巫女てんてこまい

けろよん

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第一章 巫女てんてこまい

第13話 父の手紙

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「有栖ちゃん」
「どういうことよ」
「えっと、ここに父からの手紙があるので」
「じゃあ、早くそれを確認しましょう」
「はい」

 有栖は舞火と天子に詰め寄られ、父からの手紙を持って、エイミーも連れて家に向かう。
 舞火はこの場で手紙を確認しようと提案していたのだが、有栖の行動を優先して異を唱えてはこなかった。
 天子も黙ってついてくる。玄関の横ではこまいぬ太が構ってほしそうに見ていたが、天子の真剣な気配に当てられて寄ってはこなかった。
 有栖は玄関を上がって靴を脱ぐ。

「ミー知っているですよ」

 そこでエイミーがいきなりそんな言葉を口にしてきた。場にさっと緊張が走った。

「何を知っているんですか?」

 有栖が代表して訊く。日本では靴を脱いで家に上がることだろうかと有栖は思ったが、エイミーが気にしているのは足元ではなく天井のようだった。
 見上げていたその視線を下ろしてエイミーは言う。

「ニッポンのお屋敷には吊り天井というものがあって、入ってきた侵入者を撃退するのです。どこにあるのですか?」

 言ってからエイミーはまたきょろきょろと天井を伺っている。

「あんた、ゲームじゃないんだから」

 言いかける天子を舞火が遮る。無言で有栖に任せると言っていた。
 相手は有栖の父の知人で、正体不明の外国人で、舞火と天子を排除すると宣言しているのだ。不用意な発言は控えて今は様子を見た方がいい。
 舞火が無言で伝えた意見に天子も納得し、じっと有栖とエイミーの様子を見ることにした。
 二人が何も言わないので有栖は自分で説明することにした。

「吊り天井はここにはありませんよ」
「そうなんですか?」

 エイミーは素でびっくりしていた。どうやら本気であると思われていたようだった。

「ここは普通の家なので」

 その答えにエイミーは納得したようだった。

「そうですか。では、お邪魔しますね」

 エイミーはきちんと靴を脱いで揃えてから玄関を上がった。外国人でも靴を脱いで上がることは知っているのかと有栖は思ったが、そんな有栖をエイミーの鋭い眼光が見つめてきた。
 知識を披露する得意げな態度で言ってくる。

「ミーを甘くみていますね、ミス有栖。ニッポンでは靴を脱いで家に上がる。そんなことぐらい、ミーはすでにお見通しなのですよ!」
「はあ」

 そんなことをドヤ顔で語られても有栖は困ってしまうのだが。とりあえず廊下を歩いていく。
 襖を開けて部屋に入る。
 畳が敷かれた和室だ。そこに足を踏み入れてエイミーはいきなり、

「畳返し!」

 右手を畳の上に叩き付けていた。

「って、どうやるんですか?」

 顔を上げてそんなことを訊いてくる。有栖は

「返さないでください」

 と答えた。やり方は知らないし、本当にやられても困ってしまうからだ。
 エイミーは立ち上がり、今度は壁の方を気にしているようだった。

「ミー知っているですよ」
「何をですか?」

 有栖は訊ねる。エイミーは壁に近づいていって何かを探しているようだった。
 その背中を舞火と天子も見つめている。
 エイミーは有栖の方を振り返って言った。

「ニッポンのお屋敷には隠された抜け道というものがあって、そこには忍者が潜んでいるのです」
「ここは忍者屋敷ではないので」
「そうですか。ニッポンならどこにでもある物ではないのですね」

 エイミーは少ししょんぼりしているようだった。有栖はさすがに彼女に悪いと思い、フォローすることにした。

「でも、吊り天井や抜け道はありませんが、神社にはいろいろと日本的な物があるので、後で案内しますね」

 エイミーの顔がぱっと輝いた。太陽のような笑顔が眩しかった。

「そうなんですか。ニッポンわくわくです。有栖大好きです!」

 正面からそう言われると照れてしまう。有栖がその気に当てられていると、それまで黙っていた舞火と天子が声を掛けてきた。

「有栖ちゃん、そろそろ」
「お父さんの手紙を確認するんでしょう」
「そうでした」

 二人の発言をエイミーの耳も捉えていた。

「ゴンゾーの手紙を読むのですね。では、神妙にお縄をちょうだいして拝聴するのでーす!」

 どうやら彼女の日本語は完璧というわけではないようだった。



 エイミーは有栖の用意した座布団に礼儀正しく正座して座った。
 舞火と天子はいざとなったら彼女を挟み撃ちにするつもりなのか、警戒するようにその両脇に座った。
 みんな綺麗な正座をしている。有栖は父の仕事についていっているうちに慣れてしまったが、昔は正座をするのが苦手だった。
 でも、これぐらいは出来て当然なのかもしれない。

「正座をしているとサムライの気分になりますね」

 有栖が手紙を開けようとしていると、エイミーがそんなことを口にしてきた。

「外国でも正座をするんですか?」

 有栖は訊ねる。エイミーは涼しい顔をして答えた。

「ミーはこれが初めてですよ。でも、ニッポンに来たらやろうと思っていました。これが武士の魂」

 武士の魂は刀だろうとは誰も突っ込まなかった。有栖が封筒から手紙を取り出したからだ。みんなそこに注目している。
 数枚重ねられたその手紙の一番上の紙だけをさらっと流し読みしてから、有栖はみんなに聞かせるために音読することにした。

「では、読みます」

 みんなが緊張に息を呑む音が聞こえた。有栖の父からの手紙。果たしてそれはどんな内容なのか。
 緊張で見守る中、有栖はその手紙を読み始めた。

「有栖へ。これをお前が読んでいる頃、おそらく私は」
「私は?」

 不吉を予感させる言葉に、舞火と天子は不安の眼差しを送り合った。

「もうこの世にいないのですか?」

 エイミーが寂しげに呟く。有栖は続きを読み上げた。

「外国にいるだろう」

 普通の言葉だった。場の空気が抜けた。
 みんなの負担が軽くなり、安堵に胸をなで下ろしていた。
 有栖にとっては父は外国に行っているということが新たに得た情報だった。
 外国のどこに行っているのか気になったが、今は手紙を読むことにする。
 有栖の声をみんなが真剣に聞いている。

「たいした仕事ではない。ちょっと強い悪霊が現れたから退治に行ってくれと依頼を受けたのだ。緊急のことでお前には迷惑を掛けるが、こちらのことは気にせずそちらの務めを果たしてほしい」
「ちょっと強いってどれぐらい強いのかしら」
「あたし達にも殴れる相手だったら良いわね」
「ゴンゾーなら大丈夫ですよ」
「父さんは強いですから。続きを読みます」

 有栖は続きを読んでいく。

「空港まで行ってから気づいたのだが、いくら簡単な仕事とはいえ、お前に任せるにはいささか辛い仕事だったかもしれない」

 そんなことはなかった。有栖は舞火や天子という強力な仲間を得て、なんなく仕事を片づけることが出来ていた。
 それは簡単というよりは簡単すぎるほどだった。でも、一人だと確かに辛かったかもしれない。父の手紙は続く。

「引っ込み思案のお前のことだ。新しいバイトを雇うことも出来ず、一人で途方に暮れていることだろう」

 それも違っていた。有栖は頼りになるバイトを雇えていたし、途方に暮れてもいなかった。
 顔を上げると正面のエイミーが続きを読むようにと目線で促してきた。有栖は続きを読むことにする。
 父の手紙はまだ続く。

「そこで父さんはこの空港で急遽手伝ってくれそうな人を探すことにしたのだ。と言ってもここは目的を持って出かける人の多い空港だ。そんな人はなかなかいない。携帯で知人に連絡も取ったのだが、みんな忙しかったのだ。何度も断られ、飛行機の時間が迫って来て父さんは焦ったよ。そこで誰でもいいから来てくれと祈っていたところに来てくれたのがエイミー・ネヴィルさんなんだ」
「ゴンゾーは神に祈っていたのです」

 そこでエイミーが発言した。
 空港で祈る父。有栖にはその光景が想像出来るようだった。自分だって困ることが何度もあったからだ。
 手紙の続きを読み上げる。

「私は天使が来てくれたのかと思ったよ。彼女は笑顔でこころよくOKしてくれたよ。おそらくこの手紙が届く数日後には来るだろう」

 実際には同日に来たのだが。父が手紙を出すのが遅かったのか、エイミーが来るのが早かったのかもしれない。

「可愛い外国の子が来てお前は驚くかもしれないが、エイミーさんは良い子だ。お前が彼女とともに無事に役目を果たせることを祈っているぞ。父より」

 手紙を読み終えて、有栖はそれを膝の上に置いた。しばらく読み終わった余韻に浸っている。
 エイミーは勝ち誇った顔を両脇の舞火と天子に向けた。

「これで分かったですね。もうあなた達は必要ないってことが。このジャパニーズ神社はもうミー一人に任せてくれればいいのですよ」

 舞火と天子は静かに立ち上がった。

「ええ、分かったわ。この神社にはまだわたし達が必要だってことが」
「え?」

 舞火の言葉にエイミーは座ったまま不満の声を上げた。

「なんでそうなるんですか。ゴンゾーに任されたミーがいるのだから、あなた達はもう必要ないではないですか」

 不満の声を上げるエイミーに舞火はさらに畳みかける。

「何がゴンゾーに任されてよ。わたし達は有栖ちゃんに任されているのよ。それにあなた巫女の経験はあるの?」
「それは初めてですけど」
「日本に来たことは?」
「それも初めてですけど。でも、ミーはゴンゾーに頼まれて」

 言いかける言葉を、今度は天子が吐き捨てるようなため息で遮った。

「まったく、どんな凄い特別な人が来たのかと思ったら、まったくの素人のペーペーなんじゃない。そんな普通の人に神社を任せられるわけがないでしょ」

 容赦のない二人の意見にさすがのエイミーもムッとしたようだった。

「普通の人とは何ですか。ミーはイギリスの名門貴族ネヴィル家の娘なのですよ。普通だったらあなた達ごときが口を聞いていい人間ではないのです」

 エイミーの強気の意見を舞火は鼻で笑い飛ばした。

「聞いたことがないわね。それにここはイギリスじゃなくて日本なの。郷に入っては郷に従えってね。ここではわたし達は先輩、あなたはただの後輩なのよ」
「ミーがただの後輩……」
「後輩に指導するのは先輩の務めよね。面倒だけど仕事だからやるしかないか」

 舞火と天子の闘気をエイミーは受け取ったようだ。だが、怯むどころか逆に食ってかかっていた。
 権蔵に見初められただけあって、彼女もまたただ者ではないようだった。

「なるほど、勝負で決着を付けるというわけですね。ジャパニーズらしくて良い考えです。ミーも日本に来たら夕日の河原で殴り合いをして友情を深めたいと思っていたのですよ。この勝負、受けてたち……」

 エイミーは立ち上がろうとして、今まで調子に乗っていた顔を歪めた。

「いたた! 足が痺れて、あうち!」

 エイミーは足を投げ出して座り込んでしまった。その両脇を舞火と天子が掴んだ。

「おあ?」

 エイミーは驚いて顔を上げた。そこには悪魔達の顔があった。

「さあ、表に出てやりましょうか。夕日はまだ出てないけど」
「名門貴族ネヴィル家の娘が決闘に人を待たせちゃ駄目でしょ」
「ちょ、ま、待ってくださ、お……おわあああ!」

 立てないエイミーはそのまま両脇を持ち上げられて引きずられて部屋から連れ出されていった。
 有栖は何か声をかけるべきかと迷ったのだが、

「後輩の指導はわたし達に任せて」
「きっちり教育してくるから」

 二人にそう言われて、見送ったのだった。
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