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小さな村ディゲル

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森を抜け、漸く見えた人里。勇者軍は目的地の『フォレストシャドー・ヴォルプ・キャニオン』と呼ばれる大渓谷の最奥、この世界の最北端を目指し、大渓谷の中腹にあるヴォルプ王国の小さな村、ディゲルに着いた。

歩きっぱなしである下級兵や下っ端冒険者達はこの大渓谷に入ってからずっと魔物との戦いの最前線に立ち、彼らが魔物の相手をしている間に勇者を乗せた馬車が上級兵士や高ランク冒険者達を引き連れて先に進む、と言う流れで来ていた。

普通逆だろ!と突っ込みたかったアユミだったが、なぜか目を輝かせて嬉々として魔物と戦う下っ端仲間達の姿に、まぁいっかぁ、と口を噤んだのだった。

そんな彼らに、さぞ疲労困憊だろうと厭らしい笑みを浮かべた上級兵士達が目を向けたのだが。
彼らにはまるで疲労の色が見られない。それどころかなんだかイキイキしてる様にすら見える下級兵達や下っ端冒険者達の様子にニマニマとした笑みが消え、困惑した顔になっている。

彼らは知らない。
アユミの持つ【奇跡の強制成長】が知らぬ間に発動していたことを。アユミの下っ端仲間達に対する仲間意識が無意識に力を発動させ、彼らの成長速度を上げてしまっていた事を。

もちろんアユミは途中で、ありゃ?と勘づいていたが、まぁいいかと今日も楽しげにアランをからかっていた。

そんな訳で、アユミに自分と同じ下っ端仲間だと認定されてしまった彼らは、日を追うごとに強く逞しくなり、出発した頃とは比べ物にならないくらいの化け…強者へと変貌を遂げていた。

アユミ調べによれば、このチート能力、かなりのモノだった。
アユミが気に入るだろう人間性の人にか発動していない。
上級兵士に取り入りたくてアユミを初めとする女冒険者の情報をリークしたり、卑下た脳みそをお持ちの胸糞な物には発動しない仕組みの様だ。なんたるご都合チートだとアユミは一応この能力については神に感謝した。

まぁ、それは置いておいて。明らかに成長速度がおかしいアユミの下っ端仲間達だが。

一年以上、間もなく二年になろうかと言う間、歩きっぱなしである雑魚共であったはずの下級兵士は今や立派な手練の兵士に変貌を遂げていた。なんせ、巨大な魔物を担いで駆け抜けているのだから。アレはかなりの重さだ。
そして、馬よりも重い魔物を担いだ兵士が、馬よりも早く走っても息を乱さない姿を上級兵士達が呆然と見送っている。

更には、Bランクの魔物を易々と仕留めてしまう下っ端冒険者などを目の当たりにし、ぎょっと目を剥く高ランク冒険者や上級兵士達。

ここまでずっとバルディ指揮官補佐が先頭集団を率いて探査に引っかかった魔物の討伐に出陣する部隊に指示をしていたが、魔物が溢れる大渓谷ではバルディ指揮官補佐や第一部隊の面々が指示を出したりしていた。
その指示に従い、アユミ達下っ端仲間が狩り、箱馬車に乗った勇者は騎馬兵である上級兵士に守られながら先を急ぎ、そんな彼らを守るはずの高ランク冒険者達は面倒な討伐などは下級兵や下っ端冒険者達に丸投げ。

そんな感じで今の今まで下っ端達は散々こき使われてきたはずなのに、これまで一人の脱落者も無く、且つ、明らかに自分達よりも異常な程強くなっている様子に驚きを隠せない、と言った表情だ。

普通の兵士が五人でやっとという強さの魔物と戦い、「よっしゃ、これで五体!俺の勝ちな!」などと、ちょっと脳筋な下っ端仲間の若手冒険者が魔物の討伐数争いを始めた。そんな道中の彼らの様子に、そろそろこの事態が異常な事だと気付いたのだろう。

 そんな、道中の勇者軍の様子を思い出しながらアユミはすぐ側で挨拶をしだした老人に目をやった。

「ディゲルの村長をしとります。メーダと申します。皆様にお立ち寄り頂けて大変光栄でございます!小さな村ですから大したもてなしは出来ませんが。夜には歓迎の宴を、簡単ではごさいますが準備させております。勇者様並びに聖女様がいらっしゃるのを、心待ちにしておりました。」

指揮官補佐のバルディが村長に軍を代表して話をしだした。

顔色の悪い村長はまるで縋るように箱馬車に目をやり、そこに乗って居るだろう聖女の癒しを切望している様にみえる。

けれど、そんな村長の耳に、バルディが簡単に聖女が力を失い国へ戻されたと言う話をした様だ。

途端に村長から表情が抜け落ちた。
「………そ、そんな」
実はこの村、瘴気による病に侵された村だった。
村人の半数が病に倒れ、その内老人や子供と言う体力が無い弱い者から重症化して死んで行った。

この病が発症したのは、ちょうどフォレストシャドー・ヴォルプ・キャニオンの奥地にヒュドラーが現れたと騒ぎになった辺りからだ。

現在ヒュドラーは近隣周辺国の最高位に位置する魔術師達でフォレストシャドー・ヴォルプ・キャニオンの最北端の森をヒュドラーを囲う様に結界を張り、何とかヒュドラーを押しとどめて封じ込めているのだが。
いつまでも持つわけが無い。

事実、結界が弱まり、結界から漏れ出したヒュドラーの禍々しい魔力は土から侵され、じわりじわりと侵食し、広がって行った。この村の村人は土から上がった瘴気を含んだ淀んだ空気に晒され、病に陥ったのだ。 

だからこそ、勇者軍が討伐に乗り出したと知り、ディゲルを通過すると聞いた村長メーダは、噂の聖女様の力に縋れると歓喜した。首を長く長くしてずっと縋るように待ち望んで居たのに。

「………聖女…様が…力を失った…」

愕然とするメーダ。そんな会話を聞いていたアユミとベラは二人でメーダに視線をやり、頷く。
失礼しますと小さく言って、前例に割り込んだアユミは驚く指揮官補佐を無視して村長に話しかけた。

「失礼ですが、もしや、治癒魔法を施して貰いたい方が、いるんじゃありませんか?」
「……え、ええ。…そうなんです。ですが、この病は街の治癒師の先生にも治せない厄介な病気でして」

絶望に打ちひしがれ、表情の抜け落ちた村長が途方に暮れた顔をアユミに向けた。

「その病気の方が居る場所に案内してもらえませんか?もしかすると私達の治癒魔法が効く可能性もありますし」
「そう言って頂けるなんて、ありがとうございます!」

いくらか希望を抱いたらしい村長が「こちらです、どうぞお願いします」と歩き出した。
村長に連れられて訪れたのは小さな民家だ。小さく狭い室内には小柄な女性が眠っていた。

その身体には無数の痣があった。丸くどす黒い痣。まるで黒い液体が皮膚の中に潜り込んだ様な薄気味悪い痣は女性の顔がわからないほど侵食しており、アユミはあまりの状態に息を呑む。こんなに酷いとは思っても見なかった。

「メディカルサーチ」
アユミの目に写ったそれは、真っ黒な瘴気がうにょうにょと動き、まるで生き物の様に見えた。
そんな薄気味悪いソレもアユミの聖なる光魔法の光が放たれると、ジュワジュワと蒸発する様に縮みだした。

「………っ、はっ、…くぅ」

ベッドの上で悶え、息もたえだえにビクビクと震え出した女性を呆然と見ていた村長はオロオロとベッド周りを右往左往するばかり。アユミの聖なる光魔法は万能だけど加減が出来ない。
先程まで血の気の失せた顔で寝ていた女性が目を開ける。血色が良くなった顔を見て村長は「アメリー!ああ良かった!」と女性に抱きついている。

「……え?まさか、お父さんなの?」
「何を言っている。当たり前じゃないか。」

きょとんとした顔を向けてくる村長に暫し目を白黒していた娘さんらしき人は、その後「お父さんが若返ってる。ふさふさだった」と何度も呟いていた。
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