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幸せの種
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「ご住職でもそうなのですか」
「恥ずかしい話ですが、私もまだまだ未熟な人間ですから。でも、そんな私は生きるヒントを見つけてからは本当に楽にはなりましたよ」
「生きるヒントですか」
「それが、先ほどの話に出てきました『幸せの種』なのです。この幸せの種を一つでも多く見つけ、一つでも多く大切に育てていくようにすれば、それだけ自分の心の持ちようは天道にいる時間が長くなります。言うならばその間は苦しみから解放されるわけです」
「その間は苦しまない」
「まあ、見方によってはごまかしでしかないかもしれませんが、それでもできるだけ苦しまない方が人生を幸せに過ごせますからね。私はそのように考えております。それに、天道にはずっと留まってもいられませんしね。ある意味ずっと留まっていたいとも思いません」
「え、それはどういう事なのでしょう」
「先ほどは地獄のイメージをお聞きしましたが、今度は天道いやご地獄の反対の極楽、天国でも構いませんがどのようなところだと思いますか」
「天国ですか。天国だと洋風で天使が舞い、きれいな草原、この場合花畑かな。そんなところで静かに幸せを感じながら過ごしているような。極楽も同じか。花畑が蓮の花の咲く傍で仏様がほほ笑んでいるそばで幸せに暮らしているような場所ですか」
「私のイメージもそんなところですかね。でもちょっと考えてからお答えしてほしいのですが、ずっとそんな生活をした場合、本当に楽しいですかね。退屈しませんか」
「あ!」
「私は、その時に考えました。確かに素晴らしい物でしょうが、ずっとは良いかなと。私は人間ができていないのでしょうか、私の場合は絶対に退屈しそうで、何度でも行きたいとは思いますが、ずっとそこに留まるのは勘弁してほしいかなとは思います」
「そうですね。私もそうです」
「少し前に読んだ本の中にうまい事を言っておられたコンサルタントの方がおりました。彼が言うには極楽だけでは生きていけないそうです。なにせこの極楽に続く言葉はこの日本では往生しかないそうなのです。この『往生』とは、お葬式なので聞かれるように死ぬことを意味します。つまり極楽だけでは死ぬことになるそうです。色々と変化があって初めて人の営みだとか。その変化には当然苦しみもありますが、その代わりに幸せもあります。幸せだけでは、この幸せを人は感じなくなるみたいですね。人と言うのは本当に業が深い生き物なんですね。それだけに人生もまた深みが出てくるのかもしれません。先にも話しましたが、どうせ地獄での生活だと思えば、少しでも幸せを感じるだけでも儲け物だと考え軽い気持ちで試してはいかがでしょうか」
「苦しみも人生の深みになるのですか」
「死んでしまっては元も子もありませんが、まずはそのままを受け入れてみてはいかがでしょうか。私の経験から申しますと、それだけでだいぶ心の持ちようが楽になります。余裕が出てくれば、わずかの時間でもいいのですから幸せの種を探してみてはいかがでしょうか。少なくとも今よりは悪くはならないと思いますよ。どうせ地獄での生活ですし、苦しみは無くなりませんしね」
「地獄の生活をありのまま受け入れることで楽になる」
この時の私の中で何か始めるものを感じた。
今までとは違った感情だ。
苦しくとも、それが当たり前だ。
そのことで悩むことはない。
別に苦しくたってそれでいい。
そんな考えができるようになってきた。
「何だか、ここに来た時より明るくなった感じがしますね。今タクシーを呼びましたから時期に来るでしょう」
だいぶ時間を取ってしまったようだ。
しかし、ご住職の云われるようにここに来る時までには考えられなかったようなことが考えられるようになってきた。
何より自分だけでなく、人は誰でも苦しむと言う事が分かっただけでどれだけ心が楽になったことか。
しかも、それも少なくともお釈迦様の生きておられた時代までさかのぼれているというのだ。
これはもう人間の持つ本質のようなものじゃないか。
何だか今まで悩んでいたことがばからしくなってきた。
具体的な苦労や悩みは何一つ変わっていないのだが、それでも明日からはもう少し前向きに物を考えられるような気がする。
私は長らくお時間を頂いたご住職にお礼を述べ、山門のところまでやってきた。
すでに来る時にはあれほど降っていた雪は止んで、雲の合間から青空も見えてくる。
「きれいだ」
雲の合間からさす日の光が何か奇跡の光のように思えて思わず独り言をこぼしてしまった。
あ、これがご住職の言っておられた『幸せの種』だと言う事が、私にもはっきりと理解できた。
同じ景色なのに、ただ見ているだけで心の中から何やら暖かな物がこみあげてくる。
ここに来る時に乗ってきたタクシーの運転手が笑顔で私を迎えてくれる。
昨日までの私と状況は何ら変わらないのだが、明らかに明日から私は変わることができる。
ここに来るまでは考えられないくらい穏やかな気分で私は東京に帰っていった。
「恥ずかしい話ですが、私もまだまだ未熟な人間ですから。でも、そんな私は生きるヒントを見つけてからは本当に楽にはなりましたよ」
「生きるヒントですか」
「それが、先ほどの話に出てきました『幸せの種』なのです。この幸せの種を一つでも多く見つけ、一つでも多く大切に育てていくようにすれば、それだけ自分の心の持ちようは天道にいる時間が長くなります。言うならばその間は苦しみから解放されるわけです」
「その間は苦しまない」
「まあ、見方によってはごまかしでしかないかもしれませんが、それでもできるだけ苦しまない方が人生を幸せに過ごせますからね。私はそのように考えております。それに、天道にはずっと留まってもいられませんしね。ある意味ずっと留まっていたいとも思いません」
「え、それはどういう事なのでしょう」
「先ほどは地獄のイメージをお聞きしましたが、今度は天道いやご地獄の反対の極楽、天国でも構いませんがどのようなところだと思いますか」
「天国ですか。天国だと洋風で天使が舞い、きれいな草原、この場合花畑かな。そんなところで静かに幸せを感じながら過ごしているような。極楽も同じか。花畑が蓮の花の咲く傍で仏様がほほ笑んでいるそばで幸せに暮らしているような場所ですか」
「私のイメージもそんなところですかね。でもちょっと考えてからお答えしてほしいのですが、ずっとそんな生活をした場合、本当に楽しいですかね。退屈しませんか」
「あ!」
「私は、その時に考えました。確かに素晴らしい物でしょうが、ずっとは良いかなと。私は人間ができていないのでしょうか、私の場合は絶対に退屈しそうで、何度でも行きたいとは思いますが、ずっとそこに留まるのは勘弁してほしいかなとは思います」
「そうですね。私もそうです」
「少し前に読んだ本の中にうまい事を言っておられたコンサルタントの方がおりました。彼が言うには極楽だけでは生きていけないそうです。なにせこの極楽に続く言葉はこの日本では往生しかないそうなのです。この『往生』とは、お葬式なので聞かれるように死ぬことを意味します。つまり極楽だけでは死ぬことになるそうです。色々と変化があって初めて人の営みだとか。その変化には当然苦しみもありますが、その代わりに幸せもあります。幸せだけでは、この幸せを人は感じなくなるみたいですね。人と言うのは本当に業が深い生き物なんですね。それだけに人生もまた深みが出てくるのかもしれません。先にも話しましたが、どうせ地獄での生活だと思えば、少しでも幸せを感じるだけでも儲け物だと考え軽い気持ちで試してはいかがでしょうか」
「苦しみも人生の深みになるのですか」
「死んでしまっては元も子もありませんが、まずはそのままを受け入れてみてはいかがでしょうか。私の経験から申しますと、それだけでだいぶ心の持ちようが楽になります。余裕が出てくれば、わずかの時間でもいいのですから幸せの種を探してみてはいかがでしょうか。少なくとも今よりは悪くはならないと思いますよ。どうせ地獄での生活ですし、苦しみは無くなりませんしね」
「地獄の生活をありのまま受け入れることで楽になる」
この時の私の中で何か始めるものを感じた。
今までとは違った感情だ。
苦しくとも、それが当たり前だ。
そのことで悩むことはない。
別に苦しくたってそれでいい。
そんな考えができるようになってきた。
「何だか、ここに来た時より明るくなった感じがしますね。今タクシーを呼びましたから時期に来るでしょう」
だいぶ時間を取ってしまったようだ。
しかし、ご住職の云われるようにここに来る時までには考えられなかったようなことが考えられるようになってきた。
何より自分だけでなく、人は誰でも苦しむと言う事が分かっただけでどれだけ心が楽になったことか。
しかも、それも少なくともお釈迦様の生きておられた時代までさかのぼれているというのだ。
これはもう人間の持つ本質のようなものじゃないか。
何だか今まで悩んでいたことがばからしくなってきた。
具体的な苦労や悩みは何一つ変わっていないのだが、それでも明日からはもう少し前向きに物を考えられるような気がする。
私は長らくお時間を頂いたご住職にお礼を述べ、山門のところまでやってきた。
すでに来る時にはあれほど降っていた雪は止んで、雲の合間から青空も見えてくる。
「きれいだ」
雲の合間からさす日の光が何か奇跡の光のように思えて思わず独り言をこぼしてしまった。
あ、これがご住職の言っておられた『幸せの種』だと言う事が、私にもはっきりと理解できた。
同じ景色なのに、ただ見ているだけで心の中から何やら暖かな物がこみあげてくる。
ここに来る時に乗ってきたタクシーの運転手が笑顔で私を迎えてくれる。
昨日までの私と状況は何ら変わらないのだが、明らかに明日から私は変わることができる。
ここに来るまでは考えられないくらい穏やかな気分で私は東京に帰っていった。
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