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旅の始まり

地龍

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 走った先にあった木を登って良さげな枝で一呼吸ついた。

『あんなやつらが来るなんて反則だろ!』

『闘技場ではないのだから、寄っても来るじゃろ』

 じっとしているとまどろみが襲ってきて、ついウトウトしてしまう。

【猫の睡眠時間は十六時間】

 猫図鑑に書いてあったことが思い出される。

 猫はウトウトしたりゴロゴロしたりしながらも短い眠りを繰り返し、一日に十六時間も眠る生き物らしい。

 現在猫状態の俺もそれに引っ張られているようで、宿で少し眠ったはずなのにまた眠くなってきている。

『おい! 狩りはせんのか?』

 シャンテの声は届いているが、瞼が重く、俺は眠りの中に落ちていった。

「クァァァ!」

 大きく欠伸をして目を覚ますと『よく眠るな』と呆れたシャンテの声が聞こえた。

『この体だとすぐ眠くなるんだよ』

『難儀な体よな』

 辺りはまだ暗いのだが、月は随分と西に傾いている。

 この世界でも太陽や月は東から上り西へと沈んでいく。

 なので方角なども東西南北が通用するし、太陽や月、星などの位置から方角を割り出すことも出来る。

 俺は出来ないけど。

 また小一時間ほど眠っていたようだが、体が異様に軽い。

『やっぱり体が軽いな』

『眠って休息を取ることで回復しておるのだろう。回復能力も上がっておるのではないのか?』

『そうなのかも……』

 木の上から地面へと降り立ち、辺りを見渡して次のターゲットを探していると、俺が探していたサイズ感の魔物を発見した。

『あいつに決めた!』

『どれじゃ?』

『ほら、あそこにいる、ケルベルースより少し大きいくらいの魔物』

『ん? あれは』

 シャンテが何か言いかけたが、俺はそいつに向かって全力で走り出していた。

 カンガルーとトカゲを混ぜたような魔物で、腕や足、太い尻尾にはみっしりと鱗が生えているのだが、顔や体にはそれはなく、やはり毛も生えていない。

 鱗の生えた部分は薄汚れた緑色といった色で、顔や体はピンク色をしている。

 太い足と尻尾で体を支えているのか二足歩行でジャンプ移動をしていた。

 手は足の半分以下の細さで短めである。

 そいつの前で止まると威嚇をした。

 ピクッと反応を示したそいつは、チラッと横目で俺を見たものの、興味がないのか素通りしていこうとしたので再度威嚇をした。

 邪魔くさそうに俺を見たが、やはり興味がないのかそのまま通り過ぎようとジャンプをしたので、俺もジャンプをして首元に狙いを定め思い切り爪を立てた。

『っ!! 固っ!!』

 ドスベアーとは比べ物にならないほど固い。

 攻撃を仕掛けたのにそいつはやはり俺には興味がないらしく、反撃してこようとはしない。

『やめておけ……』

 シャンテの声が聞こえたが、無視して今度はジャンピング猫パンチを横っ面にお見舞いしたのだが、やはりビクともしない。

『今のアースじゃ勝てんよ……』

 シャンテのため息混じりの声が聞こえた。

『何でだよ! あんま大きくもないだろ!』

『そなたはあまり物を知らないようじゃの……そいつは地龍の幼体よ』

『ち、地龍!?』

 地龍とは飛龍よりも二回りほど小さく、翼を持たないドラゴンである。

 飛龍は「空の王者」と呼ばれることがあるのだが、地龍は「地上の王者」と呼ばれたりしている。

 地上にいる魔物の中ではまさに最強クラス。

 その地龍の幼体に喧嘩を売ろうとしていた普通サイズの猫の俺。

 買われなくて良かったぁぁああ!

『お主、何故なにゆえこのようなところにおる? ここらはお主らがおるような場所ではなかろう?』

 シャンテが地龍(幼体)に話し掛けている。

 俺には地龍の声は聞こえないが、シャンテには聞こえているようだ。

『うむ、そうか……いや、それは構わん……そう言うな、こやつもやっと強くなり始めたところよ』

 絶対に俺のことを言っているのが分かる。地龍に馬鹿にされていると思う、確実に。

『あちらには行かんほうが良いと思うぞ? 青龍が彷徨うろついてるやもしれんからな。今のそなたでは太刀打ち出来んじゃろ』

 しばらく地龍と話していたシャンテだが、話が終わったようだ。

『のぉ? 王都まで行くのじゃったな?』

『まぁ、とりあえずは、ってところだけどな』

『ならの、こやつも一緒に行くことは出来んか?』

『はぁ!? いやいや、そいつ、地龍!』

 旅のお供が増えるのは構わないが、さすがに地龍の幼体を連れて歩くわけにはいかないし、それじゃ宿にも泊まれない。

 野宿一択の旅なんて御免である。

『何もこの姿で一緒にとは言っておらんよ。どれ、そなたの魔力をちと借りるぞ?』

 そう言うと地龍の体が薄らと光りだし、その姿が見るみる変わっていった。

『な、何したんだ!?』

 さっきまでいた地龍の姿はなくなり、目の前には十代前半の少年が立っている。

『変化の魔法はないからの、こやつ自身の魔力を使って幻影魔法を展開させたまでよ』

 そう、この世界には変化の魔法はない。

 様々な魔法があるのだからあってもよさそうなもんだが、なぜかない。

 スキルというもので猫に変身出来る俺や人に化けられるシャンテが異常なのだ。

 その代わり、目くらましに近い幻影魔法というものは存在している。

 人の視覚情報を狂わせて、実際に目の前にあるものを別なものに見せかけたり、あるものをないように思わせたりする魔法だ。

 しかしそれは、例えば今の状況ならば俺に対して魔法をかけて幻覚を見せなければならず、そいつ自身に掛けたところで周囲から見えるそいつの見た目が変わることはない。

『それのどこが幻影魔法なんだよ! 明らかに人になってるじゃないか!』

『どうやら成功のようじゃな。初めて試してみたが、我の理論は正しかったようじゃ』

 なぜか誇らしげなシャンテにイラッとした。

『幻影魔法とは掛けたものに幻を見せる魔法じゃろ? であれば、その仕組みを利用し、組み変えれば逆も可能ということよ』

 言っている意味がわからない。

『こやつは氷魔法が使えるようだったからの、その魔力を利用して、薄い氷の膜を展開させたのじゃ。そこに我が想像した人間の姿を投影すれば、ほれ、この通りじゃ』

『ほ、ほう……』

 さっぱり分からないが、分かったように頷いてみた。

『ようは氷の膜に幻影魔法をかけ、視覚情報を狂わせておるのじゃよ』

『なる、ほど……』

 仕組みは理解したが、それ以上はさっぱりである。


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