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第一章 巫女てんてこまい
第2話 父の衝撃的な宣言
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白い雲が点在する青く広がる空の下。
平和に横たわる町が見下ろせる小高い山の階段を昇った中腹にその神社は建っていた。
伏木乃神社と呼ばれる年代を感じさせる建物だ。
決して有名ではないが、こんな場所でも年末年始やお祭り等の繁忙期にはそこそこ人で賑わうようになる。
そんな神社も、平日の今では訪れる人の姿はほとんど無く、忘れ去られたかのようにひっそりとしていた。
一見して人の存在が無いかのように思えるその場所だが、ここで暮らしている人達もいる。
神社の敷地の片隅にある一軒家。
時刻は夜。家の中の台所のテーブルの椅子に座って一人の少女が静かに味噌汁をすすっていた。
体が小柄で小学生のように見えるが、彼女はれっきとした高校生だ。
その少女の名前は伏木乃有栖(ふしきの ありす)。この神社の一人娘だ。
有栖は物心つく前から、神主である親の手伝いで巫女として働き、高校を卒業しても巫女として働くのだろうなと漠然と思っていた。
彼女はずっと無気力なレールに乗って流されるままの生活を送ってきた。
そんないつまでも続くのだろうなと思っていた生活が変わったのは、有栖が高校に入って初夏の季節が訪れた頃だった。
晩御飯の席で無口な有栖が黙って味噌汁をすすっていると突然父が立ち上がってこう言ったのだ。
「有栖、父さんは旅に出なければならない」
「え」
驚いた有栖は味噌汁をすすっていた手を止めて、勇敢な父を見上げた。いきなり何を言いだすんだこの人はと言いたげな娘の瞳を見つめて父はさらに言葉を続けた。
「世界で異変が起こっていると今日の占いで出たのだ。父さんはそれを調べにいかないといけない」
「そう」
有栖に言えるのはそんな気のない返事ぐらいだった。
有能な神主である父の占いはテレビでやっているような一般大衆向けの占いとはわけが違う。その占いはまさしく神からのお告げに他ならないのだ。有栖はそう思っていた。
ただのお手伝い巫女しかしていない彼女に、神からのお告げに物申す権利などあろうはずがなかった。
ただ一つ困ったことになったと思った。
「いいけど、その間のお仕事はどうするの?」
父はいくつか町の依頼を引き受けていた。
それは有栖も知っていたし、いつものように自分も手伝いとしてついていくものだと思っていた。
普通に考えれば片づけてから行くものだと思えるが……
父の返事ははっきりとしていて力強かった。
「それはお前に任せる!」
「え……ええええええええ!」
思わぬ言葉に慌ててしまう。
有栖は手に持った箸とお椀を落としそうになってしまった。
手が震え、味噌汁の水面も震えていた。
その震えが収まってもまだ有栖が呆然とした気持ちから立ち直れないでいると、父はさらに言ってきた。
「大丈夫。お前なら出来る。人手が足りないなら式神を使役したり、バイトを雇ってもいいからな。じゃあ、行ってくる」
そうして、父は出ていった。自分の言いたいことだけを言い残して。有無も言わせず直ぐの出発だった。
父を見送り、神社に一人残された有栖は、ただ途方にくれるだけだった。
朝が来た。有栖は心配で寝付けないかと思ったが、あっさりと熟睡してしまっていた。
目覚めは良い気分だった。世界は平和だ。仕事の心配さえ無ければだが。
有栖は布団から起き上がり、窓を開ける。
良い朝の日差しが入ってくる。今日も一日晴れそうだ。
もうすぐ夏が来るが早朝はまだ涼しい。神社の敷地に人気はないがそれは暇な時期ならいつものことだ。
いつもなら起きたらすぐに掃除をする時間だが、今日はそれどころではない。
明後日の月曜日の夕方にさっそく仕事の予定が入っているのだ。それまでに人手を集めなければならない。
父はバイトを雇ってもいいと言っていたし、お金も多めに置いていってくれた。自分一人で不安なら仲間を増やすしかない。
平日は学校にも行かなければいけない有栖だが、今日は土曜の休日で行動する時間もたっぷりとある。
でも、バイトなんてどう雇ったらいいんだろう。
毎日を父の言うことだけを聞いてレールに乗るままに過ごしてきた有栖にはさっぱり分からない。
とりあえずパジャマを脱いで私服に着替え、玄関から出て、式神を呼ぶことにする。
「こまいぬ太、おいで」
有栖の住む伏木乃神社では式神を飼っている。
それが今「ワンワン!」と走ってきたこまいぬ太だ。こまいぬと普通の犬を足したような姿をしている。
犬ではないが、舌を出してハアハアとしている姿は普通の犬のようにしか見えない。これでも式神である。
彼は知能も能力も世間の多くの人達が飼っている普通の犬並にしかない。
バイトを雇うのに彼が何の役に立つのかは分からないが、今の有栖にとっては心強い味方であることには代わりは無い。
普通の犬のように喜んで尻尾を振っている式神に有栖は話しかけた。
「ねえ、父さんが出ていってしまったんだけど、どうすればいいと思う?」
「くう~ん?」
こまいぬ太は少し不思議そうに首を傾げただけで、すぐにまたハアハアと元気な息を上げはじめた。どうやら散歩に連れていってほしいようだ。
朝から元気な犬だった。そして、仕事の悩み相談の相手にはなりそうになかった。
「とりあえず歩いてみるか」
有栖はこまいぬ太を連れて散歩に出ることにした。
歩く有栖の後ろを犬は素直についてきた。
平和に横たわる町が見下ろせる小高い山の階段を昇った中腹にその神社は建っていた。
伏木乃神社と呼ばれる年代を感じさせる建物だ。
決して有名ではないが、こんな場所でも年末年始やお祭り等の繁忙期にはそこそこ人で賑わうようになる。
そんな神社も、平日の今では訪れる人の姿はほとんど無く、忘れ去られたかのようにひっそりとしていた。
一見して人の存在が無いかのように思えるその場所だが、ここで暮らしている人達もいる。
神社の敷地の片隅にある一軒家。
時刻は夜。家の中の台所のテーブルの椅子に座って一人の少女が静かに味噌汁をすすっていた。
体が小柄で小学生のように見えるが、彼女はれっきとした高校生だ。
その少女の名前は伏木乃有栖(ふしきの ありす)。この神社の一人娘だ。
有栖は物心つく前から、神主である親の手伝いで巫女として働き、高校を卒業しても巫女として働くのだろうなと漠然と思っていた。
彼女はずっと無気力なレールに乗って流されるままの生活を送ってきた。
そんないつまでも続くのだろうなと思っていた生活が変わったのは、有栖が高校に入って初夏の季節が訪れた頃だった。
晩御飯の席で無口な有栖が黙って味噌汁をすすっていると突然父が立ち上がってこう言ったのだ。
「有栖、父さんは旅に出なければならない」
「え」
驚いた有栖は味噌汁をすすっていた手を止めて、勇敢な父を見上げた。いきなり何を言いだすんだこの人はと言いたげな娘の瞳を見つめて父はさらに言葉を続けた。
「世界で異変が起こっていると今日の占いで出たのだ。父さんはそれを調べにいかないといけない」
「そう」
有栖に言えるのはそんな気のない返事ぐらいだった。
有能な神主である父の占いはテレビでやっているような一般大衆向けの占いとはわけが違う。その占いはまさしく神からのお告げに他ならないのだ。有栖はそう思っていた。
ただのお手伝い巫女しかしていない彼女に、神からのお告げに物申す権利などあろうはずがなかった。
ただ一つ困ったことになったと思った。
「いいけど、その間のお仕事はどうするの?」
父はいくつか町の依頼を引き受けていた。
それは有栖も知っていたし、いつものように自分も手伝いとしてついていくものだと思っていた。
普通に考えれば片づけてから行くものだと思えるが……
父の返事ははっきりとしていて力強かった。
「それはお前に任せる!」
「え……ええええええええ!」
思わぬ言葉に慌ててしまう。
有栖は手に持った箸とお椀を落としそうになってしまった。
手が震え、味噌汁の水面も震えていた。
その震えが収まってもまだ有栖が呆然とした気持ちから立ち直れないでいると、父はさらに言ってきた。
「大丈夫。お前なら出来る。人手が足りないなら式神を使役したり、バイトを雇ってもいいからな。じゃあ、行ってくる」
そうして、父は出ていった。自分の言いたいことだけを言い残して。有無も言わせず直ぐの出発だった。
父を見送り、神社に一人残された有栖は、ただ途方にくれるだけだった。
朝が来た。有栖は心配で寝付けないかと思ったが、あっさりと熟睡してしまっていた。
目覚めは良い気分だった。世界は平和だ。仕事の心配さえ無ければだが。
有栖は布団から起き上がり、窓を開ける。
良い朝の日差しが入ってくる。今日も一日晴れそうだ。
もうすぐ夏が来るが早朝はまだ涼しい。神社の敷地に人気はないがそれは暇な時期ならいつものことだ。
いつもなら起きたらすぐに掃除をする時間だが、今日はそれどころではない。
明後日の月曜日の夕方にさっそく仕事の予定が入っているのだ。それまでに人手を集めなければならない。
父はバイトを雇ってもいいと言っていたし、お金も多めに置いていってくれた。自分一人で不安なら仲間を増やすしかない。
平日は学校にも行かなければいけない有栖だが、今日は土曜の休日で行動する時間もたっぷりとある。
でも、バイトなんてどう雇ったらいいんだろう。
毎日を父の言うことだけを聞いてレールに乗るままに過ごしてきた有栖にはさっぱり分からない。
とりあえずパジャマを脱いで私服に着替え、玄関から出て、式神を呼ぶことにする。
「こまいぬ太、おいで」
有栖の住む伏木乃神社では式神を飼っている。
それが今「ワンワン!」と走ってきたこまいぬ太だ。こまいぬと普通の犬を足したような姿をしている。
犬ではないが、舌を出してハアハアとしている姿は普通の犬のようにしか見えない。これでも式神である。
彼は知能も能力も世間の多くの人達が飼っている普通の犬並にしかない。
バイトを雇うのに彼が何の役に立つのかは分からないが、今の有栖にとっては心強い味方であることには代わりは無い。
普通の犬のように喜んで尻尾を振っている式神に有栖は話しかけた。
「ねえ、父さんが出ていってしまったんだけど、どうすればいいと思う?」
「くう~ん?」
こまいぬ太は少し不思議そうに首を傾げただけで、すぐにまたハアハアと元気な息を上げはじめた。どうやら散歩に連れていってほしいようだ。
朝から元気な犬だった。そして、仕事の悩み相談の相手にはなりそうになかった。
「とりあえず歩いてみるか」
有栖はこまいぬ太を連れて散歩に出ることにした。
歩く有栖の後ろを犬は素直についてきた。
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