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第1話 綾辻彩夏の旅立ち

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 綺麗な星々が煌めく地球の夜空。その暗闇の中を一筋の明るい流星が飛んでいく。
 尾を引くその光は結構目立っていたが空を見上げて騒ぐ者は誰もおらず、地上の町にはいつもの日常風景が広がっていた。
 気にするほどではない光。
 明日から中学校に通う事になる少女、綾辻彩夏も何も知らずにベッドで眠りに就いていた。
 ふと流星の光がその少女の部屋を照らしだした。窓から差し込んだ不思議な光が彼女の顔を照らし出し、部屋にあった小道具をカタカタと揺らした。
 枕元に置いていた目覚まし時計が床に滑り落ちてガチャンと音がした。

「うーーーん」

 少女は照らす光とささやかな物音にわずらわしそうに唸ったが目を覚ますことは無かった。
 流星の光が消え、町へと落ちていく。それはまるで役目を終えて燃え尽きたかのように。
 少女にとっては関係なかった。明日からやる事があったから。その事だけが大切だった。



  窓から差し込んだ眩しい朝日があたしの顔に当たった。

「んー、眩しいなあ。よく寝た」

 ベッドから起き上がって背伸びをする。気持ちの良い朝にあたしは目覚めた。今日からこのあたし、綾辻彩夏は中学生。
 天気もあたしの入学を祝福してくれているようだった。窓から差し込む光がいつもより明るい気がした。

「カーテン開けたまま寝てたっけ。まあいいか。さて、目覚まし時計を止めて起きよっと。お?」

 そう思って手を伸ばすとその手が空振りをした。目で辿ってみると枕元にいつも置いてあるはずの目覚まし時計が無かった。

「あれ、あたしの目覚まし時計どこ……?」

 そう言えば音も鳴ってない気がする。目覚まし時計は掛けたはずなんだけど。
 大事な入学式の日なのでいつもより念入りにセットした昨夜の記憶を思いだす。
 時計は探すとすぐに見つかった。それはベッドの下に落ちていた。

「こんなところにあったのね、あたしの目覚まし時計。じゃあ、今度こそ止めてっと……」

 その丸いフォルムを持ち上げて上のスイッチに手をやろうとしたところであたしは気が付いた。時計がもう止まっていることに。
 いや、音が止まっていた事には気づいていたよ。それでも念押ししておこうと心のどこかで思っていたんだ。あたしが驚いたのはその時計の針自体が止まっていたことだ。
 夜の時間じゃん。

「えええ、なんじゃこれええええ!」

 もうびっくり仰天なんてもんじゃなかったよ。
 いくら日頃は冷静沈着で頭の良いあたしでも朝から驚いてしまったよ。こんなの初めての体験だ。小学校までのあたしはいつでも無遅刻無欠席。それが今日はよりによって大事な中学の入学式の日なのに。
 このあたしがスタートからけつまずくなんてありえないでしょうよ。
 眠気なんて全部吹っ飛んであたしはベッドから飛びあがってしまった。

「時計が! 止まってたら! 時計になんないでしょーーー! いったい今何時なのーーー!」

 もうのんびりしている場合じゃない。
 考える暇もなく、あたしは急いでベッドから飛び降りて両腕を振り回ししながらパジャマを脱ぎ捨て、瞬時に畳んでから(真面目な自分の性格が恨めしい)ハンガーを分捕るように取って掛けてある制服を取り、その制服に袖を通してからドアを蹴りあけ、スカートを穿きながら廊下を駆けた。

「遅刻遅刻ーーー! 何でリアルでこんなコメントを」 

 着替えを終えてリビングに駆けつけるとそこにはいつもの日常風景があった。パパとママがのんびりと和やかに朝の朝食を楽しんでいた。
 自慢することではないがあたしの家はお金持ちだ。漫画やドラマなんかでは忙しすぎて娘に会う暇もないお金持ちの親を見るが、真のお金持ちとはこのように慌てたりはしないものだとあたしは思っている。
 だから、あたしも落ち着こうと……するんだけど出来るわけないでしょ! 急ぐんだよ!
 あたしは猛ダッシュして噛り付くようにテーブルの自分の席に着いた。幸いにもお母さんが朝食の準備をしてくれていたので、あたしはここで少し休みを取る事が出来た。
 まあ、お母さんの朝が早いんじゃなくてあたしの準備が遅れているんだけどね! 出来た料理を前にスプーンを手に取りながら足をそわそわさせてしまう。
 そんな良家の娘であるあたしに両親が声を掛けてくる。

「おはよう、彩夏。今日は遅かったじゃないか」
「いつも早いのに珍しいわね」
「そうだよ、遅いんだよ! 何で起こしてくれなかったの!」

 つい吠えてしまったのを許して欲しい。テーブルも叩いてしまって、両親も少し驚いていた。

「だってお前、いつも自分で起きているじゃないか」
「中学は始まるのが遅いのかと思っていたわ」
「遅くないよ! ああもう、のんびりと朝食なんて食べてらんない! うっひょおおお!」

 この部屋の時計はあたしの時計と違ってきちんと動いて今の時間を示している。
 それを見たら目ん玉と食べかけの料理が飛び出ようとしてしまうような時間になっていて、あたしは急いでそれらの飛び出ようとした物体をスプーンと手で押し込んで途中で席を立った。

「こら、彩夏。はしたないぞ」
「あなたがそんなに慌てるなんて珍しいわね」
「珍しくもなるよ。今日は初日なんだよ!」

 言わばあたしの第一印象を決定付ける大切な日。この入学式の日の自分の見せる姿に寄ってみんなのあたしを見る目が決まるのだ。最初から失敗なんてしてられないよ。
 一番を目指すあたしにとって、マイナスからのスタートなんて望む物ではないのだ。
 あたしは廊下を走って洗面台の鏡を見ながら最低限の身支度だけ整えると、鞄を取って皿からパンだけを取って口に咥え、玄関で靴を履いた。
 そうして急いでいると背後から両親がのんびりとした声を掛けてくる。

「そう急がなくても学校は逃げないぞ」
「急がば回れというわ。ママはそうやってパパを落としたのよ」
「ひほははいとほほふふの。ひっへひまふ。(急がないと遅刻するの! 行ってきます!)」
「いってらっしゃい」
「気を付けてな」

 両親の話なんて今のあたしにはもう聞いている時間はない。学校に遅刻しないことが大切だ。
 急いで靴を履き終えると、あたしは両親に見送られながら急発進するロケットのような勢いで家を飛び出した。
 これからどんな一日が始まるのだろうか。気にする暇もなく全力ダッシュするあたしであった。
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