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第三章

モナマリナスゼトロポリトロス

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 バハムートは酒に酔う。また意思疎通も可能だ。
 たとえ説得が失敗しても酔わせた方が戦いやすいだろう。二本古来の対ドラゴン戦の基本だ。

「ドラゴンが話せて、酒に酔う? それも文献にのっていたというのかね?」
「ええ、その通りです」

 微かに動揺を見せるソフィアを尻目に俺は断言する。

「私が馬車でドラゴンに近づきます。男の私が丸腰で行けば相手の警戒も緩むはずです。火酒も三タル用意済みです」
「……市民を危険にさらす訳にはいかない。そもそも、貴方一人でタルを降ろせられるのですか?」

 本部長の言葉にハッとする。
 百八十リットルもあるタルは転がして動かすことは可能だが、俺一人では馬車から降ろすことは不可能だ。だからと言って多人数であったり、女性では警戒されてしまう。
 こんな時に鬼人族のアータルがいれば、丸め込んで手伝わせるのに……。

 鬼人族!?

「アレックス!」



「なんで僕が、こんな事に……。子猫ちゃんのお願いじゃなかったら、たとえ本部長命令でも断っているのに……」

 武装を解除したアレックスが荷台でぶつくさと文句を言っている。

「タルを降ろすのを手伝ってくれたら、御者台で待機していてくれてていいから、そう文句を言ってくれるな。危ないと思ったら俺を置いて街に戻っていいからな」

 俺はアレックスをなだめる。

「そうはいかないんだよ。子猫ちゃんから君の護衛をお願いされたんだ。僕はね、もう子猫ちゃんの泣き顔は見たくないんだよ」

 レイティアのために俺を守る。
 まあ、アレックスらしい発言で逆にホッとする。

 丘の上に陣取っている飛竜種ドラゴン、バハムートは街を出た時点で目視ができた。
 近づくとバハムートもこちらを見ている。
 声が届くところで、馬車を止める。

「そこにいらっしゃるバハムート殿! 聞こえますか? 私に戦う意思はありません! お話をさせていただけないでしょうか?」

 俺は不戦の意思を示すために防具や武器を全て外している。 その上で、両腕を上にあげて話しかける。

『……何の用だ』

 俺は手綱をアレックスに預けて、馬車を降りる。

「そちらに近づいてもよろしいでしょうか?」

 バハムートはその大きな瞳でジロリと睨む。

『その馬車はなんだ?』
「貴方にお納めするマナ石と酒です」

 俺は自分たち用にとっておいたマナ石も持って来た。

『おまえだけ来い』

 俺はアレックスに目配せをしてバハムートに近づく。

 猫の前のネズミはこんな気持ちなのだろうか?
 今にも逃げ出したい気持ちを押さえつけて、ゆっくりと黒い王者に近づく。

 散々、マリアーヌたちにバハムートは臆病な部類だと言ったが、撤回したくなる。

 臆病なのではない。
 おそらく些事に気を使うのが面倒なだけだ。

『それで話とは?』
「街を、人を襲うのをやめていただけないでしょうか? 突然現れました貴方に驚き、攻撃をしたことはここに謝罪いたします」

 バハムートは俺の心の奥を見透かそうとしているかのように、黙ってジッと見つめているだけだった。

「貴方は何か理由があって、ここに現れたのでしょうか? もしも私たちが手伝えることがあれば、それを謝罪として受け入れていただけないでしょうか?」
『……ある者を探している。そいつは私の大事なものを盗んでいった』

 バハムートは俺から目を離さないまま語る。

 話が通じる。
 バハムートの行動理由もわかった。
 交渉可能なはずだ。

「わかりました。その者を探し出して、盗まれた物を奪い返せばよろしいでしょうか? そうすれば今後、人を襲わないと約束していただけるでしょうか?」
『……ああ、約束しよう。私もお前たちに関わりを持ちたいわけではない』

 助かった!
 思いのほか、話が通じる。
 サンドラなんかよりよっぽど話が通じるんじゃないか?

「それでは、友好の印に酒でも飲みながら、詳しい話をお聞かせ願いたい」

 俺はアレックスに合図をして馬車を近づかせる。

「ちなみにお名前をお聞かせいただけますか? 私はキヨと申します」
『私の名はモナマリナスゼトロポリトロスだ』

 へ!?
 モナマリナスまでは覚えられたが、長い!

「すみません。モナ様とお呼びしてよろしいでしょうか?」

 俺は恐る恐るたずねると、鼻息一つして『好きにしろ』と呆れられた。
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