サイクリングストリート

けろよん

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第一章 自転車になったお兄ちゃん

第15話 魔王を追って 7

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 結菜達は走る。地図で場所は分かっている。
 葵がそれぞれにルートを設定し、分担を決めた。

「ここからは三手に別れるぞ。持ち場は分かっているな」
「はい」

 今までにあちこちの道を走って来て、結菜も町の道や地図の見方が分かるようになってきていた。
 頭の中で走る道路の光景を思い浮かべ、ルートを定める。
 黒い棒の場所が分かり、止め方も分かっている。麻希だって今更妨害してきたりはしないはずだ。不安なことは何もないはずだ。
 だが、結菜の中にはまだ迷いがあった。その迷いを兄は察したようだった。

「結菜、その道は左だ」
「分かってる」

 道の迷いではなかったのだが、声を掛けてくれたのは嬉しかった。
 結菜は走る。交差点を曲がって、信号を渡って、直線を駆け抜ける。
 途中で工事現場の横を通る。そこで作業をしているおじさん達は困っているようだった。
 口々に今の状況を不思議がる声を上げていた。

「あれ? 急に道路が掘れなくなったぞ」
「空にあれが現れてからだ。あれが関係しているのかなあ」

 ストリートフリーザーは順調に機能しているようだった。あれがある限り町の姿は変えられない。町の多くの人達がそうしているように結菜も上空を見上げた。
 一本や二本を止めたところで状況は変わらない。
 結菜は前方を向き、決意を強くして走った。
 次々と黒い棒を停止させていき、結菜は間もなく自分の分担を終えた。


 自転車を止めて空を見上げる。一息ついて見上げると、ストリートフリーザーの結界がまだ変わらずに空に展開しているのを落ち着いて見ることが出来た。
 結菜は呟く。一仕事を終えた満足感でつい気が抜けて本音が口に出てしまう。

「これを全部止めることがそんなに重要なのかなあ」
「ああ、でないとみんな困るだろ?」

 兄が答えた。そう言われればそういうものかもしれない。
 みんなは確かに困っていた。困っていない人なんて誰もいなかった。
 葵も姫子も町の人達も。みんなが困っていた。
 後はこのまま待っていれば今の状況は終わるのだろうか。
 町から空に伸びる光線は最初に見た時よりもその数を減らしていた。
 結菜は自分の仕事を終えて満足感に浸っていた。だが、悠真が緊迫した声を上げた。

「姫子さんのルートが進んでないな。心配だなあ。さっき魔王と派手にぶつかってたが大丈夫なんだろうか。姫子さん……」

 どうも姫子の担当した地域の状況がよくないらしい。
 町をよく知っている悠真にはそれが分かるようだが、結菜にはまだよく分からなかった。
 天に上る光の線が遠くに見えても、その根元が具体的にどの道のどの場所にあるかなど、まるで見当が付かなかった。
 黒い棒の場所をしるした地図があるのは助かった。
 これのおかげで行く道と行く場所が理解出来る。
 地図を見て兄の助言も聞いて姫子の辿ったルートを指でなぞり、そこへ行くための最適の道を弾き出す。
 結菜は美久達が用意してくれた地図に感謝して姫子が分担しているルートへ向かった。


 間もなく見つかる。姫子は足をかばいながら走っていた。

「姫子さん!」

 声を掛けられて姫子は自転車を止めて振り向いた。

「結菜さん、ごめんなさい、さっき魔王にぶつかった時に足を痛めたみたいで。急がないといけないのに」
「大丈夫なの?」
「うん。ゆっくりなら行くことが出来るんだけど、強くこごうと足に力を入れると痛みが走って。でも、早くあれを止めないと悠真さんが」

 姫子の焦る視線が見る先の建物の向こうに、遠く空に伸びる光の線が見えた。

「姫子さんは焦りすぎなんだ。自転車なんてもっとゆっくり力を抜いてこいでも走ることが出来るのに。でも、それも俺のせいなんだよな」
「ごめんね、わたしのお兄ちゃんのせいで」
「ううん、わたしにとってもこれは大切なことだから」
「でも、無理しないで。お兄ちゃんならきっとそう言うと思うから」
「うん……」

 結菜は行く先を確認し、姫子に視線を戻して言った。

「後は任せて。姫子さんはここで待ってて」

 結菜の力強い言葉に姫子は少し考えてうなずいた。
 結菜は自転車をこいで走っていく。遠ざかるその背を姫子は見つめていた。

「悠真さんは結菜さんと……?」

 そして、その存在をおぼろげに感じていた。


 結菜は道路を急いで走っていく。
 目的地の場所はすでに地図で確認済だ。
 光の柱が近づいてきているのも見えるし、もう間もなく着くだろう。
 結菜は自転車をこぎながら自分の自転車に話しかけた。

「姫子さんは本当にお兄ちゃんが大事なんだね。あんな怪我までしてお兄ちゃんなんかのために頑張ってくれるなんて」
「ああ、だからこそ早く戻って安心させてやらないとな」
「うん……」

 結菜は迷う。迷うがその足を強く踏みしめ、自転車をこぐ。
 遠くの空に葵の担当した地域の光線が消滅していくのが見えた。

「葵は上手くやってくれたようだな」
「あそこはわたし達の場所より道の悪い地域だったのに」

 年上で体力もある葵は率先してその道を選んでいた。

「こちらもあともうすぐだ」
「うん、頑張る」

 結菜は決意を胸に道路を走っていく。
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