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どうやら私は時間を巻き戻して今この場にいるらしい。
「アリアンナ!なんて情けない演奏なの?!」
昨日の朝は血相を変えて母と様子を見に来た祖母は今、眉を釣り上げて私を見ている。
久々に聞く祖母の金切り声にアリアンナはピタリと演奏するのをやめた。
この曲はまだ子供の小さな手では鍵盤に指が届かない。
背の高いビアンカはこの頃既に大人に近い150cmの身長だった。手が大きく、指だって長い。ピアノを弾くにはぴったりの手をしている。
この小柄な子供時代が私は一番ビアンカと比べられて辛かったのを覚えている。
「お祖母様がいらっしゃると気が散りますわ。ハンナ」
アリアンナがハンナに目配せをするとハンナは任せろとばかりに祖母レイチェルをさぁさぁ、と笑顔で、そしてその剛腕で連れ去ってくれた。
「なぜ以前のわたくしはこんな簡単な方法を思いつかなかったのかしら」
以前ならきっと私は泣きじゃくり癇癪を起こしていたはずだ。そしてそんな私に激怒して祖母が更に罵声混じりに叱責する。
悪循環だった。
そんな祖母の過干渉が我が家で問題となったのは私が14歳で魔術師学園に通うようになって、スクールカウンセラーの聖女様が私の様子が学園が休みになる度酷く落ち着きが無く、休み明けは情緒不安定となるから気にかけてくださって。両親に知らせてくれたのだ。
父は領地と事業に忙しく母は義母と気が合わなかった為、祖母がこの屋敷に来てからはなるべく屋敷にいないようにしていたそうだ。
両親に物凄く謝られた。私は二人に見放されたくなくてずっと黙っていたのに。二人を散々なじって。また癇癪を起こしてしまった。
父は領地にいる祖父を呼び、事の次第を伝えて祖母を連れて帰る様に頼んでくれた。
祖母はあっさりと、しおらしく祖父と帰っていき。
祖父達は領地の別邸へと移り住んでくれる事になった。
祖母は祖父には絶対に逆らわないと父が言っていた通り祖母は祖父と揃って私に詫びて出ていった。
にわかには信じられない気持ちで祖母が帰って暫くはまたやって来るのではとビクビクしていたっけ。
けれどあの日確かに祖母は私にもう干渉しないわと言って、その通りになっていた。
おかげで私は祖母からの執拗な過干渉から解放されカウンセリングを受けながら少しずつ落ち着きを、まぁ多少かもしれないけれど取り戻す事が出来た。
アリアンナの祖母、レイチェルは元々は子爵家の令嬢で王宮で女官をして祖父を捕まえて、と言う経緯がある。その為、一通り以上の礼儀作法やダンスや音楽、絵画や、演劇などの技量や知識にも自信があった。
そんな祖母はアリアンナの家庭教師に難癖を付けて首にし、私はアリアンナの優しい祖母だから、可愛い孫の教育の為に王都に残っているのだ。と言ってこの屋敷に、祖父を領地に置き去りのまま、居座っていた。
昔は恐ろしく思っていたはずの祖母だが、なぜか今は全く怖くない。
この頃の私は確か日々祖母と口論をしては癇癪を起こしたり、無口になったり、イライラしたりと次第に情緒不安定となっていっていたはず。
もしかして、まだ情緒不安定になる前だったのかしら?私の精神が弱ってしまう前の時間軸にまで私は巻き戻ったのだろうか?
そんな私は祖母に癇癪を起こしつつもきっと祖母に認めてもらいたかったのだろう。
私は祖母に、この小さな手でも素晴らしい演奏が出来るんだと証明してやりたかった。
私だって祖母の自慢の孫娘だと言って貰いたかった。
きっとたぶんそういうこと。
私は祖母に聴かせたかったある曲を思い出し鍵盤に指を置く。
今なら、祖母にこの曲を聴いてもらいたいと現金にも思ってしまった。
ピアノ練習曲の第2章。聖女の癒し。
私は細やかな旋律を、か細く、優しい旋律を奏でていく。
全てを癒せないと絶望し、全てを愛せないと悲観し。
全ての人にでは無く、大切な人達を、大切なこの国を、大切なこの世界を癒したいと願う聖女の癒しを。
「アリアンナ!なんて情けない演奏なの?!」
昨日の朝は血相を変えて母と様子を見に来た祖母は今、眉を釣り上げて私を見ている。
久々に聞く祖母の金切り声にアリアンナはピタリと演奏するのをやめた。
この曲はまだ子供の小さな手では鍵盤に指が届かない。
背の高いビアンカはこの頃既に大人に近い150cmの身長だった。手が大きく、指だって長い。ピアノを弾くにはぴったりの手をしている。
この小柄な子供時代が私は一番ビアンカと比べられて辛かったのを覚えている。
「お祖母様がいらっしゃると気が散りますわ。ハンナ」
アリアンナがハンナに目配せをするとハンナは任せろとばかりに祖母レイチェルをさぁさぁ、と笑顔で、そしてその剛腕で連れ去ってくれた。
「なぜ以前のわたくしはこんな簡単な方法を思いつかなかったのかしら」
以前ならきっと私は泣きじゃくり癇癪を起こしていたはずだ。そしてそんな私に激怒して祖母が更に罵声混じりに叱責する。
悪循環だった。
そんな祖母の過干渉が我が家で問題となったのは私が14歳で魔術師学園に通うようになって、スクールカウンセラーの聖女様が私の様子が学園が休みになる度酷く落ち着きが無く、休み明けは情緒不安定となるから気にかけてくださって。両親に知らせてくれたのだ。
父は領地と事業に忙しく母は義母と気が合わなかった為、祖母がこの屋敷に来てからはなるべく屋敷にいないようにしていたそうだ。
両親に物凄く謝られた。私は二人に見放されたくなくてずっと黙っていたのに。二人を散々なじって。また癇癪を起こしてしまった。
父は領地にいる祖父を呼び、事の次第を伝えて祖母を連れて帰る様に頼んでくれた。
祖母はあっさりと、しおらしく祖父と帰っていき。
祖父達は領地の別邸へと移り住んでくれる事になった。
祖母は祖父には絶対に逆らわないと父が言っていた通り祖母は祖父と揃って私に詫びて出ていった。
にわかには信じられない気持ちで祖母が帰って暫くはまたやって来るのではとビクビクしていたっけ。
けれどあの日確かに祖母は私にもう干渉しないわと言って、その通りになっていた。
おかげで私は祖母からの執拗な過干渉から解放されカウンセリングを受けながら少しずつ落ち着きを、まぁ多少かもしれないけれど取り戻す事が出来た。
アリアンナの祖母、レイチェルは元々は子爵家の令嬢で王宮で女官をして祖父を捕まえて、と言う経緯がある。その為、一通り以上の礼儀作法やダンスや音楽、絵画や、演劇などの技量や知識にも自信があった。
そんな祖母はアリアンナの家庭教師に難癖を付けて首にし、私はアリアンナの優しい祖母だから、可愛い孫の教育の為に王都に残っているのだ。と言ってこの屋敷に、祖父を領地に置き去りのまま、居座っていた。
昔は恐ろしく思っていたはずの祖母だが、なぜか今は全く怖くない。
この頃の私は確か日々祖母と口論をしては癇癪を起こしたり、無口になったり、イライラしたりと次第に情緒不安定となっていっていたはず。
もしかして、まだ情緒不安定になる前だったのかしら?私の精神が弱ってしまう前の時間軸にまで私は巻き戻ったのだろうか?
そんな私は祖母に癇癪を起こしつつもきっと祖母に認めてもらいたかったのだろう。
私は祖母に、この小さな手でも素晴らしい演奏が出来るんだと証明してやりたかった。
私だって祖母の自慢の孫娘だと言って貰いたかった。
きっとたぶんそういうこと。
私は祖母に聴かせたかったある曲を思い出し鍵盤に指を置く。
今なら、祖母にこの曲を聴いてもらいたいと現金にも思ってしまった。
ピアノ練習曲の第2章。聖女の癒し。
私は細やかな旋律を、か細く、優しい旋律を奏でていく。
全てを癒せないと絶望し、全てを愛せないと悲観し。
全ての人にでは無く、大切な人達を、大切なこの国を、大切なこの世界を癒したいと願う聖女の癒しを。
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