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旅の始まり

逃げる

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『とにかく我を連れてこの場を離れろ! スキルが発動したとて、今のそなたではあやつには勝てん!』

『で、でもよ、俺の荷物はどうすりゃいいんだよ!?』

 猫になって服も一緒に同化したのか、変化が解けても裸になる心配はなさそうだが、全財産と、少しの衣服と、一週間分の食料の入ったカバンは道に放置されている。

『カバンの紐を首に掛けてみろ』

 言われるままにカバンの紐を首に掛けると、カバンが見る間に縮み、背中にリュックのように収まってしまった。

『そなたの持ち物だと認識しておれば、スキルが発動している間はその体に合うように持ち物も変化する。それより早くこの場を離れよ! あと数分もせぬうちに、あやつが来る!』

『わ、分かったよ!』

 俺は猫の姿のまま走り出した。

 黒龍の卵は口にくわえている。

 走る猫の姿を見たことがなかったのだが、猫になって走ってみると、体が軽いし、人間の時よりも圧倒的に早い。

【猫は時速四十八キロで走ります】

 猫図鑑の最初の、猫の特徴が書いてあるページを思い出した。

 あの時はその速度がどれほどのものなのか全くピンと来なかったが、今、こうして体感しているのかと思うと、何だか少し感慨深い。

 聴力も上がっているようで、離れたところからバサバサと羽ばたき音が聞こえてきた。

『本当に近くまで来てるんだな、飛龍』

『気付かれたら執拗に追ってくる。気付かれる前に距離を稼げ!』

 しばらく走っていると、急に走る速度が上がった。

『な、何だ? 急に早くなったぞ!』

『スキルは成長する。ネコの姿で走っておるのだ、早くもなろうて』

『そ、そうなのか?』

『そういうものだ』

 よく分からないがそういうものらしい。

 しばらく走っていると、また速度が上がった。一定距離を走ると猫走行のレベルも上がっていくようだ。

 最初も早いと思ったが、今では更に早く走れていて、少し怖いくらいだ。

『まずいな。この場所で、今のそなたは目立ちすぎる』

 ほのかに光る道を、この世界では未知の生物である猫の俺が全力疾走している姿は確かに目立つだろう。

『まさかとは思うが、俺に、この道から外れろと言うんじゃないだろうな?』

『逆に聞くが、それ以外に何があると言うのだ?』

『俺に、あの真っ暗闇の中を走れと? ……あれ? 見える?』

 人間の時には真っ暗闇でしかなかった場所が、ぼんやりとした明かりを灯したように見えている。

【猫は暗闇の中でも活動出来ます】

 人間にとっては真っ暗闇でも、僅かな光源さえあれば、猫にとっては見えない世界ではない、ということだろうか?

 しかし、見えはするのだが、視界が悪い。

 近くのものを見る分には何ら問題はないが、遠くはぼやけてハッキリしない。

 猫は近眼なのだろうか?

 色味も人間の時と違うようだし、これは慣れるまで大変かもしれない。

『早うせんか! もうすぐそこまで来ておるぞ!』

 言われなくともその気配は感じている。

【猫の嗅覚は人間の数万から数十万倍です】

 犬よりは劣るが、猫の嗅覚もまた鋭い。

 バサバサとした羽ばたき音と共に、血の匂いが漂ってきているのを感じている。

『ええい! ままよ!』

 道を逸れて、草原へと足を踏み入れた。

『音で気付かれるんじゃないのか?』

『この時間は魔物も活動しておる。多少の物音ならば分からんだろう』

 草原を走っていても、やつの気配は感じ取れる。

『お前を追って来てるんだよな? お前の気配が分かるってことか?』

『今の我ならば、さすがのあやつでも、至近距離まで来なければ分からんよ』

『じゃあ、何も逃げる必要はないんじゃないのか? どこかでじっと身を潜めてやり過ごせばいいだけなんじゃないのか?』

『だが、万が一の可能性を考えれば、逃げた方が良いだろう?』

 ご尤もな話だ。

『そもそも何で狙われてんだよ?』

『我の変化のスキルを奪おうとしておるよの、あやつは』

『人間になれるやつか?』

 どうやらあれもスキルだったようだ。

『そなたと同じく、あれは我の固有スキル。龍族多しといえど、人に変化出来るのは我くらいなものでな。あやつはそのスキルを我から奪おうとしておるのよ』

『スキルって奪えるのかよ!?』

『我を吸収出来れば、恐らく』

『それって、確実じゃないのに狙われてるってことか?』

『そうだな。やってみなければ分からぬのに狙われておるな』

『嫌な予感しかしないんだが、あいつは人間になって……』

『そなたの予感通りよ。あやつは人間に変化して、人間の世界で殺戮を楽しもうと思っておるのよ』

『絶対奪わせちゃダメなパターンじゃねぇかよ!』

『じゃろ? だから逃げてくれ。我もあやつに吸収などされとうないからな』

 あんなやつが人間の姿で暴れまくったら、飛龍の襲来以上の惨劇になるだろう。

 何の備えもなく襲われる人々の姿が容易に想像が出来てしまい、身震いした。

 ひたすら草原を走っていると、おぞましい気配が複数、遠くからこちらに近付いて来るのを感じた。

『な、何かまた来てねぇか?』

『うむ……あれは、ガクの追っ手かの? 』

 恐らく黒龍を探してゆっくりと移動しているガクはまだ気付いていないのだろうが、恐怖を感じるピリピリした複数の気配がとんでもない勢いで迫ってきている。

 万が一戦闘にでもなって巻き込まれでもしたら、猫の俺なんて一溜りもない。

 それまでよりも必死に足を動かす。

 それに合わせるようにスキルも成長しているのか、更に速度が上がった。

 途中、今の俺と同じくらいの大きさのネズミ型魔獣「チューチル」が何匹か襲いかかってきたが、車に跳ねられたかのように呆気なく吹っ飛んでいった。



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