。
沙耶に似たこの少女は僕を元気付けるために現れたのかもしれない。そう、思うことにした。
次郎太は立ち上がり、振り返る。そこでは沙耶が戸惑うような顔をして立っていた。
「沙耶姉……」
「じ、次郎太……」
沙耶がうめくように声を出す。まだ意識はあるのだ。だが、すぐに虚無に侵食された意識がとって返す。
「我は虚無。全てを消す!」
「沙耶姉!」
次郎太は走る。馬鹿と言われようと何とののしられようと真正面から。自分にはそうすることしか出来ないから。
沙耶が両手を振り上げ黒の弾を形作る。空気の渦がその虚空の穴へと引きずり込まれていく。それは小さなブラックホール。
「消えろ、ムシケラ。消滅してミザリオル様のためにつくせ」
沙耶が今どういう状態にあるのか次郎太にはまるで分からない。だが、助けなければいけない。それだけは確かであり、絶対なのだ。何故なら彼女は自分の大切な姉なのだから。
次郎太は走っていく。馬鹿と言われようとただ真っ直ぐに。もう、彼女を待たせるわけにはいかないから。
ずっと田舎の島へと帰るたびに喜んでくれていた彼女。本当は一緒にいたいのに、勇気がなくて今までの状況に甘んじていた。
いや、自分はまだそれでも良かったのだ。だが、沙耶姉は……どう思っていたのだろう。ずっと明るく振舞ってくれた彼女。だが、別れる時はいつも寂しそうで、きっとそれは自分も同じで……
思い焦がれたその少女は虚空の穴を両手に掲げ、今目の前にいる。
「待ってて、沙耶姉! 今行くから!」
次郎太は走っていく。そして……これが終わったら……
「ミザリオル様の栄光のために。ブラックホール! 何!?」
沙耶の放とうとした黒い穴は横から飛んできた銃弾に弾き飛ばされて消えた。瓦礫の上で沙耶は愕然とふらついた。
「あたしの……消えた……?」
その表情はどこか安心したような暖かさがあった。
「次郎太! 決めろ! 沙耶を助けてくれ!」
飛鳥の銃をとって兵衛門が撃ったのだ。沙耶は戸惑っている。
「飛鳥ちゃん……おじいちゃん……あたしは、戦いたくなんて無かった……」
「沙耶姉!」
「次郎太!」
涙を散らせ、顔を輝かせた沙耶の中から虚無の意識が消えた。
次郎太は手を伸ばす。その手があと少しで沙耶に届く。
「約束を守りにきたよ。僕が沙耶姉を守るから、だからもう安心して」
「次郎太……次郎太、やめて!」
沙耶の表情が不意に驚愕に凍りつく。景色が陰る。
「え!?」
次郎太はわけが分からなかった。突如として視界が暗く歪み、背後から急激に引っ張られる力を感じた瞬間、沙耶に届こうとした手が突如として離されたのを認めた瞬間――全ては闇に閉ざされていった。
いや、そもそも彼女は最初からそれほど冷たい人間では無かったのかもしれない。思い返してみれば、家の前で銃口を向けてきたロボット達から何度も自分達を助けてくれたし、受けた拳の痛みも宇宙船で気づいた時にはほとんど引いていた。それはきっと彼女の優しさだったのだろう。
兵衛門がうなづく。こちらはもう大丈夫だから沙耶を頼むとその目は語っていた。
沙耶を守るために。次郎太はそちらの方を見た。
ぼろぼろに崩れた部屋の中央で彼女はゆっくりと振り向いた。
「次郎太」
その声には虚無ではなく、沙耶の感情といえる物がわずかにだが宿っていた。
そのことに次郎太はほっと安堵した。
「沙耶姉、良かった。無事だったんだ」
「不用意に近づくな。この馬鹿が」
「いたっ」
背後から沙耶に似た少女に耳を引っ張られ、次郎太は歩み寄ろうとしたその足をふらつかせて止めた。
わずかに遅れて沙耶の放った重力波が空気を揺るがせ、すぐ目の前を横になぎ払っていった。巻き込まれたがれきが地に崩れ落ち、宙へと舞い散っていく。
沙耶は眉一つ動かさない。次郎太は緊張に身を強張らせ沙耶に話しかけた。
「沙耶姉、どうしたんだよ。何か変だよ」
動揺する次郎太の前で沙耶は無表情に言葉を告げる。
「あたしにとってお前の存在は実に大きな物である。お前を喪失することにより、我が虚無の意思はより強固な物となるであろう」
「何を言っているんだよ、沙耶姉!」
「神に授かりし我が虚無の術を受け入れ消えよ、グラヴィティインパルス!」
強い力が周囲の景色をも視覚的に歪ませ、問答無用の重力の槍が次郎太に向けて放たれる。次郎太はわけも分からず叫ぶことしか出来なかった。
「うわあ!」
「消えるのはお前の方だ! この出来損ないの破壊兵器が!」
沙耶の放った重力波を、次郎太の肩ごしにベルゼエグゼスの放ったレーザーが迎え撃つ。二つのエネルギーは空中でぶつかり消滅した。
風に煽られながらも沙耶はわずかばかりの動揺すら見せない。次郎太の方は慌てながら何歩も後退してしまった。
「お前の放ったエネルギーは神の元へ送られた」
沙耶は淡々と発言する。ベルゼエグゼスは噛み付くように言い返した。
「ほざけ! 役たたずの道具の分際で牙まで向けるとはな! ゼツエイの奴はどこだ! 文句を言ってやる! まあいい、その前に消してやる!」
背中の少女は元気に叫んでいるが、沙耶の異変に次郎太は気が気ではなかった。
「沙耶姉……」
「何をしている足! 走れ!」
「あ……ああ!!」
少女に蹴られて次郎太ははっと我に返った。
そうだ。いつまでも茫然自失としている場合ではない。自分にはやらなければならないことがあるのだ。沙耶を守るという……
沙耶はきっと敵に操られているのだ。ならば自分が助けなければならない。
覚悟を決めて次郎太は少女に言われたままに沙耶に向かって走っていく。
命令されたからではない。沙耶がそこにいるから走るのだ。彼女を取り戻すために。
がれきの中に立つ沙耶の背に光と闇に点滅する翼がはばたく。爆風を上げ、沙耶がこちらへ向かって飛んでくる。
「沙耶姉!」
「……」
叫ぶ次郎太の元へ沙耶が無言で突っ込んでくる。距離はもう幾程もない。彼女の両手に黒と白の光弾が作られ螺旋模様が描かれる。
「馬鹿! かわせ!」
接触する直前で次郎太は背後から思いっきり首をひねられて地へと引き倒された。すぐ横を走りぬける衝撃波に二人まとめて吹き飛ばされ、向こうの壁まで叩きつけられる。
「ぐえっ!」
「うわあっ!」
次郎太の背後から蛙の潰れたような声がした。少女がクッションになったおかげで次郎太はなんとか助かった。だが、潰された方はたまったものではないだろう。
「どけ! 重い……」
「ご、ごめん! 君、大丈夫!?」
訊くが大丈夫ではなさそうだ。ここへ来る前も大変そうだったのに、こんな目にまで会わせてしまって。
少女は力ない目で次郎太を睨んだ。怒っているのは確かだがもう怒る気力もないのかもしれない。
「真正面から突っ込むとは、無能なやつめ……」
「僕は……そうすることしか出来ないから……」
「そうか……お前は馬鹿なのだな……」
目を細め、沙耶を見やる。そして、その目が天井へと向いた。
「やっと捉えたぞ、我が体。随分と力を失ってしまったが、この距離なら届くか。もうこんな体はオサラバだ。憎たらしい……」
次郎太にも聞こえない声で彼女は何かを呟き、気を失ってしまった。
思えばまだ名前も聞いていなかったことに次郎太は今頃になって気づいた。そっと彼女の頬をなでる。
沙耶に似たこの少女は僕を元気付けるために現れたのかもしれない。そう、思うことにした。
次郎太は立ち上がり、振り返る。そこでは沙耶が戸惑うような顔をして立っていた。
「沙耶姉……」
「じ、次郎太……」
沙耶がうめくように声を出す。まだ意識はあるのだ。だが、すぐに虚無に侵食された意識がとって返す。
「我は虚無。全てを消す!」
「沙耶姉!」
次郎太は走る。馬鹿と言われようと何とののしられようと真正面から。自分にはそうすることしか出来ないから。
沙耶が両手を振り上げ黒の弾を形作る。空気の渦がその虚空の穴へと引きずり込まれていく。それは小さなブラックホール。
「消えろ、ムシケラ。消滅してミザリオル様のためにつくせ」
沙耶が今どういう状態にあるのか次郎太にはまるで分からない。だが、助けなければいけない。それだけは確かであり、絶対なのだ。何故なら彼女は自分の大切な姉なのだから。
次郎太は走っていく。馬鹿と言われようとただ真っ直ぐに。もう、彼女を待たせるわけにはいかないから。
ずっと田舎の島へと帰るたびに喜んでくれていた彼女。本当は一緒にいたいのに、勇気がなくて今までの状況に甘んじていた。
いや、自分はまだそれでも良かったのだ。だが、沙耶姉は……どう思っていたのだろう。ずっと明るく振舞ってくれた彼女。だが、別れる時はいつも寂しそうで、きっとそれは自分も同じで……
思い焦がれたその少女は虚空の穴を両手に掲げ、今目の前にいる。
「待ってて、沙耶姉! 今行くから!」
次郎太は走っていく。そして……これが終わったら……
「ミザリオル様の栄光のために。ブラックホール! 何!?」
沙耶の放とうとした黒い穴は横から飛んできた銃弾に弾き飛ばされて消えた。瓦礫の上で沙耶は愕然とふらついた。
「あたしの……消えた……?」
その表情はどこか安心したような暖かさがあった。
「次郎太! 決めろ! 沙耶を助けてくれ!」
飛鳥の銃をとって兵衛門が撃ったのだ。沙耶は戸惑っている。
「飛鳥ちゃん……おじいちゃん……あたしは、戦いたくなんて無かった……」
「沙耶姉!」
「次郎太!」
涙を散らせ、顔を輝かせた沙耶の中から虚無の意識が消えた。
次郎太は手を伸ばす。その手があと少しで沙耶に届く。
「約束を守りにきたよ。僕が沙耶姉を守るから、だからもう安心して」
「次郎太……次郎太、やめて!」
沙耶の表情が不意に驚愕に凍りつく。景色が陰る。
「え!?」
次郎太はわけが分からなかった。突如として視界が暗く歪み、背後から急激に引っ張られる力を感じた瞬間、沙耶に届こうとした手が突如として離されたのを認めた瞬間――全ては闇に閉ざされていった。
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