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大変なことになってしまった。

アリアンナは内心、頭を抱えいそいそと嬉しそうにアリアンナを着飾るハンナを見た。

「行きたくないわ。」

アリアンナの硬い声にハンナはおやおやと優しい顔をして頷く。

「まぁ、緊張なさってるのですね。大丈夫です。アリアンナお嬢様が一番可愛らしいですから。」
いや、そうでは無い。そうでは無いのよ。とアリアンナはちょっと酸っぱい様な顔をした。
「分かってるわ。公爵夫人からのお誘いですもの。お祖母様のお友達である前公爵夫人がわたくしの演奏を楽しみにしていらっしゃるって伺ってるし。」

王弟アレックスは騎士団長を務めていたが今は前公爵エリック・クレパルディの跡を継いで宰相になっている。魔物の氾濫で活躍した英雄が宰相となると聞いて誰もが畑違いだと思われた宰相職はしかし、全く遜色無く恙無く行われているらしい。
その王弟アレックスは愛妻家で、彼女が支持する音楽家や女優への援助を全て快く、むしろ嬉嬉として許しているのも有名な話しである。

その夫人は最近足を痛めた母である前公爵夫人キャサリンを元気づけたいと演奏会を開くらしい。

その演奏会の演奏者に、なぜ自分が選ばれてしまったのだろう?と繰り返す自問も理路整然と自分で答えを導き出しており、引き受ける以外に道は無いと理解すらしている。
既に詰んでしまっている状態だった。

今日は祖母レイチェルも一緒に向かう。前回は一度だって有り得なかった、母サフィリアと祖母レイチェルと三人で演奏会に参加する事になっている。

以前なら考えられない出来事だろう。
レイチェルは母サフィリアの事をろくに娘の面倒も見ない薄情な女だと言っていたし、母サフィリアは祖母レイチェルの事を一切、何一つ口には出さなかった。

それなのに……

「サフィリアさん、今日は涼しげで可愛らしいドレスをアリアンナに用意したのね。とっても趣味がいいわ。最近は昼間の社交の場に型を崩したワンショルダーのドレスで出席なさってる方も居るようですが、淑女たるもの、昼間のドレスと言うものは…」

祖母レイチェルは淑女たるもの。と言う言葉が好きだ。
先々代のジュリオ伯爵夫人に散々言われて来た言葉らしい。
昼間のドレスは伯爵家であれば露出がほとんど無いドレスが基本だ。(侯爵、公爵、王族になればまた違ってくるのだが。)
若い者は淡色やパステルカラーを、既婚者であれば濃い色味を。そして夜会や王宮での大舞踏会などでは目一杯の華やかさと気品を持って着飾らなければならない。

移動中の馬車内では祖母レイチェルが生き生きと淑女たるものを熱弁し、母サフィリアとアリアンナは知らなかった新事実などを有難く拾いながら中々有意義な時間を過ごし、あっという間にクレパルディ公爵家に到着した。

ああ、着いてしまってるわ!

アリアンナは馬車の扉が開くまで到着した事に全く気付いていなかった。
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