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旅の始まり
父とシャンテ
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『これで良かろう?』
一瞬光ったがその後は何の変哲もない見慣れたカバンを前に、うずらの卵にしか見えないシャンテがなぜかドヤ顔をしているような雰囲気を出している。
『え? 何かしたのか?』
『空間魔法と保存魔法をな、付与したまでよ』
『は? 付与? え? 使えるのか!?』
『我は叡智の黒龍ぞ? 人間が使える魔法なんぞ、全て習得しておるわ』
『全て!?』
『と言うても、聖魔法だけは無理だったがの。それ以外ならば網羅しておるわ』
この世界の魔法は攻撃に特化したものから生活に密接したものまで様々だ。
それを全てとなると一体どれだけの魔法になるのか検討もつかない。
『あれ? 俺、とんでもないやつに関わっちまった?』
『とんでもないやつとは失礼な物言いだな』
この世界では普通、人間は一人につき一種類の魔法しか使えない。
稀に二種類か三種類の魔法を使えるものがいるが、そいつらは大抵が後に「英雄」や「賢者」と呼ばれるようになる。
たった二、三種類の魔法でそれなのだ。聖魔法以外の全てとなるともはや神の領域と言ってもいいのではないだろうか?
『なぁ? まさかとは思うが……氷刃は使えるか?』
『あぁ、ガクの翼に治らん傷を残した魔法か。当然使えるぞ?』
『あぁ……それ、親父の魔法なんだ……』
『そなたの父は、あそこでガクと戦ったか?』
手も足もないうずらの卵のようなシャンテだが、言わんとしていることが分かり頷いた。
『そうか。であれば誇れ! そなたの父はあのガクに傷を負わせたのだ! 我らの体は固く、並の魔法では傷すら負わぬ。その体に傷を付けたのだ。その功績は賞賛に値する! そんな父を持ったのだ! 誇れ!』
夢物語のように聞かされてきた母の言葉が蘇り胸が熱くなった。
今まで半信半疑だったが、父は凄い男だったのだ。飛龍の体に傷を付けられるほどの魔法が使える、凄い男だったのだ。
たまにしか帰ってこず、顔なんか写動紙でしか覚えていないが、大きな手で頭を撫でられたことだけは覚えている。
ゴツゴツとした大きな手だったがとても優しい手だった。
『親父……』
『……何の因果だろうか……我ら黒龍族の絶滅を救ったのは、そなたの父だったか……』
その後、シャンテはゆっくりと話し始めた。
シャンテ達黒龍族は知識欲が強く、他のことは比較的どうでもいいという学者気質な龍族で、子孫を残すことにも積極的ではなく、その数を減らしていった。
しかし、自らの体を卵に作り替え、そこから新しく生まれ直すことで前とは違う肉体を持ち、記憶は保持したまま種を減らさない方法を編み出し、絶滅を免れてきた。
シャンテには他の龍達にはない人間に化けられるスキルがあり、時折人間の姿になり人里に下りては人間のことを研究していたそうだ。
そうやって日夜自分達の知識欲を満たしながら生きていた黒龍族を青龍のガクが襲い始めた。
黒龍族の中に人間に化けられるものがいると聞きつけたガクは、その能力欲しさに手当り次第襲い始めたのだ。
瀕死の状態ながら生き延びたものをシャンテが卵に変え、世界各地に隠した。
いずれまた生まれてくるようにと。
その姿が国境付近で目撃され騒ぎになり、その騒ぎを聞きつけてガクが現れたそうだ。
ガクが同族殺しをしたのは、そのものの能力を奪うためだったらしい。
確実ではないが、稀に食うことでそのものの能力が引き継がれることがあるため、人間に化けられるシャンテを食うために追ってきていた。
だが、ガクは親父から受けた傷で翼に切れ目が入っており、本来飛龍が出せるスピードが出ず、運動能力的には青龍よりも劣るシャンテでも何とか逃げ延びることが出来、俺と出会ったというわけだ。
『我ら黒龍族が命からがら逃げ延びられたのも、ガクに本来の飛翼速度がなかったおかげだ。改めて礼を言う。そなたの父に我らは救われた。心から感謝する』
『親父、凄い人だったんだな……』
しんみりとした空気が流れていたのだが、その空気を壊すように俺の腹が鳴った。
『そういや、走り詰めだったもんな』
『食べ物はないのか?』
『あるぞ? そういや、シャンテは何も食わなくてもいいのか?』
『我か? 我は卵になっておるからな、食わなくても平気だ。だが、食うことは出来るぞ?』
『え? どうやって?』
そう尋ねると、卵に小さな口が出来た。
目鼻もなく口だけある卵というのは少々気持ちが悪い。
『スキル解除』
とりあえず人の姿に戻り、カバンからパンを取り出した。
少しちぎって卵の口元に持っていくと、パクッと食い付き、モグモグと咀嚼を始めた。
物を食う卵は実に奇妙だ。
『うむ……カッシュ麦に塩、砂糖が少し、リンリの実の酵母……少々発酵が足らんか? 酵母の出来が悪いようだな。そして、塩気が多いな』
「食っただけで材料まで分かるのか?」
『分かるぞ?』
さも当然のようにそう言ったシャンテ。
やはり俺はとんでもないやつと関わってしまったようだ。
あ、ちなみにカッシュ麦というのはこの国の主食となっている麦で、殻の状態での見た目は真っ黒いのだが、殻を剥くと中身は白く、それを粉にしてパンや麺などにして食している。
リンリの実はさくらんぼよりも一回り大きな赤い木の実で、そのままでは酸味が強すぎて食べられないのだが、加熱すると甘くなるためジャムなどにして食卓に並ぶほか、パン用の酵母の種として使用されたりしている。
うちの母親は酵母作りが下手なので、シャンテが言っていた「酵母の出来が悪い」というのは当たっているのだと思う。
酵母作りというか、料理全般が得意ではない人だったのだが……。
「本当だ……塩っぱいな」
まだ家を追い出されてそれほど時間が経っていないのだが、何だか母親が恋しいというか、懐かしく感じた。
一瞬光ったがその後は何の変哲もない見慣れたカバンを前に、うずらの卵にしか見えないシャンテがなぜかドヤ顔をしているような雰囲気を出している。
『え? 何かしたのか?』
『空間魔法と保存魔法をな、付与したまでよ』
『は? 付与? え? 使えるのか!?』
『我は叡智の黒龍ぞ? 人間が使える魔法なんぞ、全て習得しておるわ』
『全て!?』
『と言うても、聖魔法だけは無理だったがの。それ以外ならば網羅しておるわ』
この世界の魔法は攻撃に特化したものから生活に密接したものまで様々だ。
それを全てとなると一体どれだけの魔法になるのか検討もつかない。
『あれ? 俺、とんでもないやつに関わっちまった?』
『とんでもないやつとは失礼な物言いだな』
この世界では普通、人間は一人につき一種類の魔法しか使えない。
稀に二種類か三種類の魔法を使えるものがいるが、そいつらは大抵が後に「英雄」や「賢者」と呼ばれるようになる。
たった二、三種類の魔法でそれなのだ。聖魔法以外の全てとなるともはや神の領域と言ってもいいのではないだろうか?
『なぁ? まさかとは思うが……氷刃は使えるか?』
『あぁ、ガクの翼に治らん傷を残した魔法か。当然使えるぞ?』
『あぁ……それ、親父の魔法なんだ……』
『そなたの父は、あそこでガクと戦ったか?』
手も足もないうずらの卵のようなシャンテだが、言わんとしていることが分かり頷いた。
『そうか。であれば誇れ! そなたの父はあのガクに傷を負わせたのだ! 我らの体は固く、並の魔法では傷すら負わぬ。その体に傷を付けたのだ。その功績は賞賛に値する! そんな父を持ったのだ! 誇れ!』
夢物語のように聞かされてきた母の言葉が蘇り胸が熱くなった。
今まで半信半疑だったが、父は凄い男だったのだ。飛龍の体に傷を付けられるほどの魔法が使える、凄い男だったのだ。
たまにしか帰ってこず、顔なんか写動紙でしか覚えていないが、大きな手で頭を撫でられたことだけは覚えている。
ゴツゴツとした大きな手だったがとても優しい手だった。
『親父……』
『……何の因果だろうか……我ら黒龍族の絶滅を救ったのは、そなたの父だったか……』
その後、シャンテはゆっくりと話し始めた。
シャンテ達黒龍族は知識欲が強く、他のことは比較的どうでもいいという学者気質な龍族で、子孫を残すことにも積極的ではなく、その数を減らしていった。
しかし、自らの体を卵に作り替え、そこから新しく生まれ直すことで前とは違う肉体を持ち、記憶は保持したまま種を減らさない方法を編み出し、絶滅を免れてきた。
シャンテには他の龍達にはない人間に化けられるスキルがあり、時折人間の姿になり人里に下りては人間のことを研究していたそうだ。
そうやって日夜自分達の知識欲を満たしながら生きていた黒龍族を青龍のガクが襲い始めた。
黒龍族の中に人間に化けられるものがいると聞きつけたガクは、その能力欲しさに手当り次第襲い始めたのだ。
瀕死の状態ながら生き延びたものをシャンテが卵に変え、世界各地に隠した。
いずれまた生まれてくるようにと。
その姿が国境付近で目撃され騒ぎになり、その騒ぎを聞きつけてガクが現れたそうだ。
ガクが同族殺しをしたのは、そのものの能力を奪うためだったらしい。
確実ではないが、稀に食うことでそのものの能力が引き継がれることがあるため、人間に化けられるシャンテを食うために追ってきていた。
だが、ガクは親父から受けた傷で翼に切れ目が入っており、本来飛龍が出せるスピードが出ず、運動能力的には青龍よりも劣るシャンテでも何とか逃げ延びることが出来、俺と出会ったというわけだ。
『我ら黒龍族が命からがら逃げ延びられたのも、ガクに本来の飛翼速度がなかったおかげだ。改めて礼を言う。そなたの父に我らは救われた。心から感謝する』
『親父、凄い人だったんだな……』
しんみりとした空気が流れていたのだが、その空気を壊すように俺の腹が鳴った。
『そういや、走り詰めだったもんな』
『食べ物はないのか?』
『あるぞ? そういや、シャンテは何も食わなくてもいいのか?』
『我か? 我は卵になっておるからな、食わなくても平気だ。だが、食うことは出来るぞ?』
『え? どうやって?』
そう尋ねると、卵に小さな口が出来た。
目鼻もなく口だけある卵というのは少々気持ちが悪い。
『スキル解除』
とりあえず人の姿に戻り、カバンからパンを取り出した。
少しちぎって卵の口元に持っていくと、パクッと食い付き、モグモグと咀嚼を始めた。
物を食う卵は実に奇妙だ。
『うむ……カッシュ麦に塩、砂糖が少し、リンリの実の酵母……少々発酵が足らんか? 酵母の出来が悪いようだな。そして、塩気が多いな』
「食っただけで材料まで分かるのか?」
『分かるぞ?』
さも当然のようにそう言ったシャンテ。
やはり俺はとんでもないやつと関わってしまったようだ。
あ、ちなみにカッシュ麦というのはこの国の主食となっている麦で、殻の状態での見た目は真っ黒いのだが、殻を剥くと中身は白く、それを粉にしてパンや麺などにして食している。
リンリの実はさくらんぼよりも一回り大きな赤い木の実で、そのままでは酸味が強すぎて食べられないのだが、加熱すると甘くなるためジャムなどにして食卓に並ぶほか、パン用の酵母の種として使用されたりしている。
うちの母親は酵母作りが下手なので、シャンテが言っていた「酵母の出来が悪い」というのは当たっているのだと思う。
酵母作りというか、料理全般が得意ではない人だったのだが……。
「本当だ……塩っぱいな」
まだ家を追い出されてそれほど時間が経っていないのだが、何だか母親が恋しいというか、懐かしく感じた。
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