上 下
5 / 47

第5話 アマンダの借金

しおりを挟む
「おいこら、本当に心当たりがないのか? あれだけの人数が出てきてんだ。肩がぶつかったとかそんなもんじゃねえだろう。よく考えてみろ!」

 テーブルをバンと叩き、美しい金色の目を細める。怒った顔も思わず見惚れてしまうワイルド系魔法使いロレンツはアマンダをにらみつけると、吹けば飛びそうな細身のアマンダは一瞬、ビクっと体をこわばらせて目を伏せた。

「おいおい、ロレンツ。そんなに声を荒立てたら、怖がるだろう。すみませんね。アマンダさん」
「でも、おっさん……」

 ガドランドは優しい口調でロレンツをたしなめる。口調は優しいながらも反論を許さない目つきだった。その眼力にロレンツは黙っているしかなかった。

「しかし、師匠。ロレンツの言うことも、もっともですよ。それこそ理由もなく、あれだけの人間が襲ってきたとなると、明日から彼女はこの街に居られませんよ」

 紺色の髪をした正統派ハンサムのウェインが、シュンとなったロレンツに味方する。二人から言われると流石のガドランドも困ってしまった。

「それもそうだな。でも、お嬢さんは身に覚えがないと言ってるしな」
「……もしかしたら」

 ガドランド達のやりとりに、それまで目を伏せていたアマンダが控えめに口を開く。

「やっぱり、心あたりが!」
「ロレンツ、ちょっと口を閉じなさい」

 今度はウェインがロレンツを黙らせ、アマンダの言葉を待つ。

「実は私……ちょっと借金があって……でも、ちゃんと月々の返済はしているのですよ」
「借金ですか。それはどれくらいですか? いや、言いたくなければ、いいんですよ」

 ガドランドはついつい、訊いてしまった。
 ロレンツがまた何か口を挟もうとしたが、先程から二人に注意をされて、躊躇する。

「これくらいです」

 アマンダははっきりと言葉にするのを避けて、すらりと伸びて綺麗に手入れされた指を二本立てる。

「二百万マルですか?」

 マルはこの世界の通貨単位。
 ちなみに昨夜、ガドランドたち五人が、居酒屋で飲み食いして合計三万マルくらいだった。
 ガドランドの言葉に首を横に振り、申し訳なさそうに答える。

「……二千万マルです」

 二千万マル、一軒家が買える金額だ。そんな額の借金をしているとアマンダは言ったのだった。その金額を踏み倒したのならば、あの人数がこの女性を探していたのは理解できる。しかし、なぜそんな額を借りたのだろうか? ガドランドはそんな気持ちが素直に口から出た。

「結構な金額ですね。何に使われたんですか? ああ、言いたくなければ大丈夫ですよ」

 どこまでプライベートに踏み込んでいいのか悩むガドランドだが、女性が困っていると放っておけない。

「実は、私……孤児院の支援をしていまして、そこで……でも、分割ですが、ちゃんと返済しているのですよ」

 その美しい漆黒の瞳をうるわせて訴える。自分を信じて欲しいとその瞳は訴えていた。

「事情はわかりましたが、支援などと言うものは借金をしてまで行うものではないでしょう」

 生真面目なウェインはたしなめるように正論を言い放つと、アマンダはウェインを一瞬見たあと、泣き崩れた。

「私にも、それはわかっています。わかっていますが、仕方がなかったのです。あああぁぁぁーーー」

 泣き崩れるアマンダを置いて、ガドランドは一人で静かに部屋を出て行ってしまった。
 リビングには泣いている女性と男が二人。
 アマンダがひとしきり泣き、冷静さを取り戻した頃、ガドランドがリビングに戻ってきた。手には大きな革袋を持って。それをテーブルの上に置くと、革袋はジャラっと金属が擦れる音がした。

「二千万マルあります。持って行ってください」
「え⁉」
「おっさん!」
「師匠!」

 ガドランドの言葉にアマンダだけでなく、二人の弟子も声を上げる。

「いいのですか?」
「良いわけねえだろう! おっさん、こんな事して、ルカに怒られるぞ!」
「師匠。今日、たまたま助けた女性にここまでする理由はないですよ。暴漢から救っただけで十分です。借金に関しては彼女の問題です」
「そうですよね。こんな大金……」

 美しい女性が力なくうなだれて、正統派とワイルド系の二人のイケメンが、盗賊団の首領のような男に詰め寄る。
 まるで捕まった盗賊が、尋問を受けているようだった。

「でもよう……」

 ガドランドは申し訳なさそうに、頭を掻く。

「借金の話を聞き出したのはオレだろう。それを聞いちまって、ハイそうですか、ってわけにも行かねえだろう」

 ガドランドのもうひとつの悪い癖。
 金銭に執着が少ない。
 女にいい格好したいだけじゃないかと思うかもしれないが、金に関しては別に女性だからという理由だけではなく、ただ無頓着なのだ。

「ルカにはオレから話しとくからよ」

 ガドランドがこう言い出すと折れない事は、弟子の二人とも経験上、知っていた。
 ロレンツはため息交じりにガドランドに尋ねる。

「おっさん。タバコは、まだあるのか?」
「ああ、部屋にまだストックはある。心配させて、すまんな」
「そもそも、そのお金は師匠のものですから、私たちが口を挟む資格はありません。ただし、条件があります」

 ガドランドの答えを聞いて、すでにロレンツは諦め顔だった。
 それに対してウェインも諦めてはいるが、最後の一線は死守する顔つきだ。

「明日、朝一番に私と借金を返しに行く。それが条件です」
「ああ、それならオレが行こう」
「師匠はだめです。明日は領主に呼ばれているでしょう。重要な要件があるからと」

 まいったな、といった顔でまた、坊主頭を掻く。確かに領主の呼び出しに遅れるわけには行かない。それにただ、借金を返すだけであればウェインならば問題ないだろう。

「お嬢さん。ということで、ウェインの付き添いの上、借金返済に行くという条件ならどうですか?」
「で、でもこんな大金はいただけません」

 アマンダは静かに首を振る。そのしぐさ一つでも、大人の色気と気品を感じる。その立ち振る舞いに、ガドランドは提案をした。

「じゃあ、お貸しします。ある時払いの催促なしで」

 そう言って、にかっと笑うガドランドの顔は、まるで押し入った屋敷にたんまりと金があった時の強盗のような顔をしていた。

「でも……」

 ガチャ
 アマンダが、まだ何か言おうとしたとき、奥の扉が開いた。

「……風呂、沸いた」

 ずっと、リビングから離れていた、女性に見間違うほどの中性的な優男クリスはどうやら風呂の準備をしていたらしい。

「あら、あなた……」

 アマンダはクリスを見て声をかけようとする。
 しかし、その言葉を遮るように、クリスが繰り返す。

「風呂、冷める。それに親父の言うとおりにしたほうがいい」

 青い目でじっとアマンダを見て、つぶやくように言う。

「え、ええ、分かりましたわ」

 アマンダは何とも言えないクリスのプレッシャーに負けて、分かったと言ってしまった。

「おっし、じゃあ、話は決まりだ。お嬢さん、疲れただろう。風呂でゆっくりして、今晩は泊まっていくといい」
「僕の部屋を空けた」

 アマンダが断る暇を与えず、ガドランドとクリスが畳み掛ける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-(挿し絵有り)

くまのこ
ファンタジー
これは、此処ではない場所と今ではない時代の御伽話。 滅びゆく世界から逃れてきた放浪者たちと、楽園に住む者たち。 二つの異なる世界が混じり合い新しい世界が生まれた。 そこで起きる、数多の国や文明の興亡と、それを眺める者たちの物語。 「彼」が目覚めたのは見知らぬ村の老夫婦の家だった。 過去の記憶を持たぬ「彼」は「フェリクス」と名付けられた。 優しい老夫婦から息子同然に可愛がられ、彼は村で平穏な生活を送っていた。 しかし、身に覚えのない罪を着せられたことを切っ掛けに村を出たフェリクスを待っていたのは、想像もしていなかった悲しみと、苦難の道だった。 自らが何者かを探るフェリクスが、信頼できる仲間と愛する人を得て、真実に辿り着くまで。 完結済み。ハッピーエンドです。 ※7話以降でサブタイトルに「◆」が付いているものは、主人公以外のキャラクター視点のエピソードです※ ※詳細なバトル描写などが出てくる可能性がある為、保険としてR-15設定しました※ ※昔から脳内で温めていた世界観を形にしてみることにしました※ ※あくまで御伽話です※ ※固有名詞や人名などは、現代日本でも分かりやすいように翻訳したものもありますので御了承ください※ ※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様でも掲載しています※

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...