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第24話 運命の2月25日
しおりを挟む翌日の2月25日は各方面にとって運命の日となる。
朝早くからハリー殿下とエニス王子は皇国ホテルを抜け出して、都心の中にあっては比較的落ち着いた雰囲気のある場所にできた複合商業施設インペリアルヒルズ内にあるインペリアホテルのスペシャルスイートの一室に集まってきた。
ここは俺たちが日本滞在時の司令部を置いている場所だ。
昨夜から交代で世界各地から集められてくる情報の分析を行っている。
流石に俺も昨夜はお楽しみを控え、固唾を飲んで状況の推移を見守っていた。
隣の別室には殿下と一緒に外務省の里中さんが彼の部下数人と詰めている。
この部屋にも隣の部屋にも分け隔たり無く俺たちと同行してきた女性たちがコーヒーなどの差し入れをしている。
とにかく各方面から雑多な情報がここに集まってくるので、分析だけでも一苦労だ。
特に今回はまだ姿を見せていないKCISの動向も気になる存在となっている。
昨日エニス王子へのテロ事件の報告を里中さんにしてからというもの、里中さん経由で警視庁の公安からの情報まで上がってきている。
それを読みながらさらに検討をしていたアリアさんはかおりさんに伝えた。
「日本の公安警察から頂いた情報では、今回の件にはKCISは絡んではいませんね。
あの国も案外一枚岩ではないのかもしれません」
「そうですね。
あの時の報告書と、陛下からの情報では中央統一戦線工作部が関わっていたはずですが、今回は違うようですね。
もし、関わっているようなら絶対にKCISがちょっかいをかけてこないはずはないですね」
そんな今ボルネオ王国や日本を取り巻く諜報組織の話をしていたらあっという間に10時を迎えた。
10時を少し過ぎたら隣の部屋にいた里中さんがこちらを訪ねてきた。
「殿下、予定通り、ただいま外務省の監視対象者に対して内々定を発令しました。
3月1日を持って正式は発令されますが、この時点で、発令は取り消せません。
ですので、消毒の第一過程は終了したことを報告いたします」
その報告を聞いた殿下はこの部屋に来ていたボルネオ王国の駐日本大使館勤めの一等書記官と何やら話し始めると、彼は部屋を出ていった。
その後この部屋にいる里中さんにメールや携帯で次々と情報が集まってきている。
みんな監視対象者の発令後の様子を伝えてきたのもだ。
概ね予想の範囲で、取り乱したり暴れたりした者はいないが、ほぼ全員が何かしら悟った表情を浮かべているとのことだ。
その情報を今の今までまとめていたアリアさんがこの場にいる全員に対して
「コードネーム『直ちゃん作戦』の第一段階は終了しました。
作戦は成功です。
続けて第二段階に入ります。
一部ボルネオにおいては既に第二段階に入っており、もうじき結果が報告されます」と宣言してきた。
『直ちゃん作戦』だと、なんという恥ずかしい作戦名だ。
いつ決まったのかと、俺は近くに控えていたかおりさんに食ってかかった。
かおりさん曰く「直人様が始めた作戦です。
計画はアリアのもとでかなり練られており、里中さんを中心に日本政府が主体で動いている作戦でしたので、わかりやすく敵に悟られにくい名前を 聞かれた時に直人様の愛称を伝えたらその場にいた全員の賛成を受け決まりました。
現在この作戦名でボルネオや日本、それに各国大使館など世界中で作戦が継続中です」
などと恐ろしいことをさらっと言ってきた。
俺はその場でうなだれて恥ずかしさに耐えていた。
それから30分ばかり経つ頃に先ほど部屋から出ていった一等書記官が戻ってきた。
手にはメモらしきものを持ち、そのままハリー殿下の元まで行き手にしたメモを渡していた。
殿下がメモを一瞥すると、アリアさんに報告してきた。
「アリアさん、計画通りボルネオに滞在していた例の偽日本人を無事拘束に成功しました。
一緒にいた者たちも一人も逃さずに捕まえております。
ありがとう、本当に計画どおりに行きました。
感謝します」とりあえず作戦としては無事に一段落したので、ホテルに頼んでルームサービスで昼食をここで取ることにした。
「外務省からのお客様の分も隣の部屋にご用意しておりますので、皆様、遠慮なくおとりください。
あ、こういったのはお役人として禁止されていましたっけ」
「何、ここに集まっているのは全員が特殊な業務を受け持っている奴ばかりですから、汚染でもしようとしない限りは問題はありません。
ぶっちゃけ、ほとんど公安の連中と同じように見えないところでは法律がなくなる者たちばかりですから。
遠慮なく頂きます」
俺たちは隣室のダイニングスペースに用意された昼食をみんなで仲良く食べ始めた。
「今回は本当に大事になっていまいましたね」
「今回の件では直人には本当に世話になったな。
改めて感謝するよ。
お礼は後日、直人が喜びそうなものをふんだんに用意するつもりだから期待していてくれ」
「そんなことはいいですよ。
せっかくハリー殿下と友達になれたのですから、友達として当たり前のことをしただけと思ってください」
「俺としては、友達なら敬称を略して呼んで欲しかったがね。
まあもうじき、そんなことも言っている余裕もなくなりそうだがね」
「どういうことなんですか」
「ボルネオ王国内で逮捕者まで出ているだろう。
隠しきれることじゃない。
今回の件はきちんとした形で公表されることになる。
当然私が謀られたことも含めてね」
「それは……」
「気にするな。
王国として実害はなかったのだ。
強いてあげるのなら俺の権威が一時的に下がっただけだ」
「それって、皇太子として大問題じゃ」
「何構わんよ、すぐに挽回するからな。
直人も協力してくれるだろ、友として」
「当たり前じゃないですか。
俺なんか何ができるかわかりませんが精一杯の協力をさせて頂きます」
「それを聞いて安心したよ」
「ところで、殿下。
政府としてこの後はどうなりますか」
アリアさんが今回の作戦の責任者としての責任感から聞いてきた。
「アリアか、そうだな。
捕まえた奴らはしっかりとした証拠まで揃えているから、普通の刑事犯として『詐欺罪』として裁かれるな。
俺の方は帰国後、非公開扱いの公的な場で国王から叱責を受けることになっている。
自ら未然に防いだことで罰を相殺してもらうことになっている」
「それって、大変なことじゃ……」
「何、今回の件は政府から俺に持ち込まれた案件だ。
政府でこの件に関わっている連中など涙を流して俺に感謝していたくらいだ。
なので、送検された段階で、宰相からこちらは正式に感謝状が出される。
よって、叱責した陛下からは、俺に勲章を渡さないといけなくなるというちょっとおかしなことになる。
だから、叱責は非公開で行われるのだ。
信賞必罰だろ」
この昼食会で直人とハリー殿下の距離が一段とつながった。
ゆっくりとした昼食を終えると時刻は午後1時をかなり過ぎていた。
コーヒーをみんなで楽しんでいる時にホテルのマネージャーが部屋に訪ねてきた。
かおりさんが対応してくれているが、フロントに花村さんが迎えに来たようだ。
アリアさんが、そそくさと準備を始めた。
「次の予定のお時間ですね。
直人様は、本契約の場には同席してください。
そこは完全の非公開で行われますのでご安心を」
「直人様。こちらのお召し物を」
と言って由美さんが見るからに高級そうなスーツを持ってきた。
袖を通してみたら、まさにぴったりで、まるであつらえたような感触だった。
「オーダーメードです。
ですので、いわゆるブランドものじゃありませんが、銀座の老舗で用意させたものですからドレスコードは心配ないでしょう」
なんてかおりさんに言われた。
準備が殊のほか早く出来たことを少なからず俺は驚いていた。
女性の準備って時間がかかるものじゃないのか。
「私たち奴隷にとってご主人様をお待たせすることは許されておりませんので」
当たり前のように、かおりさんに言われた時には、この人たちって俺の心の中を見るのは容易いことじゃないかと一瞬考えてしまった。
全員の準備が整ったところで、俺は里中さんに「私たちはこれから、海賊興産との会合がありますので一旦中座します」と断って、部屋を出た。
同行するのは契約者になるアリアさんはもちろんのこと、本契約に向けて準備をしてきたかおりさんそれに俺の3人で向かうことになった。
ロビーには花村さんがビシッとしたスーツ姿で彼女の部下数人と待っていた。
彼女に促されるままホテルの車寄せに向かうと、そこには海賊興産が用意していた黒塗りの高級ワンボックスカーがドアを開けて待機していた。
俺ら全員がその車に乗って、ここから車で10分ばかりのところにある海賊興産本社ビルの地下駐車場に入っていった。
車はそのまま地下1階の駐車場中央付近にあるエレベーターホール前に止まった。
俺たちは花村さんに先導されるように車から降りると、そこには海賊興産の資源関連の従業員が多数、それも皆偉そうな人たちばかりと綺麗どころの社員が両脇に並んでエレベーターまで1本の道のようなものを作って出迎えてくれている。
アリアさんはニコニコと笑顔を振りまき手を振りながら花村さんについて行った。
エレベーターは扉を開けて中には秘書課の人と思われる美人のOLさんがエレベーターの扉を手で押さえながら待っていた。
アリアさんを先頭に俺らは皆その待っているエレベーターの中に入っていった。
最後に花村さんが乗るとすぐにエレベーターの扉が閉まり、多分ものすごい勢いで登っているのだろう。
俺は少し耳のあたりに違和感を感じながらエレベーターが止まるのを待った。
エレベーターは多分この高層建築である海賊興産本社ビルの最上階かと思われる階で止まった。
目の前の大きな窓からは東京の景色が一望できる。
今日も天気が良かったのか遠くに富士山まで見えている。
前回の訪日を思わせる風景だ。
そんな俺らを別の秘書たちが大きな扉まで案内してくれた。
中に入ると数人の年配の方たちが立ち上がって出迎えてくれた。
俺らが用意された席のところまで来ると花村さんが会社側の人を紹介してくれた。
全員が代表権のある取締役だ。
当然、資源担当役員である木下常務の姿もある。
一通り紹介されたので、こちらもかおりさんが俺らのことを会社の人達に紹介していった。
ここからは契約に向けてのセレモニーのようだった。
予め両者で弁護士の立会いのもとで確認してある契約書を木下部長が英語と日本語の両方を読み上げ、それぞれにアリアさんと海賊興産の社長、それに代表権を持つ木下常務がサインを交わして、本契約の締結だ。
その後、木下常務が一連の予定を説明して終わりだ。
時間にして30分ばかりのことだっただろうか。
俺はただかおりさんの横で話を聞いているだけで何も会話などはしない。
調印を終えた俺たちは集まった代表権を持つ役員の方たちと握手を交わしてこの豪勢な会議室を後にした。
この後は午後5時よりインペリアルホテル内のイベントホールにて内外の記者に向けての記者会見を予定されている。
俺たちは来るときに案内をしてくれた秘書に再び案内されるようにエレベーターホールまで連れて行かれ、扉を開けてもあっているエレベーターの乗り込み、また地下駐車場までやってきた。
帰るために降りてきた地下駐車場には、来る時とは違って、多分資源関連の本社勤めの従業員が全員集まったような人数で送り出された。
この契約は海賊興産にとってまさに社運をかける大冒険のようなものだったのだろう。
集まった全員から、このプロジェクトにかける情熱のようなものを直人ですら感じることができた。
こう言った真面目な空気感は嫌いじゃない。
俺はこのような人たちと仕事をしていけることを密かに喜んでいた。
車に乗ると隣に座ったかおりさんに「直人様、なんだか嬉しそうですね」
なんて声をかけられる始末だ。
俺はなんだか恥ずかしくなり少し顔を赤らめ、何も言わずに外を眺めていた。
海賊興産本社ビルからインペリアルホテルまでの帰りも車で10分くらいかかったが、歩いても20分もあれば着く距離だ。
海賊興産の投資部門が最初に手掛けた大型投資案件が羽根木インペリアルヒルズだったというのもうなずける話であった。
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