上 下
18 / 47

第18話 兎獣人シェリーの早とちり

しおりを挟む
 その声に引っ張られるかのように五人の獣人は、広い風呂場へ案内される。
 一般の家ではフロ桶に湯を張り、流す、洗う、流して終わりである。田舎では川や井戸の水で体を流すだけというところも少なくない。人が湯船に浸かれるのは貴族でない限り、大衆浴場になる。それを風呂好きのクリスが無理を言って作った自慢の風呂である。ゆったりと入りたいという願望もかなえるべく、五人で入っても問題ない大きさである。

「体を良く洗ってから、湯船へ」

 クリスが手短に説明すると脱衣所から出て行ってしまう。
 奴隷商につかまっているときにも、濡れた布で毎日体を拭くことを命じられていた。それはあくまで義務として体を清潔に保ち、商品価値を落とさないための処置だった。今のように体を温め、心を癒やす為ではなかった。
 持ち主が変わっただけなのかもしれない。それでも、これの対応を考えると、これまでよりはかなりマシなのではないかとシェリーは、湯船にゆっくりと浸かりながら考えていた。

「シェリー姉ちゃん!」

 そんな心地よい時間を引き裂くように狸獣人の男の子アラフルが、泣きそうな声で脱衣所から戻ってきた。

「どうしたの? そんなにあわてて」
「服がないよ。僕のだけでなくお姉ちゃんたちのも全部!」

 ああ、やはりそうかとシェリーは、なんとなく納得した。
 世の中に対価のないものなどない。助けてもらって、何もないわけがない。ただ、あれだけのイケメンたちでも、結局は男なのだと逆に感心する。人数は五人ずつだが、狸獣人のアラフルは子供の上、男の子だ。そして、おそらくあのやくざのような男は誰も相手したがらないだろう。

「五人くらいはどうにかなるかな?」

 もしかしたら普通でないことを強要されるかもしれない。それでも命までは、とられないだろう。
 シェリーは意を決して湯船からあがる。
 アラフルや他の獣人にまだお風呂に入っているように言い残すと、用意されているバスタオル一枚だけを体に巻きつける。そして、先ほどガドランドたちがいるリビングへ行く。髪の毛はまだ濡れたままで。

「助けていただいたお礼は、私一人でしますので、他の子たちに手出しないで下さい!」

 ドアを開けるなり、シェリーはそう宣言するとバスタオルを落とし、一糸まとわぬ姿になる。暖かなお湯で紅潮させ、湯気をあげている裸体を晒す。
 ガドランドをはじめ、ロレンツとウェインが驚いた顔でシェリーを見る。

「どうしたんですか? そんな格好をしていると風邪を引きますよ」

 そう言って、落としたバスタオルを紳士的にシェリーにかけるウェイン。

「燃え上がってるなら、俺が相手してやるよ。お嬢さん」

 そう言ってプレイボーイのようにウィンクを投げかけるロレンツ。

「お、お、お、女の子がそんなことするんじゃ、ありません!!」

 真っ赤になって手で目を覆い、横を向くガドランド。
 思っていたのと、まったく違う男たちの反応に逆に戸惑うシェリー。
 そこに玄関から元気な声が響いてくる。

「ただいまー。宿の手配と新しい服買って来たよーって何してるの? また、ロッさんが女の子に手を出してるの?」

 ルカが子供用も含めて五人分の服を手に戻ってきた。
 その口ぶりから、ロレンツが普段から女性に手を出していることが分かる。

「おい、人聞きの悪いことはやめてくれよ。据え膳食わねば騎士の恥って言うだろう。まあ、俺は魔法使いだけどな。このお嬢さんの方から誘ってきたんだぜ」

 ロレンツがルカに言い訳をしていると奥のドアが開き、クリスが現れる。

「ロレンツ、洗濯」

 ここに来てシェリーは自分の勘違いに気がついた。
 服がなかったのは洗濯をしてくれていたからだった。その上、新しい服まで用意をしてくれていた。
 男たちの反応を見ても、ただシェリーたちを助けてくれただけのようだった。
 自分の短絡的な行動に恥ずかしくなり、真っ赤になってルカから新しい服を受け取ると、あわてて風呂場に戻っていった。

 誤解の解けた獣人たちは、新しい服に着替えてルカの手配した宿に移動する。
 各々の故郷に戻れるように路銀も渡された。
 当然、これらの金はあの魔獣屋でルカが盗んだ物のため、ルカの懐は痛くもかゆくもなかった。

「何から何まで、本当にありがとうございます。でもなぜ、見ず知らずの私たちにこんなことをしてくれるのですか?」

 対価も要求されないルカたちの好意に不安を覚える。

「まあ、気にしないでいいよ。ガーさんならこうするだろうなっていうことをしただけだから。だから他のみんなも、何も言わなかったでしょ」
「あの人が……」

 どう見ても生まれながらに悪人のような顔つきの男性の顔を思い出す。その顔を思い出すだけで、不安と恐怖が走る。

「それに……」
「それに?」

 ルカは他の三人と違い、ガドランドに出会う前までは、盗賊団の一団として犯罪に手を染めていた。生きる為とはいえ、過去の悪事は取り消せない。ただ未来の善行で過去の罪を償うしかない。ガドランドの弟子の一人として、他の三人と肩を並べるためにも、ルカは自分のできる正しいと思うことをやるしかないと考えている。しかし、それはあくまでルカ自身の問題であり、他のだれかに言う問題でもない。ましてや、彼女たちに関係がある話でもない。

「こんなかわいい子たちに助けを求められたら断れないでしょ。それじゃあ、道中気をつけてね。もう悪い連中につかまらないようにね」

 そう言ってルカは、元奴隷だった獣人たちと別れて帰路についたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、 帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。 性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、 お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。 (こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...