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第69話 晩餐会
しおりを挟む暫くして、葵が梓とその友人を連れてやってきた。
「直人様、お連れしました」
「葵さん、ありがとう。
で、梓?
どうした、梓、生きているか?」
連れてこられた梓は、固まっていた。
固まっていたのは梓だけでなく、同室にいた榊さんと梓の親友で俺とも同級だった白鷺さんも同様に固まっていた。
三人とも俺に何か言いたそうにしても声は出ない。
口だけがパクパクしている様なありさまだった。
やはり固まったか、俺はある程度予想はしていたが、ちょっとしたいたずら気分で呼んだだけなのだが、残りの二人には気の毒なことをした。
俺がもう少し考えを巡らせば、この状態は回避できたことだ。
梓がここに来たいと言い出した時に、同室の二人も付いてくることは予想の範囲だ。
なにせ、白鷺さんと榊原さんとは直接の繋がりはない。
面識がなかったのだ。
梓を通して知り合っている二人が、ホテルならいざ知らず、皇太子府などというような、一般的日本人には全く縁のない部屋に入れられれば不安になるのは当たり前だ。
そんな部屋に、面識のない二人だけにはなりたくはなかったのだろう。
それの少しばかりの好奇心。
『好奇心は猫を殺す』のことわざじゃないが、まさに今そのことに思いを巡らせていることだろう。
まさか俺のところに、この国のVIPである皇太子殿下が、暢気にお茶しているなんか思いつかなかっただろう。
ここが皇太子府だと分かっていてもだ。
分かっていても驚くことだろうが、多分、連れてこられた彼女たちは、ここが皇太子府だとも知らなかっただろうし、おまけに、スレイマン王国の王族であるエニス王子も同席とは、知らなければ驚かないはずはない。
梓だけを脅かそうと思っていたのだが、ちょっとばかり気の毒なことをした。
少し反省して、彼女たちに助け船を出そうと席を立った瞬間に、俺よりも早く彼女たちに助け船を出したのがかおりさんだ。
さすができる女の代表選手のかおりさんだ。
かおりさんが優しく微笑みながら彼女たちに近づいて、一人ずつ手を取り席に座らせていた。
俺と目が合うと、軽くしかるような目を向けてきたのが少々気になる。
俺もちょっとばかり反省をしてるので許して。
皇太子殿下は、そんな彼女たちの様子を持て、ほほえましい目を向けながら俺に対して英語で「直人、君の大切なお客様に、俺は気にするなと伝えてくれるかな」
それを聞いて俺が隣に座った梓に日本語で伝えたが、気にするなと言われて気にしなくなるはずがない。
おおよそ一般的な日本人にとって王族とのお茶会なんか、栄誉どころじゃなく、それこそどんな罰ゲームだよと言いたくなることだろう。
俺なら心の中でそう叫んでいる。
殿下と初対面の時に俺がそうならなかったのは、それ以上インパクトのある出来事の直後だったためだ。
世の中の男子高校生が美女にあんなことやこんなことを、しかも初めてしてもらった直後では、早々他の事は考えることができない。
心の中ではピンク色の『ムフフ』で占められている。
俺の場合、飛行機の中での経験だった後なので、とにかく成り行きに任せただけだった。
他の事など考えるはずもなかった。
その後はエニス王子の友人ということもあり、皇太子殿下の人柄を知り、梓のような固まる経験は無かっただけだった。
梓たちには行きの飛行機で、あんなことやこんなことはしていない。
もし素振りだけでもしようものなら俺の頬に紅葉跡が消えていなかっただろう。
なので、梓たちのようになるのは当たり前だ。
いくら殿下から気にするなと言われても、そう簡単にこちら側には戻ってこないだろう。
暫くして、いくらか落ち着いたようで、三人はお茶を飲みながらかおりさんや葵さんに色々と聞いている。
俺は彼女たちの邪魔にならないように話しかけることはなかった。
俺と、殿下や皇子と明日以降についての話し合いも終わっているので、俺の日本での生活や。例の経済ショックの後始末などについて等の雑談を交わしていた。
時間はあっという間に過ぎていく。
俺たちが茶を飲みながら雑談していくと、皇太子府の侍従が殿下を呼びに来た。
晩餐会の準備ができたと。
そこで、殿下のお召し物を変えるための呼び出しだそうだが、殿下はそれを断った。
殿下は初めからドレスコードは問わないということを命じていたので、ここで殿下が礼服に着替えようものなら、今目の前で固まっている彼女たちが悪目立ちをしてしまう。
彼女たちに恥をかかせない為の配慮だが、これには正直感謝しかない。
彼女たちにはドレスなどの準備はない。
こちらで用意しようにも時間がない。
そのあたりの配慮について梓たちにかおりさんから説明があったので、梓がみんなを代表して殿下につたない英語でお礼を伝えていた。
殿下は、『何、別に構わない』などと照れ隠しをしながら俺たちと一緒にホールに向かうことになった。
しかし、俺は、アリアさんに呼び止められ、アリアさんの隣で小橋さんがスーツを持って待機している。
「直人様。
いくらドレスコードの無い会食とはいえ、ご夕食に今の格好はいかがなものかと」
小橋さんにそう言われ、俺はスーツに着替えることになった。
今の俺の格好は、実家に帰るような気軽さからTシャツとジーパンだったが、俺もさすがにこの格好はまずいと思った。
そういえば梓たちの格好も入学式で着ていたスーツ姿だ。
夏なので暑かっただろうが、我慢していたのだろう。
俺は素直に「分かった」と伝え、隣室で着替えた。
俺たちの漫才のようなやり取りで、この場の空気が変わったかと思ったのだが、まだ女性たちの表情は硬い。
こればかりは慣れてもらうしかないと、俺は諦めた。
俺たちを呼びに来たメイドさんに連れられて、俺たちは殿下に続きそろってホールに向かった。
非公式な会食のはずなのだが、それでもこの国の有力者は参加したがる。
必要最低限に抑えたはずなのだが、有力者の子弟などが今回の会食に招待されていた。
ドレスコードを問わないと言われていても、やはりきちんとした格好で参加してきていたので、招待客の衣装はやや地味目のイブニングドレス姿が多かった。
当然俺らは浮いている。
俺が正直裏切られたと感じたのは、日本から一緒に来ていた海賊興産の社員と、政府のお役人もきちんと正装をしている。
榊さんも花村さんも魅力的なドレス姿で、二人の女性役人も地味だが、魅力的なドレス姿だ。
男性陣はそろって燕尾服ときている。
ノーベル賞の晩餐会かよと俺は心の中で突っ込んだが、イメージするとそれとさほど変わらないようなものだ。
違いといえば招待客の数くらいか。
あと俺らの衣装が、あまりに普通で浮いているくらいだ。
俺らはホールに入っていくと、好美さんの姉である仁美さんが、梓たちの顔色が悪いのに気が付いて、妹である好美さんに問いただしてきた。
「好美、どうしたの。
気分が悪い?」
好美さんは、只口をパクパク動かしているだけだ。
その様子に、今度は仁美さんがパニックになりかけて来たところで思わないところからの助け船が出た。
俺らの様子に気が付いた里中さんが仁美さんの傍まで来て、仁美さんに話しかけた。
「どうした。
何があったのか」
「里中課長。
妹たちの様子が…」
「あ、それね。
多分、大丈夫だ。
大方、直人君のいたずらだろ」
「いたずら?」
「里中さん。
いたずらは酷くありませんか」
「大した説明なしに、殿下たちと一緒に居させたのだろう。
誰でも初めてでは、驚くだろう。
きちんと説明しておかなければね」
里中さんは、完全に見抜いていた。
しかし、俺とのやり取りに全く理解できない、仁美さんと、藤村さんは、立ちすくんでいる。
意を決したように、藤村さんが俺に聞いてきた。
「本郷さん。
何があったのですか。
私たちにもわかるように説明してくれませんか」
「そ、それはですね……」
「大方、直人君が佐々木さん達に何も教えないで、殿下たちと一緒のお茶会にでも招待したんじゃないかな。
でないと、殿下たちと一緒に居るはずないしね」
里中さんのナイスアシストで、俺は女性官僚の二人に状況の説明を終えたつもりだった。
里中さんの説明を聞いた三人は何も言わずに激しく首を何度も縦に振っている。
それを見た藤村さんが一言。
「それって、酷いいじめじゃないの」
「私だったら、絶対に遠慮したい状況かな」
続いて仁美さんまでもが攻めてくる。
そんな俺らのやり取りなどお構いなく、計画された晩餐会は始まっていく。
俺らに用意された席は、主賓として全員が目立つひな壇のような場所だった。
周りには皇太子殿下やエニス王子に、ボルネオ国内での有力者の子弟などで囲まれる。
いくら人生経験の豊富な大人たちでも落ち着かないようで、事あるたびに俺にチクリチクリと攻めてくる藤村さんと仁美さん。
俺でもこれは落ち着かない。
殿下、絶対にやりすぎですよ。
勘弁してくれ~~
俺は心の中で叫んでいた。
後日聞いた話だと、この晩餐会だけは避けられなかったらしい。
いくら非公式でのご招待であっても、国の財産である王室専用機やクルーザーを使用する以上、公的行事は避けられない。
名目上、日本国およびスレイマン王国との親睦を図る外交行事となっており、一応の形式を踏む必要があったためかと。
これ以外は自由にできるというので、早々と国の外に出るために、翌日のクルージングとなったと聞いた。
あれ、俺の聞いた話と若干違うような。
他国の干渉や諜報を避けるためじゃなかったっけ。
それに関しても、言い訳として聞いたのだが、確かに諜報避けるためではあるが、それだけなら国内でもいくらでもやりようがある。
ここ皇太子府での歓迎でも目的は果たされるのだが、ここだと、目白押しの外交行事も発生するのだとか。
要人たちとの面会などが多々発生するので、必要最低限に抑えるために海上に出るのだとか。
本当にお偉いさんは大変だ。
これらもすべて立場による責任というやつだとか。
気持ちの良い思いには、沢山のおまけがつくということだ。
無事に晩餐会も終え、俺らだけは解放された。
俺が梓に、この後俺のところに来るかと聞いたら、思いっきり否定された。
『もう二度とあのような生き地獄には行きたくない』とまで言われた。
殿下たちは、大人たちとの親睦を図るためにバーラウンジにいるのに、流石にこれには俺もへこんだ。
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