サイクリングストリート

けろよん

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第二章 新たな道へ

第29話 結菜が見守る前で

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 結菜にとって美久とは、事件で大変だった時に手助けをしてくれた心強い仲間だった。
 あの助けは本当にありがたいことだったし、その彼女がやりたいことがあるから付いてきて欲しいというのだから、なるべく言うことは聞いてあげたいと結菜は思っていた。
 結菜は美久とともに廊下を歩いていく。美久はある扉の前で立ち止まった。
 プレートには生徒会室と書かれてある。美久は生徒会長に挑戦すると言っていたが、どのような勝負を挑もうというのだろうか。
 結菜にはよく分からなかったが、美久のやることを見守ろうと思った。
 美久は扉をノックしようとした手を止めて、緊張の面持ちで結菜の方を振り返った。

「結菜様、いよいよです。あたしの戦いをどうか見守っていてください」

 美久の決意に、結菜は短い頷きで返した。

「行きます!」

 美久は覚悟を決めてその扉をノックしようとした。だが、その手が触れる前に扉が勝手に開いた。
 美久は何も出来ないまま出てきた人にぶつかって後ろへとひっくり返ってしまった。

「お、悪いな。お嬢ちゃん」

 出てきたのは一人の少年だった。結菜や美久と同じ一年生で体格は平均的な男子だが、見るからに運動が得意そうで強そうだ。
 美久は立ち上がって彼に向かって啖呵を切った。指を突きつけて言う。

「現れたな! 生徒会の手先め!」

 その態度に結菜はちょっと驚いたが、美久に言われた通り状況を見守った。
 委員長にはきっと何か考えがあるはずなのだから。
 美久の態度に少年は面白そうに目を細めた。美久と少年では少年の方が背が高い。それに男子だ。
 見ているだけで美久が気圧されているのが結菜にも理解出来ていた。それでも美久は頑張っている。
 少年は笑った。

「ほう、俺が手先だとよく知っているな。いかにも! この俺こそが生徒会書記、白鶴銀河(しろつる ぎんが)よ!」

 美久の態度を受けて少年も乗り気になったようだ。その態度が好戦的なものに変わる。
 結菜はあやまった方がと思ったが、美久は引き下がらなかった。

「書記? あたしは生徒会長に挑戦しに来たのよ! ザコは引っ込んでいなさい!」

 売り言葉に買い言葉が飛び交う。もう止められそうになかった。

「ほう、言うねえ。だが、ザコはどっちかな? この扉を通りたかったら、まずはこの白鶴銀河を倒していくんだな!」
「言われなくても! やああああ!」

 美久は少年に殴りかかっていった。
 戦いが始まった。なぜか結菜の前では二人の戦い(物理)が行われている。
 ここは生徒会室前の狭い廊下のはずだが、二人が広い空間で戦っているように見えるのは、二人の力量によるものゆえだろうか。
 結菜は言われた通り、二人の戦いを見守っている。
 美久の繰り出す攻撃を、銀河は軽く片手で裁いていった。

「こんなものか? 威勢のいいのは言葉だけだったな」
「この!」

 美久の渾身の一撃も銀河は軽く受け止めてしまう。美久は後ろへと離れて距離を取った。

「こいつ、強い!」
「これぐらいで驚くなよ。俺はまだ全然本気を出していないんだぜ」
「あたしだって出してないのよ!」

 美久は再び向かっていく。突進する勢いを拳に乗せて叩きこむ。銀河はそれを横へと裁き、鋭い掌底を美久のあごへと食らわせた。
 美久の体は空中に大きく跳ね上げられ、地へと叩き付けられた。美久は倒れたまま悔しさに拳を握り締めた。

「こんな……書記なんかに手も足も出ないなんて……」
「フッ、会長に挑戦しようなんて10年早かったな。良いことを教えてやろうか? 会長はこの俺なんかより遥かに強いんだぜ。それこそ天から見下ろすあの月のようにな」

 結菜は見上げてみる。月なんかどこにも見えておらず、見えるのは廊下の天井と照明ぐらいだったが、二人には見えているようだった。

「くっ……それでもあたしは……」

 美久は何とか立ち上がろうとする。
 戦いはすでに決していた。それでも美久はあきらめなかった。震える足で立ち上がる。
 結菜は止めた方がいいのではと思ったが、掛ける言葉が見つからなかった。
 二人の戦いが再び始まろうとする。
 その戦いを止めたのは軽いノックの音だった。その音は澄み渡る鈴の音のようにやけに鋭く三人の間に通り、続いて少女の涼やかな声が掛けられた。

「そこまで。廊下で暴れるのはそれぐらいにしてくれるかしら」

 いつからそこにいたのだろう。一人の女子生徒が生徒会室の入り口に立っていた。
 彼女は雪のように白くて繊細さを感じさせる幻想的で綺麗な少女だった。扉は彼女の握った手が叩いたものだった。
 彼女は細身であまり強そうには見えなかったが、その冷静で整った顔を見て銀河は震えあがった。

「姉貴、ごめん! 暴れるつもりはなかったんだ! こいつが姉貴に挑戦するって言うから、ぐわあああ!」

 少女は弁解を聞かなかった。ただ少年の鼻にデコピンを食らわせた。それだけで銀河は廊下をのたうち回って苦しんだ。

「いてえ! いてえよ、姉ちゃーん!」

 美久の全く歯が立たなかった相手がたった一撃でこの有様である。
 その圧倒的な力を前に美久はただ呆然とするしかなかった。彼女が話しかけてくる。痛みに転がる少年を一顧だにすることのない態度で。
 冷酷というよりは、ただ気にしていないだけのようだった。

「弟が迷惑を掛けてごめんなさい。わたしがここの生徒会長の白鶴渚(しろつる なぎさ)よ」

 彼女の薄く浮かべる微笑みは上級生が下級生に掛ける優しいものだった。
 その絶対的な揺るがない態度。明らかに下級と見られているのに反抗する術を美久は見つけられなかった。
 美久は認めるしかなかった。敗北を。確かに麻希や銀河の言った通り、自分にはまだまだ実力が足りなかったのだ。
 渚の涼しい視線が次に結菜に向けられた。

「あなたが田中結菜さんね。噂はわたしの耳にも届いているわよ」
「はあ、どうも」

 結菜としては生徒会長と何かをしようという気はなかったので、つい気の無い返事をしてしまう。
 その態度が面白かったのか渚は軽く微笑んだ。普通高の生徒なのに深窓の令嬢のような雰囲気を持った人だった。
 微笑みを収めてから渚は言う。

「一年生のもめごとにわたしが口を出すのもどうかと思っていたのだけど、これも良い機会ね。前の事件のことで話を聞かせてもらっていいかしら」
「それって、お兄ちゃんが自転車になった?」
「自転車?」

 渚は首を傾げる。初めて渚が感情的な顔を見せた気がした。

「結菜様、そのことは……」
「あ」

 結菜は自分の口を抑えた。自転車のことは美久にも話していない。姫子にだって最後の最後まで隠していたことだった。
 その時の事を思い出して、結菜はこの事は黙っていた方がいいと判断した。
 渚は少し笑ったようだった。

「まあ、いいわ。プライベートなこともあるだろうし話したいことだけ話してくれれば。どうぞ、入って。お茶ぐらいは出すわ。銀河、あなたはいつまでもそこに転がってないで黒田さんを呼んできて」
「はい、姉貴」

 銀河は痛む鼻をさすりながら、廊下を歩いていった。

「では、どうぞ。生徒会室へ」

 結菜と美久は渚に促されるままにそこへ足を踏み入れていったのだった。
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