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第4話:黒い影

Bパート(2)

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 オリンポス山の中腹に落盤事故が多発し、希少鉱物の産出も採算が取れなくなったことで廃棄が決まったその坑道が存在した。もう誰も見向きもしないその坑道に黒いローブを纏った一人の男が向かっていた。
 坑道の入り口には複数の多脚歩行型警備ロボットが配置され、頑丈な扉で封鎖されていた。坑道に近づいた男に対し、警備ロボットの一台がライトを赤く点滅させて前を遮った。

「この坑道は現在落盤の危険があるため関係者以外の立ち入りは禁止されています。なお、坑道はオリンポス行政局の管理下に置かれており、坑道に近づく方を実力で排除する許可が出ていますので、近づかれる方は御注意ください。この坑道は…」

「認識ナンバー0904304832049203」

 警備ロボットの警告音声に対して、男が認識番号を口にする。

「認識ナンバーを確認。パスワードを入力してください」

 警備ロボットの動作モードが変わったのか、ライトが赤から青に変わる。

「音声パスワード『だるまさんが転んだ、だるまさんが滑った、だるまさんが政治闘争を始めた』」

 男が警備ロボットへ音声パスワードを告げると、

「パスワード照合…声紋一致。網膜認証と生体認証を行ってください」

 警備ロボットのライトは緑に変わり、男の前から退いた。そして扉の一部がバタンと開くと、網膜認証と生体認証のためのコンソールが現れた。
 坑道の入り口にとは思えず、まるで軍事施設や政府の機密施設かというような厳重なセキュリティだが、男は黙って眼鏡・・を外し、認証装置に目を当て手を生体認証パネルに置いた。

「………網膜、生体認証、全て一致しました。登録者S・Tと認証完了しました」

 坑道を封鎖していた扉のロックが外れ、ギギッと音を立てて人が一人入れるぐらいに開く。

「御案内は必要でしょうか?」

「不用だ」

 坑道は、非常灯しか付いていないため暗い上に迷路のように入り組んでおり、うかつに入り込めば迷子になり遭難してしまう。警備ロボットの一台がガイドとして同行するかと訪ねたが、男は断った。

 扉をくぐった男は、薄暗い枝分かれだらけの坑道をすたすたと歩いていく。坑道を上下につなげるシャフトを何度も使い地下に潜っていく。そして小一時間ほどで男は目的の場所にたどり着いた。

 坑道の奥にあるのが不思議な普通の部屋に付いている扉。それを開けて入室した男は、そこでようやくローブを下ろした。現れたのは眼鏡をかけた男、サトシであった。

 サトシは部屋の奥に向かうと、平安時代の貴族が使っていたような御簾の前に跪いた。

「残念な御報告に参りました」

 サトシが恭しく御簾に向かって言葉を発するが、御簾の向こうにはまるで人気を感じられない。

「我が君に下賜いただいた宝珠にて作りし巨人ですが、残念ながら倒されてました。その際宝珠も失われてしまいました。…この失態、チーバはいかような処罰も甘んじて受ける所存でございます」

「…」

「許すと…。我が君の御寛大な処置に感謝の言葉もありません」

 サトシは、そのまま地面にひれ伏すように頭を下げた。まあいわゆる土下座であった。

「…」

「何と、宝珠をまた下賜いただけると。それは本当でございますか。あれは貴重な遺物と伺っておりましたが…」

「…」

「いえ、そのような事は…」

「…」

「すぐに軍を送るのは難しいかと。ヘリウム《首都》攻略にはもうしばらくかかます。こちらも戦力が整っておりませんので。まずは他の都市に援軍を請わねばなりません。それに巨人を倒した兵器の情報を集めないまま、次の軍を送るのは愚策かと…」

「…」

 サトシは驚いた表情で土下座から顔を上げる。

「我が君が気になされるような者が、ヘリウム《首都》に在ると…。承知しました。このチーバ、一命を賭してその者を探し出して参ります」

 サトシは再度頭をこすりつけるように下げるのだった。そして御簾の向こうで何かが光り輝く。そのとき御簾に映し出されたのは、女性とおぼしきシルエットであった。
 輝きが収まると、御簾の下から押し出されるように宝珠…直径一センチほどの赤いビー玉のような球体…が転がり出てきた。サトシはそれを恭しくつまみ上げると、宝石を箱のような小箱を取り出して納めた。

「我が君、今度こそ吉報を持って参ります」

 サトシは恭しく礼をする。そして御簾の向こうを名残惜しそうに見つめると、黙って部屋から部屋から出て行くのであった。

「…」

 サトシが部屋を出て行くと、御簾がスルスルと持ち上がる。そこには赤い一つ目を持った暗い影が、たたずんでいた。





 ヘリウム《首都》の研究所の格納庫であお向けに横たわったアルテローゼ。その周りでは研究所に残った所員や作業員とレイチェルの父であるヴィクターが、機体の修理というか調査にかかりっきりであった。

「お父様、アルテローゼは…レイフは大丈夫なのでしょうか?」

 レイチェルもヴィクターの手伝いをしているが、彼女ができるのは部品や工具を手渡しするぐらいしかない。もう大破といって良いぐらいに破壊されたアルテローゼの機体をレイチェルは不安そうに見上げた。

「レイフというのは、アルテローゼのAIの名前だったな。…それに関しては私には何ともいえない状況だ。何しろアルテローゼの機体は見ての通りだ。はぁ、ここも駄目か。…レイチェル、A-35番ユニットを持ってきてくれ」

 アルテローゼレイフは、自爆機能を流用した大砲を作り上げ巨人を倒した。爆発源であるキャパシターは大砲の砲塔で炸裂したが、砲弾を撃ち出すだけでなく、砲身も破壊していた。その砲身の破片は、周囲に飛び散りアルテローゼの機体をずたずたに引き裂いていた。

「はい、これでしょうか?」

 ヴィクターはレイチェルが差し出したA-35番ユニットを受け取ると、交換するために胴体にある破壊されたユニットを取り外す。

「レイチェル、これを見なさい」

「これは、…真っ黒焦げですわね」

 ヴィクターは破壊されたA-35番ユニットをレイチェルに見せる。それはレイチェルの感想通り、強化プラスティックの外装が通り真っ黒に焦げ歪んでいた。

「最後の爆発で飛び散った破片が超伝導バッテリーを破壊したんだ。そのために機体に過電流が流れたんだ。バッテリーの大部分のエネルギーは、キャパシターの爆発で使用されたが、それでも雷に直撃されるぐらいの電気エネルギーが機体を駆け巡ったのだ。アルテローゼの回路は、ほぼ再起不能の状態なのだよ」

 ヴィクターは、やれやれといった感じでユニットを交換した。

「自爆前にコクピットは射出されたので、コクピット・モジュールに付いていたブラックボックスは無事だったが、AIのデータ記憶の大部分は、機体のストレージ外部記憶装置に入ったままだったのだよ」

「一体それはどういうことなのでしょうか?」

 レイチェルは、ヴィクターの言っている意味が分からずキョトンとした顔をする。

「…つまり、レイフというAIの記憶のほとんどは失われてしまった、という事になる」

 ヴィクターは、そう言って機体の奥にある黒焦げの物体を指さす。ハードウェアに詳しくないレイチェルには分からないのだが、それがアルテローゼのストレージだった。

「データが記憶と言うことは、記憶が無くなった状態…つまりレイフは記憶喪失になったということですか?」

 人差し指をほほに当てて首をかしげるレイチェルにヴィクターは、首を横に振る。

「AIにおいて記憶がなくなるというのは、人間の記憶喪失とは比較にならない。AIにとってデータ記憶がなくなったと言うことは赤子に戻ってしまうと同意義なのだよ。言い換えれば、レイフというキャラクターが消えてしまったに等しいのだよ」

「赤子…レイフが、消えてしまった?」

 ヴィクターの言葉に事情を察したレイチェルの顔が青ざめた。

「ああ、赤子に戻ってしまったのだよ。自身をゴーレムマスターと名乗り、不思議な力でアルテローゼを再構築してレイチェルと戦いに望んだ。そのレイフというAIの人格は失われたのだ。制御コアを再びアルテローゼに組み込むことでAIとして動作することはできるかもしれない。しかしAIとして再び起動してもレイフとしてではなく、素のAIとなっているだろう」

 ヴィクターは、そこで大きくため息をついた。
 ちなみに、ここまで重要なAIのストレージがどうしてコクピット・モジュールと一緒に射出されなかったかというと、アルテローゼが試作機以前の実験機体ということに起因する。人が搭載する機動兵器と言うことでコクピット・モジュールが射出される機構は組み込まれていたが、ストレージを一緒に射出するという設計を忘れていた、設計ミスがあった。
 本来この様な設計ミスは、試作機を作っていくうちに改善されるのだが、アルテローゼは実験機であり、そういった不具合が残っていたのだった。

「そうですわ。研究所にはアルテローゼのデータのバックアップはあるはずですわ。それを復旧すればよろしいのでは?」

 レイチェルは、データのバックアップが存在することを思い出し顔を輝かせて、ヴィクターにそれを告げた。

「首都の研究所のバックアップだが、メインサーバにあるデータは機密保持の為に消去してしまったのだよ。つまり、バックアップは存在しないのだよ。過去に戻れるなら自分を叱ってやりたいぐらいだ」

 首都が革命軍に占領される直前と言うこともあり、最重要機密である研究所のデータは持ち運び可能なメディアに移動され、サーバ上のデータは消去されていた。そのメディアに移動されたデータの中にアルテローゼの外部記憶は入っていなかったのだ。
 何故メディアにアルテローゼの記憶が入っていなかったかというと、アルテローゼのAIは一度も起動しておらず、外部データに入っていたのは基本的なデータだけど思われていたからであった。実際にはレイチェルの動画が入っていたように、研究所員が個人的に入れたデータが多数合ったのだが、そんなデータを機密情報としてメディアに移す必要はないだろうと無視されたのだった。

 ヴィクターとしてもまさか動かないAIのデータが必要とされる状況が発生するとは思ってもみなかったのだ。設計ミスとバックアップを残しておかなかったという二重のミスによって、レイフという貴重なAIが失われたと思うと、ヴィクターは過去の迂闊な自分を呪い殺したい気分だった。

「バックアップが無いのですか…」

 レイチェルが再びうなだれる。

「記憶も問題だが、それよりももっと大きな問題があるのだ。レイチェル…制御コアが再起動しないのだよ」

 ヴィクターが視線を送った先には、外部電源につながれたコクピット・モジュールがあった。所員がブラックボックスからデータを吸い上げているが、どうもそれが上手くいっていない様子だった。

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