サイクリングストリート

けろよん

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第一章 自転車になったお兄ちゃん

第18話 魔王を追って 10

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 校門が見えてきた。また始業のベルとともにいつもの授業が始まるのだろう。
 結菜はそう思っていたが、その日は校門の前で待っている人がいた。
 結菜と美久は自転車を止めた。
 それはお互いに知らない者はいない人物だった。
 黙っている結菜に代わって美久がその名を口にした。

「魔王マッキーだあ。話はついたって聞いたけど、もしかしてリベンジマッチですか?」

 美久は麻希のことを警戒していなかった。決着はついたと勇者が言ったのだからそれも当然のことかもしれなかった。
 美久は結菜に訊くが、結菜が何かを答えるよりも早く、麻希が近づいてきて声を掛けてきた。

「その話をするためにここへ来たのよ。それにわたしはマッキーでも魔王でもないわ。麻希よ。あなたに用は無いわ。外してちょうだい」
「おお、何かかっこいい」

 美久は一歩下がって二人を見た。それから結菜に訊ねた。

「結菜様?」
「わたしが話をするから。高橋さんは先に教室に行ってて」
「ラジャーです。勇者と魔王の対談心行くまでなさってください。良かったら後であたしにも話を聞かせてくださいね。マッキーも。それじゃ」

 美久は気さくに手を振って、先に校舎に入っていった。見送って麻希が声を掛けてきた。

「あの子、どこまで本気なの?」
「さあ」

 訊かれても結菜に分かるわけもなかった。委員長は良い人だけど全てを知るほど結菜も付き合っているわけではなかった。
 結菜と麻希は登校する生徒達の邪魔にならないように校門の横に移動した。
 麻希は校舎を見上げて呟いた。

「勝手なものね。この時代の人間は」
「でも、わたしを助けてくれた」
「そうね、面白いとは思うわ。でも、興味を持って調べたいとは思わない。わたし達にはもっと大事な用事がある。覚えているわよね?」
「お兄ちゃんのことで何か分かったの?」

 結菜は緊張を押し殺しながら訊ねた。
 麻希の表情は良い結果を予感させるものではなかった。
 その結果を口にする。麻希の顔にはあきらめの表情があった。

「一つ分かったことは、未来で調べても分からないということね」
「未来で調べても分からない?」

 それがどういうことなのか結菜にはまるで見当も付かなかった。
 それを麻希は説明してくれた。

「これはストリートフリーザーの装置だけの問題じゃないの。わたしのしたことと、現代の何らかの要素がかみ合って起こったことだと、結論が出たの。これがどういうことか分かる?」

 分からない。結菜にはちんぷんかんぷんだった。
 麻希はその表情から読み取って、話を続けた。

「分からなくても、同じ事態に関わったあなたには責任を取ってもらわなければならない」
「責任を?」

 そう言われても結菜にはさっぱり分からない。
 自分が何をどう責任を取ればいいのだろうか。
 態度の変わらない結菜の様子に、麻希は何か吹っ切れたようだった。クールだったその表情が崩れた。
 結菜の両肩に手を置いて必死の形相で訴えてきた。

「現代の要素は現代で調べないと分からない。だからわたしはこの問題を解決するまで帰ってくるなと言われたのよ! このわたしが! 先生の自慢の生徒であるこのわたしがよ! これも全部あなたの兄のせいだからね! あなたにはわたしが目的を達成するまでの手助けをしてもらうわ。あなたにとっても望んでいることなんだから良いわよねえ!?」
「うん、それはもちろん」

 結菜もそのために頑張ってきたのだから、当然のことだった。
 麻希は結菜の肩から手を下ろし、落ち着きを取り戻してから片手を差し出してきた。

「いつまでの間になるかは分からないけど、この時代にいる間は世話になるから。よろしく」
「よろしく」

 結菜はその手を握って握手した。その時校舎の方がどっと沸いた。
 見ると、校舎から大勢の人達が自分達を見ていた。

「勇者と魔王が手を組んだぞー! 結菜様、おめでとう!」

 先頭になってはしゃいでいるのは美久だった。
 結菜はついつられて笑顔になってしまい、麻希は

「何なの、この人達は」

 戸惑った顔をしていた。

「俺はまだこのままかー」

 その様子を自転車は静かに見つめていた。


 風がそよぎ、山の木々を揺らしていく。
 放課後の午後、初夏の自然を感じられるその中を、姫子は一人で歩いていた。
 今までふもとの公園やその近くで写真を撮っていたことはあったが、山の上の方まで登って来たことは無かった。
 やがて目的地に辿りつく。そこは人気のない古びた神社だった。
 静かに揺れる木々の中でそこだけ切り取ったような神秘を感じる。
 いつもの姫子なら写真の一枚でも撮っていたところだが、今日来た用事はそのためでは無かった。

「ここにこの町の神様が……?」

 麻希から聞いたのだった。この山にこの町の神様がいると。
 願いを叶えてくれると言っていた。
 姫子はずっとこの町に住んできたが、そんな話は全く知らなかった。
 神が願いを叶えてくれるなど、そんな話を信じているわけでもなかった。
 でも、せっかくだから行ってみようと思った。
 その場所に一歩踏み込もうとする。

「お前、何をしにここへ来た」

 いきなり声を掛けられて姫子はびっくりして振り返った。
 誰もいないと思っていたのに、見知らぬ青年が立っていた。
 彼は不審な物を見つけた番人のようにじっと見つめてきた。
 姫子は自分が場違いな場所にいることを感じた。
 相手も姫子のことをそう感じたらしい。

「ここは神を信じぬ者の来る場所ではないぞ」

 彼の声は責める感じのものではなかったが、拒絶の意思は感じられた。
 姫子には彼が何者で何を考えているのか分からなかった。
 怖い相手だった。
 じっと我慢して状況が過ぎ去るのを待ちたかった。でも、流れる風は彼女に時間の流れを感じさせた。
 待つわけにはいかない。そう思わせる生暖かい風だった。
 もう悠真がいなくなってからかなり経つのだ。
 だから、思い切って勇気を振り絞って言うことにした。

「わたしは……悠真さんを返して欲しくて!」
「ほほう」

 山に夏の風が吹いていく。
 町は変わらずここにある。
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