上 下
2 / 55

2

しおりを挟む
どうやら私は時間を巻き戻して今この場にいるらしい。

「アリアンナ!なんて情けない演奏なの?!」

昨日の朝は血相を変えて母と様子を見に来た祖母は今、眉を釣り上げて私を見ている。


久々に聞く祖母の金切り声にアリアンナはピタリと演奏するのをやめた。

この曲はまだ子供の小さな手では鍵盤に指が届かない。
背の高いビアンカはこの頃既に大人に近い150cmの身長だった。手が大きく、指だって長い。ピアノを弾くにはぴったりの手をしている。

この小柄な子供時代が私は一番ビアンカと比べられて辛かったのを覚えている。

「お祖母様がいらっしゃると気が散りますわ。ハンナ」

アリアンナがハンナに目配せをするとハンナは任せろとばかりに祖母レイチェルをさぁさぁ、と笑顔で、そしてその剛腕で連れ去ってくれた。

「なぜ以前のわたくしはこんな簡単な方法を思いつかなかったのかしら」

以前ならきっと私は泣きじゃくり癇癪を起こしていたはずだ。そしてそんな私に激怒して祖母が更に罵声混じりに叱責する。

悪循環だった。

そんな祖母の過干渉が我が家で問題となったのは私が14歳で魔術師学園に通うようになって、スクールカウンセラーの聖女様が私の様子が学園が休みになる度酷く落ち着きが無く、休み明けは情緒不安定となるから気にかけてくださって。両親に知らせてくれたのだ。

父は領地と事業に忙しく母は義母と気が合わなかった為、祖母がこの屋敷に来てからはなるべく屋敷にいないようにしていたそうだ。

両親に物凄く謝られた。私は二人に見放されたくなくてずっと黙っていたのに。二人を散々なじって。また癇癪を起こしてしまった。

父は領地にいる祖父を呼び、事の次第を伝えて祖母を連れて帰る様に頼んでくれた。

祖母はあっさりと、しおらしく祖父と帰っていき。

祖父達は領地の別邸へと移り住んでくれる事になった。


祖母は祖父には絶対に逆らわないと父が言っていた通り祖母は祖父と揃って私に詫びて出ていった。
にわかには信じられない気持ちで祖母が帰って暫くはまたやって来るのではとビクビクしていたっけ。

けれどあの日確かに祖母は私にもう干渉しないわと言って、その通りになっていた。
おかげで私は祖母からの執拗な過干渉から解放されカウンセリングを受けながら少しずつ落ち着きを、まぁ多少かもしれないけれど取り戻す事が出来た。

アリアンナの祖母、レイチェルは元々は子爵家の令嬢で王宮で女官をして祖父を捕まえて、と言う経緯がある。その為、一通り以上の礼儀作法やダンスや音楽、絵画や、演劇などの技量や知識にも自信があった。

そんな祖母はアリアンナの家庭教師に難癖を付けて首にし、私はアリアンナの優しい祖母だから、可愛い孫の教育の為に王都に残っているのだ。と言ってこの屋敷に、祖父を領地に置き去りのまま、居座っていた。

昔は恐ろしく思っていたはずの祖母だが、なぜか今は全く怖くない。
この頃の私は確か日々祖母と口論をしては癇癪を起こしたり、無口になったり、イライラしたりと次第に情緒不安定となっていっていたはず。

もしかして、まだ情緒不安定になる前だったのかしら?私の精神が弱ってしまう前の時間軸にまで私は巻き戻ったのだろうか?

そんな私は祖母に癇癪を起こしつつもきっと祖母に認めてもらいたかったのだろう。
私は祖母に、この小さな手でも素晴らしい演奏が出来るんだと証明してやりたかった。
私だって祖母の自慢の孫娘だと言って貰いたかった。

きっとたぶんそういうこと。

私は祖母に聴かせたかったある曲を思い出し鍵盤に指を置く。

今なら、祖母にこの曲を聴いてもらいたいと現金にも思ってしまった。

ピアノ練習曲の第2章。聖女の癒し。

私は細やかな旋律を、か細く、優しい旋律を奏でていく。
全てを癒せないと絶望し、全てを愛せないと悲観し。
全ての人にでは無く、大切な人達を、大切なこの国を、大切なこの世界を癒したいと願う聖女の癒しを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

【長編版】デブ呼ばわりするなら婚約破棄してくださいな

深川ねず
恋愛
「お前のようなブスと結婚してやったんだから」  これが口癖のモラハラ夫に刺し殺されて転生したら、今度はおデブな公爵令嬢になっていました。  美しい両親に将来の美貌は約束されたも同然だと安心していたら、初めて参加したお茶会で出会った王太子殿下にデブ呼ばわりされ、一念発起。  リシュフィ・レストリド。ダイエットします!  そうして厳しいダイエットに励んだ私だったが、数年後に再会した王太子殿下の婚約者にされてしまうことに。  こんなモラハラ予備軍と結婚なんて前世の二の舞!  絶対絶対、嫌だ──────っ!!  婚約破棄希望の令嬢と、なにかと残念な王太子殿下のお話です。  本編完結済みです。  ※  以前に投稿した短編『デブ呼ばわりするなら婚約破棄してくださいな』の長編版になります。  短編を投稿することは現在投稿ガイドラインに触れるとのことで非公開とさせていただきました。  小説家になろう様の方では公開しておりますので、お手数ですがもしもご興味を持っていただけたらそちらへお越しいただければと思います。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

断罪イベント? よろしい、受けて立ちましょう!

寿司
恋愛
イリア=クリミアはある日突然前世の記憶を取り戻す。前世の自分は入江百合香(いりえ ゆりか)という日本人で、ここは乙女ゲームの世界で、私は悪役令嬢で、そしてイリア=クリミアは1/1に起きる断罪イベントで死んでしまうということを! 記憶を取り戻すのが遅かったイリアに残された時間は2週間もない。 そんなイリアが生き残るための唯一の手段は、婚約者エドワードと、妹エミリアの浮気の証拠を掴み、逆断罪イベントを起こすこと!? ひょんなことから出会い、自分を手助けしてくれる謎の美青年ロキに振り回されたりドキドキさせられながらも死の運命を回避するため奔走する! ◆◆ 第12回恋愛小説大賞にエントリーしてます。よろしくお願い致します。 ◆◆ 本編はざまぁ:恋愛=7:3ぐらいになっています。 エンディング後は恋愛要素を増し増しにした物語を更新していきます。

処理中です...