神様の外交官

rita

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第一部 第一章

5 旅立ちと初めての戦い。

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「うぅ~……暑い」

 佐知子は小さくつぶやいた。

「お、おねえちゃん! ぼくやっぱりおりるよ!」
「あ、大丈夫大丈夫、ヨウくんのせいじゃないよ、気温が暑いってことだから」

 よいしょっ。と、いいながら、佐知子はヨウを背負いなおす。

 高台から見える集落に行けないのなら、違う集落へ行こう。と、高台を下り、旅立った二人だったが、ヨウは歩き出して少しでふらつきだした。
 どう見ても出血多量。そして栄養不足もあるだろう。歩かせるわけにはいかない。と、思った佐知子は、背負うことにした。だが、元々、体力がある方ではない。正直、キツい。これで他の集落……しかも、どこにあるのかわからない集落まで行くのか……と、先ほどヨウのために見栄をはって言った自分の言葉を後悔しつつ、佐知子は乾いた大地を一歩ずつ踏みしめていた。

「あ、ちょ、ちょっとあの大きな木の下で休憩しよっか」

 黄土色とたまに赤褐色が見える大地と、岩ばかりを見て歩いてきた佐知子は、ようやく見つけた葉はないが、そこそこ大きな乾いた木を見つけて、瞳を輝かせて指をさした。

「うん……おねえちゃん、だいじょうぶ?」

 背中から下ろされたヨウは、心配そうに佐知子を見る。

「だいじょうぶだよ」

 無理をしてほほえみながら、日差しを遮ってくれる木陰に入り、地べたに体育座りをして、ほっと一息ついて佐知子は休憩する。
 すると、隣にヨウがちょこんと座ってきた。かわいいなぁ。と思いながらも、次に襲ってきたのは猛烈な喉の乾き。ヨウに水をあげてから一切、二人とも水分を摂取していない。この日差しに気温の高さ……。

(どっかで水飲まないとなぁ……あの集落に行ければ楽なんだけど……それは無理だし……)

 どうしよう……と、佐知子が疲れから下を向いて目を閉じていると、

「おねえちゃん……」

 ヨウの声でその気配に気づいた。
 ハッとして顔を上げる。案の定、近くに数匹の、狼とも思える痩せこけた犬がいた。しかもそれはどこから出てくるのか、あっという間にどんどん数を増していった。

「え、ちょ……」

 佐知子とヨウは立ち上がる。
 どうやら野犬のようだ。獲物の標的にされたらしい。ヨウの血の匂いが野犬を呼んだのか。
 じりじりと距離をつめ、唸り声をあげ、よだれをたらしながら近づいてくる野犬。

 犬とつくが、その風貌は佐知子がいた元の世界の犬とはかけ離れていた。
 身体は痩せこけ、あばら骨が浮き出ている。毛は短く、手足は細く長い、ピンと立った耳に鋭利な犬歯、ぎらつく瞳。愛らしい犬とはかけ離れていた。

「ヨ、ヨウくん! 木に登って! 早く!」

 佐知子はヨウを抱え上げると、下から押し上げ木の上へと避難させる。上策だろう。

「おねえちゃんも! はやく!」
「う、うん!」

 しかし、困ったのは佐知子だ。ヨウは登らせたはいいが、佐知子は木登りなど人生で一度もしたことがない。どうやって登ればいいのかわからない。それに加え、野犬たちはすぐそこまで迫っている。背など向けようものならすぐに飛びかかってくると直感的に思った。
 佐知子は木に背をはりつけながら、じりじりと迫りくる野犬と睨み合いをしていた。

 どうする、どうすればいい。ここで終わりなのか。
 せっかくはじまった異世界での生活はこんなところで終わりなのか。
 先頭の野犬が一歩一歩、足を進めてくる。
 近くで見れば見るほど怖い。むき出しの歯、唸る声、この犬に食われるのだろうか。

(どうしよう、誰かたすけて!!)

 自分ではどうしようも出来ない事態に陥った時、人はつい誰かに助けを求めてしまう。それはしかたのないことだろう。しかし、助けを求めても、助けが来ない時もある。今がその時だ。

 佐知子はハッとし、地面に置いてあったリュックを手にした。そしてそれを持つと振り回す。

「あっちいけ! あっちいけ!」

 犬たちは少し距離を取った。しかし、逆効果だった。野犬たちは興奮状態になり、吠え出している。
 佐知子はその声を聞いて泣き出しそうになる。それでも自分にできるたった一つの抵抗はリュックを振り回すことだけだ。しかし、一匹の野犬がそのリュックに飛びかかった。

「!」

 リュックがずしりと重くなる。体が傾く。野犬の鋭い牙と爪がリュックに突き刺さる。それでも佐知子はリュックを放さなかった。

「はなれろ!! はなれろー!!」

 涙目になりながら間近で唸り、じたばたとリュックを噛みちぎろうとしている恐ろしい野犬と対峙する佐知子。

 負けるものか。佐知子は思う。
 戦わなくては。
 泣いてしゃがんでたって、誰も助けてはくれない。
 野犬に食われて死ぬだけだ。

「はなれろおー!!」

 佐知子は瞳をぎゅっと閉じながら叫んだ。目尻から涙がこぼれた。
 その時だった。
 キャインと甲高い泣き声が聞こえたと思うと、リュックが急に軽くなる。反動で地面に尻もちをつきながらも、佐知子は目を開く。目の前では、次々に野犬に矢が刺さっていた。

 矢の雨が、空から降ってきた。
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