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第1話 神様の悩みと導ける人

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 これはあまり人には知られていないことだが、この世にはあたし達の暮らす現代の日本とは違う世界がある。
 例えば次元の壁を隔てたすぐ向こう側には、まるで中世のファンタジーのような世界、ファンタジアワールドがある。
 まるでゲームのようなファンタジーとしか思えない景色が広がるその世界。その上空にある雲の上である仙人のような長い白鬚をした老人が下界を見て悩んでいた。

「うーん、困ったのう」

 彼はどうやらとても困っている様子。その老人はこのファンタジアワールドの神様だ。彼は眉間に皺を寄せて杖を握る手を強くして、ある問題に頭を悩ませていた。

「魔王は上手く育って勢力を拡大したものの、勇者が旅立つ様子を見せんぞい。困ったなー、もう」

 その彼の悩みとは勇者が旅立つ様子を見せないということだった。毎日を平和そうに家族と過ごしている。
 まだ魔王の脅威は勇者の故郷までは迫っていない。
 スライムや化けガラスが町の近所に現れる程度では脅威とは見なされないようだ。だが、この調子では魔王が強くなりすぎて世界のバランスが崩れてしまう。
 神としては何とかして勇者を旅立たせたいところだった。

「何か神託を下せればよいのじゃがのー。じゃが、わしコミュ症だから人間に何と声を掛ければいいか分からんし、神がこんな奴だって下界の者達にがっかりされたくないし、困ったのう」

 神は悩んだ。三日三晩に渡って考えた。そして、閃いた。

「そうじゃ、困った時はヘルプを見ろって先代の神が言っておったの。こんな大事な事を忘れるなんて年は取りたくない物じゃ。よし、コマンドウインドウを開いてヘルプをクリックじゃ」

 神様は空中にコマンドの並んだウインドウを表示すると、杖でヘルプの項目を叩いた。
 するとヘルプが現れた。可愛らしい天使の少女の姿をして。にぱーっとした温かい笑みを浮かべている。

「はいはーい、ヘルプちゃんですよー。何か分からないことがおありですか? 知りたい項目をお選びください」
「勇者を旅立たせるにはどうすればいいじゃろう?」

 神様は深刻な悩みを打ち明けた。ヘルプちゃんは何でもないことのように明るいにぱーっとした笑みを崩さずに答えた。

「それなら勇者に神託を下さればどうでしょう? 世界が大変な事になりそうだから旅立てと告げられればいいかと存じます」
「それが出来ないから悩んでいるんじゃろうがあああ!」
「ええ!?」

 ヘルプちゃんは本気で意味が分からない様子。少し首を傾げてから閃いたように笑顔を取り戻して言ってきた。

「ああ、神託の使い方が分からないのですね。それでしたら」
「知っておるわい、それぐらい! わしは神じゃぞ! 分からんのはなあ……勇者にどう声を掛けたらいいのか分からんのじゃ!」
「…………」

 ヘルプちゃんは本気で意味が分からない様子。それでも一生懸命に頑張って答えを出してきた。

「それでは勇者に声を掛けられないなら、勇者の近くにいる者に神託を下せばどうでしょうか? その者に勇者を旅立たせるのです」
「そんな者がいるのかのう。わしでも気楽に声を掛けれて神の正体を知ってもがっかりしなくてこのファンタジアワールドへの影響力が無くて勇者のことを知っていて導いてくれるものが望ましいのじゃがな!」
「それは、えっと……えーーーっと………………神様が気楽に声を掛けれて、知られてもこの世界が困らなくて導いてくれる……そんな存在……」

 ヘルプちゃんは一生懸命に考えた。そして、彼女は頑張って結論を出した。
 さすがは天界のヘルプちゃんである。神様の無理難題にも対応する。

「異世界から子供を呼びましょう! 子供なら神様でも気楽に声を掛けられますよね!? 別の世界から連れてくればこのファンタジアワールドへの影響も最小限です。それでもって、この世界を知っていて勇者を導ける者を!」
「そんな者がいるのかの?」
「はい! ヘルプちゃんのヘルプにお任せください!」

 ヘルプちゃんの笑顔はとても明るい天使のようで。
 神様も全てが上手く行くようなそんな気分になったのだった。



 現在の地球。どこにでもある平凡な学校がある。
 その教室の窓際の席で。あたし、神崎瑠美奈(かんざき るみな)は先生の話をぼんやりと耳に聞き流し、天気のいい青空を見上げていた。
 青空には白い雲がポツンと浮かんでいる。
 雲は良い。平和そうで。自分もゆったりと寝転んで風に吹かれるままの生活を送ってみたい。
 そう詩人のように思うあたしであった。
 詩人と言ってもこんな退屈な国語の詩人じゃないよ。ゲームで世界を渡り歩いてる詩人だよ。
 授業が退屈で風の気持ちいいこんな日は考え事をするのにちょうどいい。
 先生の説明する声を耳のリズムにして聞き流し空想の世界に浸ってみる。自分は勇者だ。ちょっと魔王を倒しに行ってくる。
 仲間を組んで町を出たフィールドでちょっとスライムを倒していると、耳に聞き飽きたチャイムの音が平凡に鳴り響いた。
 今日の授業が終わったのだ。何てこった。スライムを倒す時間しか無かった。
 みんなに続いて起立をして礼をする。放課後の時間だ。教室が騒がしくなる。
 これから友達同士で遊びに行く子もいれば部活に行く子もいる。
 あたしのやる事は決まっている。

「ああ、早く帰って昨日のゲームの続きをやりたいと思っていたのよね!」

 すぐに帰ってゲームをすることだ。テレビでやるゲームなので携帯のようにここですることは出来ない。
 もう昨日はいいところで止めることになって今日は続きが気になって授業に集中出来なくて困ったよ。
 お蔭で何か別の事を考えて気を紛らわせる羽目になってしまった。さっき考えていた雲のこととか。
 親に早く寝なさいと言われて夜更かしが出来ないのが子供の辛いところだよね。
 でも、もう束縛の時間は終わった。グッバイ、学校。
 あたしは立ち上がって鞄を持って教室を出ていく。

「瑠美奈ちゃん、さようなら」
「はい、さようなら」

 声を掛けてきたクラスメイトと適当な挨拶を交わし、そこそこの急ぎ足で廊下を歩いていく。走ると先生に怒られて呼び止められて説教されてしまうのでそんなヘマはしない。
 靴箱から靴を取り出して履いて昇降口を出た。ここからはダッシュだ。
 青空の下で陽光を浴びながら、あたしは通学路を元気に走っていった。
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