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第二章 漆黒の悪霊王
第51話 有栖の決断
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その頃、町の駅に到着した電車から大勢の人々に混じって男が降りてきた。
「やっと帰ってこれた。今度こそゆっくり出来るといいが」
そのしっかりとした眼差しに少し疲れた色を見せる彼は、有栖の父、伏木乃権蔵だ。
やっと外国から帰ってきてすぐに呼び出された日本の本部への連絡も終えて、この町に帰ってきたのだった。
そんな彼に連れの男が陽気な声を掛ける。
「人気者は大変だな。仕事が忙しくて。何なら奥さんと娘さんの面倒は俺が見ようか?」
「茶化すなよ。あいつにはもう頼れる仲間がいる」
権蔵はわずらわしげに肩に置かれた手を振り払った。その友達ヘンリーはこの町でも陽気なガンマンのスタイルでいる。
日本では目立つと思うのだが、かっこいいコスプレの人としか思われていないようだった。たまに黄色い声が聞こえていた。
権蔵はわずかに眉を動かして、陽気についてきた友達に話しかけた。
「お前は何しに来たんだ。今家に行っても妻はいないぞ」
「分かってないな。鑑美さんがいないから今のうちに家を見ておこうと思うんだよ」
「まったく……舞火さんやエイミーさんにお前に注意するように言っておかねばなるまいな」
そこまで言った時だった。言いしれない霊気を空に感じて、権蔵は足を止めた。
「この霊気はまさか!」
「おいおい、権蔵。この町には上級悪霊が出るのかい?」
「いや、そんなはずは……」
すでに風に流されて消えかけているが、空に感じるのはまぎれもなく上級悪霊の通った霊気の後だ。
一流の霊能力者である権蔵とヘンリーはそれを見誤らなかった。
この町に上級悪霊が現れようと来たばかりのヘンリーにとっては他人事だ。だが、この町で暮らしてきた権蔵は強い危機感を抱いていた。
「タクシー!」
すぐにタクシーを呼び止めて乗る。ヘンリーも置いていかれる前に飛び乗った。
「あっちへ! 急いでくれ!」
「はいよ」
そして、権蔵は空に残る霊気の向かった先を指示して、タクシーを急がせた。
天使のような上級悪霊の少女が静かに人差し指を持ち上げていく。
誰もが攻撃が来ることを警戒したが、彼女はただ人差し指を立てて話しかけてきただけだった。
「一つ提案があります」
「提案?」
その友好的な言葉に有栖が聞く態度を見せたので、みんなもそれに従った。
上級悪霊の少女は嬉しそうにウインクしてその提案を行った。
「わたし達をこの町で受け入れて欲しいんです」
「受け入れる? それはあなた達、悪霊をですか?」
「はい、実はわたし達、今までの住処を追い出されてしまって、新しく住める町を探しているんです。ですから、わたし達を受け入れてくれると嬉しいんですけど」
「それは出来ません」
有栖の考えは決まっていた。今この町ではただでさえ悪霊が増えて困っているのだ。あえて意図して迎えるなどありえないことだった。
確固たる拒絶の意思に、上級悪霊の少女ドナルダは引き下がらなかった。優しい天使のような顔を見せたまま提案を続けてきた。
「決めるのは早いと思いますよ。これはあなた達にとっても得のある話なんです」
「得のある話?」
「はい、その得とは偉大で素晴らしいわたし達の王様にこの町を支配していただけることです」
「あたし達に悪霊王の配下に入れって言うの!?」
食って掛かろうとする天子に、ドナルダはただ穏やかな笑顔で頷いて見せた。彼女は上級悪霊のくせにあまり悪い素振りを見せようとはしなかった。
育ちの良いお嬢様のような風格さえ伺えて見えた。
だからこそ達が悪いと天子は思う。こいつは舞火と同類だと。
上級悪霊の少女は涼し気な顔をして言う。いけしゃあしゃあと。
「偉大なる王様に支配していただける。そうなることで、その町で暮らす民達も平和で幸せな生活を享受できるのです。何の不満があるのですか?」
「おおありよ。わたし達の王様はすでにいるからよ!」
今度は舞火が言葉を上げた。ドナルダは済ました上品な少女の態度でそちらを見た。
「それは誰でしょうか」
「ここにいる有栖ちゃんよ! わたし達はみんな有栖ちゃんのために働いているの!」
「そんなに優れた指導者なのでしょうか」
ドナルダの形の良い瞳がじっと有栖を見る。その体の奧まで覗きこまれるような視線に、有栖はむず痒さを感じながら言った。
「ですから、あなた達を受け入れることは出来ません。帰ってください」
「では、試してみましょうか」
「え」
ドナルダの指が有栖を指し、すぐにそれをわずかに横にずらした。
その瞬間、指から白い光線が発射された。有栖が動くことも出来ないうちに、凄まじい勢いで顔の横を純白の光が通り抜けていった。
有栖は汗を掻く。当てる気なら当てられていただろう。それで終わっていた。有栖の人生も町の平和も何もかも。
指を再び上げるドナルダの顔には僅かの邪悪さが見えていた。
「一分でいいでしょうか。あなたが王として優れているというところを、どうか拝見させてください」
「一分もいらないわよ!」
「あんたを殴るのにはね!」
舞火と天子はすでに動いていた。有栖を狙った相手に何の手加減も容赦も必要は無かった。
上級悪霊を相手にも全く憶するところを見せず、左右から同時に襲い掛かっていく。
それをドナルダはただ指を弾いただけで、二人をそれぞれ左右に吹っ飛ばしてしまった。少女の涼し気な視線が左右を見る。
「怪我はしないでくださいね。王の支配下に入れば、あなた達はわたし達の奴隷となるのですから。働けなくなられてはわたしも困ります」
「奴隷って……」
「支配を受け入れるとはそう言うことでしょう?」
ドナルダの暖かい笑みとともに手が有栖の足元に向けられる。次々と発射される白い小さな光弾に有栖は後退を余儀なくされた。
ドナルダはその場に立ったまま、光弾を打ち終わった手を静かに下ろした。そして、言葉で促してくる。
「それよりも早く見せてはくれないのですか? あなたの優れたところ」
「有栖ちゃんが見せるまでも無いわ!」
芽亜がお札を投げる。その札が天使の姿をした邪悪な少女の周囲を回ると同時に芽亜は印を切った。
「爆発しろ!」
次々と爆発するお札。その爆風をドナルダは軽く翼を振っただけでかき消してしまった。
「そんな!」
あまりにも格の違う上級悪霊の力に、芽亜ほど実力のある巫女でも驚愕するしか無かった。
上級悪霊の綺麗な指が芽亜に向けられる。
「芽亜さん!」
有栖は叫ぶが何も出来なかった。芽亜も動くことが出来なかった。白い光線が発射され、芽亜の横の空間を通り抜けていった。
背後で無人の建物が崩れ落ちていく。
ドナルダは静かに指を下ろした。
「困りましたね。避けてもくれないのでは当たるように撃つことも出来ません。民が一人減るのは王にとっても損失ですからね。殺さないようにしないと」
再び少女の視線が有栖を見る。有栖はどうすることも出来ず、ただ震えて待つことしか出来なかった。
その時、大きな足音が近づいてきた。有栖が見上げると、その場にいたのは仲間では無かった。
「待てよ。こいつは僕に殺させてくれよ」
ムササビンガーだ。巨大な中級悪霊を前にしても天使の少女はまるで動じる素振りを見せなかった。
代わりにムササビンガーの方が気を使っているぐらいだった。彼女はまぎれもなく上級なのだ。有栖はそう悟り、拳を握りしめた。
少女は涼しく言う。その綺麗な顔で中級悪霊を見上げて。
「勘違いしないでください。わたしは別にこの子達を殺したいわけでは無いんです。ただ受け入れて欲しいだけなんです」
「分かってるって。ちょっと痛めつけてやるだけだからよ。そうすりゃこいつはすぐに言う事を聞きやがるぜ」
「そうですね。わたしがやっても殺してしまいそうですし。いいでしょう。どうぞ」
「ぐへっ、ありがてえな」
少女が後ろに下がり、ムササビンガーが前に出た。
有栖はただ呆然と見ることしか出来なかった。ムササビンガーの嫌らしい笑みが見下ろしてくる。
「ありがてえとお前も思うだろ! なあ!」
剛腕が迫る。殴られたと気が付くまで少しの時間が掛かった。
有栖は吹っ飛び、地面に倒れた。少女の声が聞こえてくる。少し不満そうだ。
「力が強いですよ。怪我はさせないでください。彼女にはわたし達の奴隷として働いてもらわないといけないんですから」
「わりい。今度は手加減するよ」
立ちはだかるムササビンガーを前に有栖はもう動くことも出来なかった。
強大にすぎる中級悪霊と上級悪霊を前にして、もうどうしていいかまるで分からなかった。
「条件付きなもんでな。痛い目ってやつにだけあってもらうよ。ゆっくりじっくりたっぷりとな」
「時間はあと30秒ですよ」
「うるせ! いえ、どうもすみません」
静かに囁きかけるように告げる少女の言葉に、ムササビンガーは怒りをぶつけかけるが、すぐにレベルの差を思い出して頭を下げ、再び有栖に向き直った。
「じゃあ、時間も短えしやるか。僕のお人形にしてや」
その時、有栖の前に割って入った人影があった。予期せぬ影にムササビンガーは動きを止めた。ドナルダもわずかに眉を動かした。
その銀髪で黒い洋服を着た彼女はジーネスだ。有栖を庇うように立つその姿はあまりにもちっぽけなように思えた。
ムササビンガーは不満そうに鼻息を鳴らしてその姿を見た。
「何だ、お前は? 僕の遊びの邪魔をするなよ!」
エイミーにやられた一件もあってムササビンガーは警戒したようだ。ジーネスはその隙に有栖に振り返って言った。
「有栖、わらわが30秒ぐらい稼いでみせる!」
「ネッチー!」
有栖が見ている間にもジーネスの体はムササビンガーの巨大な腕に掴み取られてしまった。
「もう時間がねえんだ。お前でもいいんだぜ。こいつが悔しがる顔を見せてくれるならなあ!」
「わらわは悪霊王じゃ! お前如きに負けはせん!」
「何が王だ! 笑わせる! 僕より小さいくせに!」
「今助けるから!」
有栖は必死にお祓い棒で悪霊の体を打ちつけるが、焦って霊力の乗っていないその攻撃ではムササビンガーには全く通用しなかった。
軽く足で地面を叩かれただけで、有栖はふらついて倒れてしまった。
ムササビンガーは暗い残忍な笑みを浮かべる。
「いいね。その顔だけでも僕は嬉しい」
腕にゆっくりと力が入れられる。その腕の中でジーネスは苦痛に顔を歪めたが、悲鳴を上げることはしなかった。
ムササビンガーはせせら笑った。
「30秒じっくりと楽しもうじゃないか。なあ、お人形さんよ」
ジーネスがムササビンガーに苦しめられていく。
有栖は見上げて思い出す。ジーネスと暮らしてきたこと。
目の前にいるのは邪悪な中級悪霊と上級悪霊、そして友達の悪霊王だ。
有栖は父と約束し、悪霊から人々を守る仕事を請け負った。
何を優先するかなど考えなくても分かった。有栖は手に封印石を取り出して、
「ネッチー! 頑張って!」
それを地面に叩き付けて割った。
瞬間、闇が世界を呑み込むかのように思えた。
「やっと帰ってこれた。今度こそゆっくり出来るといいが」
そのしっかりとした眼差しに少し疲れた色を見せる彼は、有栖の父、伏木乃権蔵だ。
やっと外国から帰ってきてすぐに呼び出された日本の本部への連絡も終えて、この町に帰ってきたのだった。
そんな彼に連れの男が陽気な声を掛ける。
「人気者は大変だな。仕事が忙しくて。何なら奥さんと娘さんの面倒は俺が見ようか?」
「茶化すなよ。あいつにはもう頼れる仲間がいる」
権蔵はわずらわしげに肩に置かれた手を振り払った。その友達ヘンリーはこの町でも陽気なガンマンのスタイルでいる。
日本では目立つと思うのだが、かっこいいコスプレの人としか思われていないようだった。たまに黄色い声が聞こえていた。
権蔵はわずかに眉を動かして、陽気についてきた友達に話しかけた。
「お前は何しに来たんだ。今家に行っても妻はいないぞ」
「分かってないな。鑑美さんがいないから今のうちに家を見ておこうと思うんだよ」
「まったく……舞火さんやエイミーさんにお前に注意するように言っておかねばなるまいな」
そこまで言った時だった。言いしれない霊気を空に感じて、権蔵は足を止めた。
「この霊気はまさか!」
「おいおい、権蔵。この町には上級悪霊が出るのかい?」
「いや、そんなはずは……」
すでに風に流されて消えかけているが、空に感じるのはまぎれもなく上級悪霊の通った霊気の後だ。
一流の霊能力者である権蔵とヘンリーはそれを見誤らなかった。
この町に上級悪霊が現れようと来たばかりのヘンリーにとっては他人事だ。だが、この町で暮らしてきた権蔵は強い危機感を抱いていた。
「タクシー!」
すぐにタクシーを呼び止めて乗る。ヘンリーも置いていかれる前に飛び乗った。
「あっちへ! 急いでくれ!」
「はいよ」
そして、権蔵は空に残る霊気の向かった先を指示して、タクシーを急がせた。
天使のような上級悪霊の少女が静かに人差し指を持ち上げていく。
誰もが攻撃が来ることを警戒したが、彼女はただ人差し指を立てて話しかけてきただけだった。
「一つ提案があります」
「提案?」
その友好的な言葉に有栖が聞く態度を見せたので、みんなもそれに従った。
上級悪霊の少女は嬉しそうにウインクしてその提案を行った。
「わたし達をこの町で受け入れて欲しいんです」
「受け入れる? それはあなた達、悪霊をですか?」
「はい、実はわたし達、今までの住処を追い出されてしまって、新しく住める町を探しているんです。ですから、わたし達を受け入れてくれると嬉しいんですけど」
「それは出来ません」
有栖の考えは決まっていた。今この町ではただでさえ悪霊が増えて困っているのだ。あえて意図して迎えるなどありえないことだった。
確固たる拒絶の意思に、上級悪霊の少女ドナルダは引き下がらなかった。優しい天使のような顔を見せたまま提案を続けてきた。
「決めるのは早いと思いますよ。これはあなた達にとっても得のある話なんです」
「得のある話?」
「はい、その得とは偉大で素晴らしいわたし達の王様にこの町を支配していただけることです」
「あたし達に悪霊王の配下に入れって言うの!?」
食って掛かろうとする天子に、ドナルダはただ穏やかな笑顔で頷いて見せた。彼女は上級悪霊のくせにあまり悪い素振りを見せようとはしなかった。
育ちの良いお嬢様のような風格さえ伺えて見えた。
だからこそ達が悪いと天子は思う。こいつは舞火と同類だと。
上級悪霊の少女は涼し気な顔をして言う。いけしゃあしゃあと。
「偉大なる王様に支配していただける。そうなることで、その町で暮らす民達も平和で幸せな生活を享受できるのです。何の不満があるのですか?」
「おおありよ。わたし達の王様はすでにいるからよ!」
今度は舞火が言葉を上げた。ドナルダは済ました上品な少女の態度でそちらを見た。
「それは誰でしょうか」
「ここにいる有栖ちゃんよ! わたし達はみんな有栖ちゃんのために働いているの!」
「そんなに優れた指導者なのでしょうか」
ドナルダの形の良い瞳がじっと有栖を見る。その体の奧まで覗きこまれるような視線に、有栖はむず痒さを感じながら言った。
「ですから、あなた達を受け入れることは出来ません。帰ってください」
「では、試してみましょうか」
「え」
ドナルダの指が有栖を指し、すぐにそれをわずかに横にずらした。
その瞬間、指から白い光線が発射された。有栖が動くことも出来ないうちに、凄まじい勢いで顔の横を純白の光が通り抜けていった。
有栖は汗を掻く。当てる気なら当てられていただろう。それで終わっていた。有栖の人生も町の平和も何もかも。
指を再び上げるドナルダの顔には僅かの邪悪さが見えていた。
「一分でいいでしょうか。あなたが王として優れているというところを、どうか拝見させてください」
「一分もいらないわよ!」
「あんたを殴るのにはね!」
舞火と天子はすでに動いていた。有栖を狙った相手に何の手加減も容赦も必要は無かった。
上級悪霊を相手にも全く憶するところを見せず、左右から同時に襲い掛かっていく。
それをドナルダはただ指を弾いただけで、二人をそれぞれ左右に吹っ飛ばしてしまった。少女の涼し気な視線が左右を見る。
「怪我はしないでくださいね。王の支配下に入れば、あなた達はわたし達の奴隷となるのですから。働けなくなられてはわたしも困ります」
「奴隷って……」
「支配を受け入れるとはそう言うことでしょう?」
ドナルダの暖かい笑みとともに手が有栖の足元に向けられる。次々と発射される白い小さな光弾に有栖は後退を余儀なくされた。
ドナルダはその場に立ったまま、光弾を打ち終わった手を静かに下ろした。そして、言葉で促してくる。
「それよりも早く見せてはくれないのですか? あなたの優れたところ」
「有栖ちゃんが見せるまでも無いわ!」
芽亜がお札を投げる。その札が天使の姿をした邪悪な少女の周囲を回ると同時に芽亜は印を切った。
「爆発しろ!」
次々と爆発するお札。その爆風をドナルダは軽く翼を振っただけでかき消してしまった。
「そんな!」
あまりにも格の違う上級悪霊の力に、芽亜ほど実力のある巫女でも驚愕するしか無かった。
上級悪霊の綺麗な指が芽亜に向けられる。
「芽亜さん!」
有栖は叫ぶが何も出来なかった。芽亜も動くことが出来なかった。白い光線が発射され、芽亜の横の空間を通り抜けていった。
背後で無人の建物が崩れ落ちていく。
ドナルダは静かに指を下ろした。
「困りましたね。避けてもくれないのでは当たるように撃つことも出来ません。民が一人減るのは王にとっても損失ですからね。殺さないようにしないと」
再び少女の視線が有栖を見る。有栖はどうすることも出来ず、ただ震えて待つことしか出来なかった。
その時、大きな足音が近づいてきた。有栖が見上げると、その場にいたのは仲間では無かった。
「待てよ。こいつは僕に殺させてくれよ」
ムササビンガーだ。巨大な中級悪霊を前にしても天使の少女はまるで動じる素振りを見せなかった。
代わりにムササビンガーの方が気を使っているぐらいだった。彼女はまぎれもなく上級なのだ。有栖はそう悟り、拳を握りしめた。
少女は涼しく言う。その綺麗な顔で中級悪霊を見上げて。
「勘違いしないでください。わたしは別にこの子達を殺したいわけでは無いんです。ただ受け入れて欲しいだけなんです」
「分かってるって。ちょっと痛めつけてやるだけだからよ。そうすりゃこいつはすぐに言う事を聞きやがるぜ」
「そうですね。わたしがやっても殺してしまいそうですし。いいでしょう。どうぞ」
「ぐへっ、ありがてえな」
少女が後ろに下がり、ムササビンガーが前に出た。
有栖はただ呆然と見ることしか出来なかった。ムササビンガーの嫌らしい笑みが見下ろしてくる。
「ありがてえとお前も思うだろ! なあ!」
剛腕が迫る。殴られたと気が付くまで少しの時間が掛かった。
有栖は吹っ飛び、地面に倒れた。少女の声が聞こえてくる。少し不満そうだ。
「力が強いですよ。怪我はさせないでください。彼女にはわたし達の奴隷として働いてもらわないといけないんですから」
「わりい。今度は手加減するよ」
立ちはだかるムササビンガーを前に有栖はもう動くことも出来なかった。
強大にすぎる中級悪霊と上級悪霊を前にして、もうどうしていいかまるで分からなかった。
「条件付きなもんでな。痛い目ってやつにだけあってもらうよ。ゆっくりじっくりたっぷりとな」
「時間はあと30秒ですよ」
「うるせ! いえ、どうもすみません」
静かに囁きかけるように告げる少女の言葉に、ムササビンガーは怒りをぶつけかけるが、すぐにレベルの差を思い出して頭を下げ、再び有栖に向き直った。
「じゃあ、時間も短えしやるか。僕のお人形にしてや」
その時、有栖の前に割って入った人影があった。予期せぬ影にムササビンガーは動きを止めた。ドナルダもわずかに眉を動かした。
その銀髪で黒い洋服を着た彼女はジーネスだ。有栖を庇うように立つその姿はあまりにもちっぽけなように思えた。
ムササビンガーは不満そうに鼻息を鳴らしてその姿を見た。
「何だ、お前は? 僕の遊びの邪魔をするなよ!」
エイミーにやられた一件もあってムササビンガーは警戒したようだ。ジーネスはその隙に有栖に振り返って言った。
「有栖、わらわが30秒ぐらい稼いでみせる!」
「ネッチー!」
有栖が見ている間にもジーネスの体はムササビンガーの巨大な腕に掴み取られてしまった。
「もう時間がねえんだ。お前でもいいんだぜ。こいつが悔しがる顔を見せてくれるならなあ!」
「わらわは悪霊王じゃ! お前如きに負けはせん!」
「何が王だ! 笑わせる! 僕より小さいくせに!」
「今助けるから!」
有栖は必死にお祓い棒で悪霊の体を打ちつけるが、焦って霊力の乗っていないその攻撃ではムササビンガーには全く通用しなかった。
軽く足で地面を叩かれただけで、有栖はふらついて倒れてしまった。
ムササビンガーは暗い残忍な笑みを浮かべる。
「いいね。その顔だけでも僕は嬉しい」
腕にゆっくりと力が入れられる。その腕の中でジーネスは苦痛に顔を歪めたが、悲鳴を上げることはしなかった。
ムササビンガーはせせら笑った。
「30秒じっくりと楽しもうじゃないか。なあ、お人形さんよ」
ジーネスがムササビンガーに苦しめられていく。
有栖は見上げて思い出す。ジーネスと暮らしてきたこと。
目の前にいるのは邪悪な中級悪霊と上級悪霊、そして友達の悪霊王だ。
有栖は父と約束し、悪霊から人々を守る仕事を請け負った。
何を優先するかなど考えなくても分かった。有栖は手に封印石を取り出して、
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