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第二章

二本目

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『ママ~大丈夫?』

 兼光は心配そうに声をかける。

「任しとき~。まだ、一本や。これからサヨナラ逆転満塁ホームラン打ったるさかい」
『さ~すが、ママ~』

 いやいや、兼光よ。お前、意味わかってないだろう。と言うより俺以外誰も分からないだろう。

「姫鶴よう、さっきの技に名前はあるんかのう?」

 ムサシマルは涼しげに姫鶴に声をかける。

「……逆三連突きから、首を狙ったのが『引き潮』で、その後に下段から股を狙ったのが『跳ね土竜』や。全部防がれてもうたけどな」

 姫鶴は苦々しく答える。

「なあ、ムサシマルさん。いっこお願いしてええか?」
「なんじゃ? 八百長はやらんぞ。儂は儂に賭けとるからのう」
「アホかい! 勝負は全て真剣勝負! が一文字家の家訓じゃい。……剣をもう一本増やしてええか?」

 二刀流? 姫鶴の体で使いこなせるのか?

「構わんぞ。それで面白いものを見せてくれるんならのう」

 ムサシマルは手品を楽しみにしている子供のようだ。
 マルゴットからもう一本木剣を渡された姫鶴は重さを確かめるように片手で振る。

「出し惜しみ無しで行かせてもらうで」

 姫鶴は悪そうな顔でペロリと唇を舐める。
 姫鶴は二本の木剣を脇に抱えて右手の中指と人差し指を立てて、何回も縦横に空中に線を引く。
 線を引くたびに何かをつぶやいている。
 その後、木剣を二刀流に持つ。
 俺は耳をすまし、姫鶴の言葉を拾う。

「我は二振りの刀なり、刀に恐れも迷いも無し。我は無敵なり、ただ目の前の敵を討ち亡ぼすべし」

 何度も同じ言葉を繰り返すと姫鶴の目が虚ろになる。

 自己催眠か! なにが催眠術はかからんだ。がっつりかかってるじゃないか。

「はじめ!」

 その声にムサシマルは木剣を構える。
 力が抜けて隙がない。

 対する姫鶴は二本の木剣をだらりと下げ、こちらも脱力した状態でゆらゆらとしている。目は見ているのか見ていないのかぼんやりと開けている。

 大丈夫か? 姫鶴は。

 ムサシマルの雰囲気が変わる。
 
 本気か?

 二人の間合いはまだ遠い。

 姫鶴はゆらりと間合いの外から右の剣を切り上げ、左を横になぎながら前に出る。
 相手との間合いを一気に詰めて袈裟斬り、突き、なぎ払い、切り上げ、緩急をつけて、上段、中段、下段。
 ありとあらゆる場所に四方八方からムサシマルへ襲いかかる。どの一撃も十分有効打になりうる斬撃である。

 まるで舞だ。

 それに対し、ムサシマルは受け、受け流し、避け、恐ろしい手数を捌く。
 木と木がぶつかり合う夜空に響く。

 おかしい。これだけ連続で攻撃しているのに一度も両方の木剣で同時に攻撃していない。
 片方の木剣を引くタイミングで、もう片方は攻撃する。
 そのため攻撃に切れ目がない。
 それもこの多彩な攻撃をしつつ。人の脳が処理しきるのか?

 さすがのムサシマルも防戦一方的のようだ。
 ムサシマルが殺気と共に気を吐く!
 姫鶴の持つ左の木剣が跳ね飛ばされる。
 姫鶴は意に介さず右の木剣を下からムサシマルの顎を狙う。
 ムサシマルは仰け反り避けるも、頭上で木剣が切り返される。
 先程のムサシマルの逆。

 姫鶴の逆つばめ返し!

「一本!」

 ムサシマルの木剣が姫鶴の首の横で止められた。

 虎振り!

 上段の返し技。
 後ろ足で軸をずらし、相手の上段を避けつつ、後ろ下段に構える脇構えから相手の首を狙う。
 まるで虎が尾を振るように剣を振る。
 ムサシマルの得意技だ。

 俺の心配をよそに試合は終わった……はずだった。
 マルゴットの声が聞こえないかのように姫鶴は攻撃の手を緩めない。
 左の木剣も攻撃の手を緩めないまま、いつの間にか拾っていた。
 
「姫鶴よ、試合は終わったんじゃよ。もう止めるんじゃ」

 ムサシマルの声も届かない。

「ご主人様」
「ああ、おかしいな」
「あの方も混じりものですか? あれはまるで狂獣化してるみたいじゃないですか」

 タマラが怯えたように俺に尋ねる。

 あれが狂獣化!
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