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第三章 勇者の挑戦
第56話 美久に出来ること
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結菜の学校のテストの日が近づいてきた。
普段はのんびりとしている生徒達もこの時期になると独特の緊張感を持ってくる。
先生がここはテストに出るぞと言うところを結菜はしっかりとノートに取って線を引いていく。
結菜は今日も変わらず勉強に励んでいる。それは教室のみんなも同じだ。
翼の助言がよほど効いているらしい。
美久はそれを心苦しく感じていた。
結菜を補佐するのも、クラスのみんなをリードするのも、委員長である自分の役目だったはずなのに。
今はみんなが翼に支配されて動かされている。そう感じてしまうのだ。
このままではいけない。
美久は焦りを感じ、勝たなければならないと決断した。
そのために何が出来るのか。
美久は考え、まずはこの前の借りを清算することにした。
物事には順番がある。翼や渚に挑む前にまずは第一の関門を突破しなければ話にならないだろう。
「結菜様! わたし行ってきます!」
「美久……?」
休み時間に勉強の教え合いっこをしていた席からいきなり立ち上がった美久を、結菜は不思議そうに見上げた。
町の勇者となった少女を見下ろし、美久は力強く宣言した。
結菜が翼との勝負に勝って勇者としての地位を確立したように、今度は自分がみんなに認められる存在となるために。
「今度こそ勝利をもぎ取ってきますから! 結菜様はどうか安心して勉学に励まれていてください!」
「うん……? うん、頑張って」
委員長の決断に結菜は戸惑いながらも応援のエールを送ってくれる。
安心させてやらないといけない。結菜だけでなく、クラスのみんなを。
翼の呪縛から解き放ち、まとめられるのは委員長である自分しかいないのだ。
美久はその思いを胸に教室を出ていった。
美久がやってきたのは生徒会室だった。
ドアの前で立ち止まり、呼吸を整える。
前はここで銀河と戦って敗北した。思えばそこから美久の負け人生は始まった気がする。
銀河ごときに勝てないでいるから、みんなにいいようにあしらわれてしまうのだ。
大魔王との戦いでも勇気が出せず、みっともない姿を見せてしまった。
あの時は魔王である麻希に助けられてしまった。本来なら手を借りてはいけない人物だ。
事態を好転させるために、まずは銀河に受けた借りを返す。
美久は覚悟を決めてノックする。
「どうぞ」
少女の静かな声が答え、美久はドアを開けた。
「失礼します」
中に入ると生徒会室の静かな景色が広がった。今度は誰も邪魔をして来なかった。
そのことに違和感と気の抜ける思いを感じながら、美久は正面の机で作業をしている渚に声を掛けた。
「あの、銀河さんは……」
「弟ならいないわよ。今図書室に本を返しに行っているから。それと弟にさん付けなんていらないから。あなたと同級生だし、体が痒くなってしまうわ」
「そうですか」
渚は作業を続けている。
美久は手持無沙汰になってしまった。まさか書記にも勝てないのにその上に君臨する生徒会長に挑戦するわけにもいかない。
渚は涼しい顔をして書類を整理しているが、銀河なんかよりも遥かに強いのだ。
美久が困っていると、渚は手を止めて訊ねてきた。
「銀河に何か用だった?」
「いや、用ってほどのことではないんだけど……」
渚の落ち着きのある上級生としての顔を見て、美久は戸惑いを感じてしまう。
いつか勝たなければならない相手なのに、まったく勝負しようという気を無くさせてしまう。
書記にも勝てないでいるから、圧倒的な実力差があるからそう感じてしまうのだろうか。
美久にはよく分からない。
困ったまま立ち尽くしていると、渚は作業の手を止めて声を掛けてきた。
「せっかく来てくれたんだし、わたしと話をしていかない?」
「でも、今忙しいんじゃ……」
「ずっと手ばかり動かしていたら口の方が鈍ってしまうわ。話し相手になってくれればわたしとしては良い気分転換なんだけど」
「はあ、それじゃあ」
美久は勧められるままに席につく。
渚は前にも安物と言っていたお茶を出してくれる。
上級生であり生徒会長でもある彼女の大人びた態度と度量の広さに、美久は改めてこの人には勝てないなと思ってしまうのだった。
美久の悩みを渚は最後まで聞いてくれた。そして、うなづいて言った。
「気持ちは分かるわ。翼にいいようにされているのが気に食わないのね。わたしも翼とは長い付き合いだけど、そう思わされたことは何度もあるわ」
「ええ、まあ」
そこまで気に食わないとは言ってはいないと思うのだが、渚はそう結論付けて話を続けた。
「あいつは平気で人の土俵に踏み込んでくるくせに、周りのことは気にしないところがあるからね。それを懐の大きさだと言う人もいるけど、付き合う方は大変だわ」
渚はどうも翼に不満を持っているようだった。
二人は仲良しだと思っていたのに、意外に思って美久は訊ねた。
「それでどうして付き合っているんですか?」
「友達だからに決まってるじゃない。あいつとは小学の頃から付き合っているのよ。唯一無二の親友の座を他人に渡すつもりはないわ。あなた、わたしがどうして生徒会長になったと思う?」
「それは……学校を良くしたいとか……?」
美久の目的はみんなを助けられる権力を手に入れるためだったが、渚のことは分からない。当たり障りのないところで言ってみた。
渚はそれを真っ向から否定してきた。
「翼に勝つためよ。こんな学校でも生徒会長になればあいつの鼻を明かしてやれると思ったのに。それなのに、あいつも生徒会長になっちゃうし……まったく、やってられないわよ」
「そうなんですか……」
美久としては意外だった。
でも、それだと生徒会長になっても翼には勝てないのだろうか。
渚は銀河をも圧倒的に上回る力を持っているのに。
美久が黙っていると、渚は話を本題に戻してきた。
「それで自分に何が出来るか、だったわね」
「はい」
美久は姿勢を正す。上級生であり生徒会長でもある先輩の言葉を見守る。
渚は言った。
「今のままでいいと思うわよ。委員長として、友達として、出来ることをやる。それでいいんじゃないかな」
「でも、それじゃ……」
今の状況を変えられない。
町一番のお嬢様で、伝統と格式ある名門の学校の生徒会長で、勇者を導いた賢者の末裔である翼の優位を変えられない。
並べていて渚をも圧倒させる翼の力が分かる気がしたが、渚はあまり状況を悲観視してはいないようだった。
「翼は確かに凄いけどここにはいないわ。同じクラスで、委員長のあなたが田中さんの面倒を見てくれるなら、わたしは助かるし、翼が何を言ってこようと所詮は他の学校の生徒会長だもの。あなたほど近くで田中さんのことは見れないわ」
「わたしが一番結菜様の近くで……?」
「支えてやって。それが出来るのは翼じゃない。同じクラスの委員長であるあなただけよ」
「分かりました! わたし頑張って結菜様を助けます!」
美久は新たな決意を胸に立ち上がり、生徒会室を飛び出していった。
「青春ね。まあこれで翼の負担もまた少しは減るかしら。ドアは閉めていって欲しかったけど」
渚は立ち上がって、下級生が開けたままのドアを閉めて、再び自分の作業に戻っていった。
普段はのんびりとしている生徒達もこの時期になると独特の緊張感を持ってくる。
先生がここはテストに出るぞと言うところを結菜はしっかりとノートに取って線を引いていく。
結菜は今日も変わらず勉強に励んでいる。それは教室のみんなも同じだ。
翼の助言がよほど効いているらしい。
美久はそれを心苦しく感じていた。
結菜を補佐するのも、クラスのみんなをリードするのも、委員長である自分の役目だったはずなのに。
今はみんなが翼に支配されて動かされている。そう感じてしまうのだ。
このままではいけない。
美久は焦りを感じ、勝たなければならないと決断した。
そのために何が出来るのか。
美久は考え、まずはこの前の借りを清算することにした。
物事には順番がある。翼や渚に挑む前にまずは第一の関門を突破しなければ話にならないだろう。
「結菜様! わたし行ってきます!」
「美久……?」
休み時間に勉強の教え合いっこをしていた席からいきなり立ち上がった美久を、結菜は不思議そうに見上げた。
町の勇者となった少女を見下ろし、美久は力強く宣言した。
結菜が翼との勝負に勝って勇者としての地位を確立したように、今度は自分がみんなに認められる存在となるために。
「今度こそ勝利をもぎ取ってきますから! 結菜様はどうか安心して勉学に励まれていてください!」
「うん……? うん、頑張って」
委員長の決断に結菜は戸惑いながらも応援のエールを送ってくれる。
安心させてやらないといけない。結菜だけでなく、クラスのみんなを。
翼の呪縛から解き放ち、まとめられるのは委員長である自分しかいないのだ。
美久はその思いを胸に教室を出ていった。
美久がやってきたのは生徒会室だった。
ドアの前で立ち止まり、呼吸を整える。
前はここで銀河と戦って敗北した。思えばそこから美久の負け人生は始まった気がする。
銀河ごときに勝てないでいるから、みんなにいいようにあしらわれてしまうのだ。
大魔王との戦いでも勇気が出せず、みっともない姿を見せてしまった。
あの時は魔王である麻希に助けられてしまった。本来なら手を借りてはいけない人物だ。
事態を好転させるために、まずは銀河に受けた借りを返す。
美久は覚悟を決めてノックする。
「どうぞ」
少女の静かな声が答え、美久はドアを開けた。
「失礼します」
中に入ると生徒会室の静かな景色が広がった。今度は誰も邪魔をして来なかった。
そのことに違和感と気の抜ける思いを感じながら、美久は正面の机で作業をしている渚に声を掛けた。
「あの、銀河さんは……」
「弟ならいないわよ。今図書室に本を返しに行っているから。それと弟にさん付けなんていらないから。あなたと同級生だし、体が痒くなってしまうわ」
「そうですか」
渚は作業を続けている。
美久は手持無沙汰になってしまった。まさか書記にも勝てないのにその上に君臨する生徒会長に挑戦するわけにもいかない。
渚は涼しい顔をして書類を整理しているが、銀河なんかよりも遥かに強いのだ。
美久が困っていると、渚は手を止めて訊ねてきた。
「銀河に何か用だった?」
「いや、用ってほどのことではないんだけど……」
渚の落ち着きのある上級生としての顔を見て、美久は戸惑いを感じてしまう。
いつか勝たなければならない相手なのに、まったく勝負しようという気を無くさせてしまう。
書記にも勝てないでいるから、圧倒的な実力差があるからそう感じてしまうのだろうか。
美久にはよく分からない。
困ったまま立ち尽くしていると、渚は作業の手を止めて声を掛けてきた。
「せっかく来てくれたんだし、わたしと話をしていかない?」
「でも、今忙しいんじゃ……」
「ずっと手ばかり動かしていたら口の方が鈍ってしまうわ。話し相手になってくれればわたしとしては良い気分転換なんだけど」
「はあ、それじゃあ」
美久は勧められるままに席につく。
渚は前にも安物と言っていたお茶を出してくれる。
上級生であり生徒会長でもある彼女の大人びた態度と度量の広さに、美久は改めてこの人には勝てないなと思ってしまうのだった。
美久の悩みを渚は最後まで聞いてくれた。そして、うなづいて言った。
「気持ちは分かるわ。翼にいいようにされているのが気に食わないのね。わたしも翼とは長い付き合いだけど、そう思わされたことは何度もあるわ」
「ええ、まあ」
そこまで気に食わないとは言ってはいないと思うのだが、渚はそう結論付けて話を続けた。
「あいつは平気で人の土俵に踏み込んでくるくせに、周りのことは気にしないところがあるからね。それを懐の大きさだと言う人もいるけど、付き合う方は大変だわ」
渚はどうも翼に不満を持っているようだった。
二人は仲良しだと思っていたのに、意外に思って美久は訊ねた。
「それでどうして付き合っているんですか?」
「友達だからに決まってるじゃない。あいつとは小学の頃から付き合っているのよ。唯一無二の親友の座を他人に渡すつもりはないわ。あなた、わたしがどうして生徒会長になったと思う?」
「それは……学校を良くしたいとか……?」
美久の目的はみんなを助けられる権力を手に入れるためだったが、渚のことは分からない。当たり障りのないところで言ってみた。
渚はそれを真っ向から否定してきた。
「翼に勝つためよ。こんな学校でも生徒会長になればあいつの鼻を明かしてやれると思ったのに。それなのに、あいつも生徒会長になっちゃうし……まったく、やってられないわよ」
「そうなんですか……」
美久としては意外だった。
でも、それだと生徒会長になっても翼には勝てないのだろうか。
渚は銀河をも圧倒的に上回る力を持っているのに。
美久が黙っていると、渚は話を本題に戻してきた。
「それで自分に何が出来るか、だったわね」
「はい」
美久は姿勢を正す。上級生であり生徒会長でもある先輩の言葉を見守る。
渚は言った。
「今のままでいいと思うわよ。委員長として、友達として、出来ることをやる。それでいいんじゃないかな」
「でも、それじゃ……」
今の状況を変えられない。
町一番のお嬢様で、伝統と格式ある名門の学校の生徒会長で、勇者を導いた賢者の末裔である翼の優位を変えられない。
並べていて渚をも圧倒させる翼の力が分かる気がしたが、渚はあまり状況を悲観視してはいないようだった。
「翼は確かに凄いけどここにはいないわ。同じクラスで、委員長のあなたが田中さんの面倒を見てくれるなら、わたしは助かるし、翼が何を言ってこようと所詮は他の学校の生徒会長だもの。あなたほど近くで田中さんのことは見れないわ」
「わたしが一番結菜様の近くで……?」
「支えてやって。それが出来るのは翼じゃない。同じクラスの委員長であるあなただけよ」
「分かりました! わたし頑張って結菜様を助けます!」
美久は新たな決意を胸に立ち上がり、生徒会室を飛び出していった。
「青春ね。まあこれで翼の負担もまた少しは減るかしら。ドアは閉めていって欲しかったけど」
渚は立ち上がって、下級生が開けたままのドアを閉めて、再び自分の作業に戻っていった。
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