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第40話  異世界の風の勇者は恥ずかしがりだった

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「マモル! 大丈夫?」

 俺は血で汚れ、焦げていた服のまま、屋敷に戻るとノアールが心配そうに声をかけてきた。
 ノアールの言葉を聞いて、ネーラも出てきた。
 俺は先ほど屋敷を尋ねてきた女性が実は火の勇者炎夏だったこと。その炎夏にとどめを刺そうとしたところに、光の勇者信長に邪魔をされたことを話した。その信長が以前、魔王城に行くときにサブロウだったと言うことも含めて。

「それで光の勇者はどうなったニャ?」

 俺の話を聞いてネーラが尋ねて来た。
 情報収集課として光の勇者の事を知ってるネーラは尻尾を股の間に巻き付けて、猫耳をぺたんとたたんで震えていた。

「ああ、信長は自分でどこかの世界に転移していったよ」
「うそニャ!」

 俺は自分で言いながら信じられない気分だった。あのおっさんは何がしたかったんだろうかと、首をかしげる。

「じゃあ、残りの勇者はマモルだけかニャ?」
「いや、風の勇者が残っている」

 俺は緑色の長い髪をポニーテールにまとめた、中性的で冷たそうな顔を思い出していた。
 ノアールとメイを助け出したときに、鏑矢を正確に打ち込んできた弓の名手。
 その上、ナビちゃんでも感知できない隠匿能力。
 完全なスナイパー。

『マモル! 矢が来ます!』

 ナビちゃんの警告に、反射的にコンバットスーツを身につけると、湖の向こうから矢が、俺にめがけて一直線に飛んできているのが分かった。
 俺はその矢を掴んで、飛んできた方を確認したが、湖面には数十匹の水鳥がいるだけだった。

「ナビちゃん、矢はどこから飛んできた?」
『湖の向こうからです』

 湖の向こうに人がいたとしても米粒だ。あんな所から狙ってきたのか?

「マモル、その矢に何かついているわよ」
「ナビちゃん、警戒態勢」

 ノアールの言葉に、俺は握りしめていた矢を見ると、そこには紙が結ばれていた。
 矢文?
 紙を開いてみるとそこには文字が書かれていた。

『ボクを呼んだ?』
「は?」

 思わず、声が出た。
 え!? 聞こえている距離にいる?
 こんな距離から正確に矢を射ることが出来るのは、風の勇者ぐらいのものだろう。
 試してみるか。

「風の勇者! いるなら出てこい」

 俺の言葉に返事をするように、湖の向こうから矢が飛んできた。
 そして同じように手紙がついていた。

『ボクの名前は、クリスです』

 クリス? 風の勇者の名前か? どういうつもりだ?
 俺にはクリスの意図が、不明だった。考えても分からないなら、聞いてみるのが一番だ。

「どういうつもりだ!? クリス」

 俺の言葉に応えるように、また、矢が飛んできた。

『きゃー! きゃー! いつも見てるマモルくんが、ボクの名前を呼んでくれた! 嬉しい! 嬉しい! それで何が聞きたいの?」

 あの冷静な風の勇者とは思えない、ハートが飛びかうような文字が躍っていた。
 いつも見ている? もしかして監視されているのか? その割には炎夏や信長と戦っているときには、何も手出しをしてこなかったな。俺と戦う気はないのか?
 矢文の文字からは、悪意は感じられなかった。
 俺は思いきって、クリスの話を聞いてみようと決心した。

「クリス、君と話がしたい。出てきてくれないか」

 俺は思い切って湖に向かって叫ぶと、また矢が飛んでくるか警戒していると、声が飛んできた。

「……マモルくん、話ってなに?」

 声は俺の後ろからだった。
 
『マモル、後ろの屋敷の陰に2人の反応が現れました』
「現れた!?」
『現れたとしか表現できません』

 ナビちゃんに確認しながら、声がする方を振り向くと、屋敷の陰からこちらを冷たく睨んでくる風の勇者がいた。
 そして、その後ろで背の高い女性が同じようにこちらを睨んでいた。
 クリスと同じような緑の髪はショートボブで活発そうな女性。
 その女性を見てノアールが声をかける。

「アイレお姉様!」

 ノアールがお姉様と言うことは、彼女は王女の一人、風の王女アイレか。
 俺はとりあえず、アイレを無視してクリスに話しかける。

「クリス、六人いた勇者はもう、俺とお前だけになったが、これからどうする?」
「ど、ど、ど、どうするって?」
「この場で戦うかって聞いているんだよ」

 俺は警戒態勢のまま、クリスに問いかける。

「え! なんでボクがマモルくんと戦わなくちゃいけないのさ」

 敵意はないことを確認して俺はほっとした。
 しかし、疑問が残った。

「じゃあ、なんでさっき、矢を射ってきた?」
「だって、ボクの事を呼んだから、何か用事があるのかと思って……今まで、ボクの話をしたことなかったでしょう」

 そう言えば、これまでクリスの話をしたことはなかった、と言うか、もしかしてこいつは、ずっと俺のことを監視していたのか? 俺が国王の前から逃げ出してからもずっと?
 何の為に?

「なあ、もしかして、俺のことをずっと監視していたのか? 王に頼まれて」
「監視だなんて……ただ、見ていただけだよ。それに王になんて頼まれていないよ」
「じゃあ、なぜ、俺を見ていたんだ?」
「……好きだから」

 そう言って、気の強そうなクリスは恥ずかしそうに建物の陰に隠れた。

「はぁ? 俺はそんな趣味はないぞ!」
「え! そんな……」

 俺の言葉に蚊の鳴くような声で俺に許しを請う。
 しかし、そうはいっても俺はホモではない。中性的な美形とは言え、男は勘弁して欲しい。
 戸惑っている俺の目の前に、クリスが押し出されるように現れた。

「お姉様、ふぁいとです」

 建物に隠れたままのアイレがクリスにエールを送る言葉が聞こえた。
 え!? いま、なんて言った?
 俺はびっくりしてクリスに問いかける。

「お、お姉様!? おまえ、女なのか?」

 俺の言葉にクリスは戸惑いと悲しみを混ぜたような顔になり、こくりと頷く。
 冷静に考えれば、別に勇者が男だとは決まっていない。
 今までの勇者が全て男だったため、クリスも男だと思い込んでいた。
 そう言われてクリスをよく見ていると女性に見えてきた。
 しかし、高い背丈、すらりとした胸のない、モデル系の体格と中性的な顔つきは男性と間違えてもおかしくなかった。

「男と間違えて、悪かった。しかし、俺はお前の気持ちに応えられないぞ」
「何で……そう、そうよね。そこらにいるメスハエが邪魔するからだよね」
「なんだ、やる気かニャ!?」

 弓を構えたクリスに対して、ネーラは戦闘態勢を取った。
 いやいや、ネーラさん、俺でも勝てるか分からない風の勇者に対して喧嘩を売って、勝てると思ってるのですか?
 駄目だ。絶対にネーラがハリネズミになる。
 そうかといって、俺も風の勇者とやり合うにはエネルギーが心許ない上に、炎夏にやられた傷も完全には癒えていない。
 なんとか戦闘は避けないと。そう思ったとき、戦いを止める声が響いた。
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