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第七章【時空間を欺く者】

第三幕『山本美沙理の痕跡』

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 「次は、隣県の県庁所在地から……は? 県庁から北東へ三十キロ!?」

村山家を後にした私は高速道路を走って東の県境を目指している。
カーナビでサリーさんの実家の場所を調べたが……、かなりの山奥らしい。


 「ちゃんと車道あるんだろうな……。地図が真っ白なんだけどな……」

教わった住所をカーナビに入力したがナビ上には何もない。
□□県の〇〇〇市のとある小さな村が山本美沙理《あのひと》の出身地なのだ。





 しばらく高速道路を走り続け、県境を抜けた後サービスエリアに立ち寄った。


 「すみません。ちょっとお聞きしたいのですが、この村にはどうやって行けばいいんですか?」

私は近くにいた売店の中年男性に尋ねてみてみた。

「ここかあ、〇〇〇市の一番北東部にある場所だからね、ここからだと四十キロ以上はあると思うよ。今はほとんど人も住んでないだろうし、こんな場所に用事あるのかい?」

「はい、昔お世話になった方のお墓参りに行きたいんです。ナビで見てもこの辺りは地図が真っ白で表示されないんで……」

「あの山村《さんそん》は過疎化が進んで今じゃ老人が数名残ってるぐらいだからな。ほんとになにもないとこなんだよ。昔は小さな商店街があったんだけどね」

売店の中年男性はレジ下の棚から小さな手作りの地図を取り出して私に見せた。

「これは……? どこの地図ですか?」

「村の地図だよ。あそこはカーナビじゃ道が出ないこともあるらしいからね。大雑把だけど、村へ行く人のために手書きの地図をコピーしてるんだ」







 売店のおじさんに県庁から村までの地図を貰って、再び高速道路を走り続けた。

「もうすぐ〇〇〇市に着くな……」



 しばらく走り続けた後、県庁の看板を目印に高速道路を下りて一般道を北上する。

「ここから三十キロか、道路が混んでないだけましと言えるな……」

たぶん、これで渋滞していたら面倒になって引き返していただろう。



 市内を二十キロほど北上すると田畑が多くなり、家も疎らになってくる。

「進むごとに家すらなくなってきたな……。ほんとに人住んでんのか?」

道路は二車線あるが、周りは見渡す限りの山、山、山、それと小さな川。







 カーナビは市の最北東を指示しているが、道路が途切れた表示になっている。

「ここから一車線か、この先がサリーさんの故郷みたいだな」

田舎道というと狭い道路を考えるかもしれないが、整備された広い一車線道路なのだ。

田畑が並んでおり、畦道には花が咲いている。

「――あっ、人がいる」

老齢の男性が耕運機に乗っている。時期的に田植え前の地ならしをしているのだろう。






 道路を進んでいくと地図の通り村がある。
村と言っても家々が建ち並んで……という状態ではない。
ポツリポツリと家が建っている状態。畑、畑、家、畑、畑、畑ぐらいの並びだ。

「すんごいド田舎なんだなー。サリーさんの生まれ故郷って……」

明らかに空家と思われる崩れそうな家屋もいくつか見受けられる。








 サリーさんから教えてもらった。場所に向かった。
車道は途中で狭くなり、路肩に停車して細い道をしばらく歩いた。

「……え? ここか? 山……本……」

先程、道路から見た崩れそうな家屋の一つ、それがサリーさんの実家らしい。すすけた表札は確かに山本と書いてある。家の特徴もサリーさんから聞いた通りだ。

 問題はここからだ。家は解体してなければ、教わった場所にあって当然だと言える。
知りたいのは山本美沙理《サリーさん》がこの世界ではいつ亡くなったかだ。







 私は十代の頃、高架下の占い館ミザリーで七十歳の山本美沙理《サリーさん》に占いをしてもらっている。そのときにタイムリープの手順を教わった。ただし、手順にミスがあって自分で補正したのだが。

「村さんがタイムリープ前の世界では、サリーさんは七十歳で深夜徘徊中に道端で倒れて亡くなっている。でも、ここは村さんが四十九歳で亡くなっているタイムリープ後の世界だからな……」


 しばらく田舎道を歩いてみた。放置された農地がずいぶん多い。
歩き続けていると道路も砂利道に変わって、畑も少なくなってきた。

「これ以上進むと山しかないな……」







 引き返そうと踵《きびす》を返したときだった。

「おんや? 行政の方かね? 暑いのに背広なんぞ着てさあ」

畑仕事をしていたのだろうか、老婆に声を掛けられた。

「こんにちは、お婆さん。ちょっと探している場所があるんです」

何歳ぐらいだろうか、背が低く痩せているが、腰は真っ直ぐ伸びている。



 「どこ行きたいんかね? この村は畑と墓地ぐらいしかないけどねえ」

「墓地に行きたいんです。山本美沙理さんの縁の者でして……」

サリーさんの名前を口にした私を老婆は驚いた顔で凝視している……。

「――兄ちゃんは美沙理ちゃんの孫かい? いや、美沙理ちゃんは独身だったはずだね」

「血縁者ではないんです。昔、お世話になったのでお墓参りに来たんです」

サリーさん……。子孫を残していないので、お孫作戦は失敗ですね!

 





 「あたしゃ美沙理ちゃんの学友でね、昔はよく遊んだのさ」

空を見ながら、懐かしそうに思い出に浸っている。

「墓地はこの近くにあるんでしょうか?」

「ほりゃ、あそこに見える。何基かあるけど、山本さんのは一つだから」

老婆が指差した先は山の入り口付近だった。よく見ると墓石らしきものが見える。

「ありがとうございました。ちょっと行って来ますね」

礼を言って、さらに田舎道を山の方へと進んでいった。




 うっそうと生い茂る草をかき分けて、墓地へとたどり着いた。

「……山本……山本……どこだ」

墓はそこそこ整備されている。老人たちが手入れしているのだろう。

「あった!山本家之墓!これだろうな」

問題は墓石に刻まれている山本美沙理の享年だ。

「――これは……?」






 墓石の横を見ると、サリーさんの家族であろう山本姓の名前が連なっている。

「――ないぞ!? 山本美沙理って名前が刻まれてない!」

ここに名前がないということは、山本美沙理の墓は別にある可能性。
または、何らかの理由で死亡後名前を刻まなかった?




 気になった私は駆け足で先程の老婆がいる畑へ戻った。

「お婆さん!美沙理さんのお墓はここでいいんですか? 墓石に名前も法名もないようでしたけど……他に墓地があるんですか?」

老婆に問いかけるとしばらくうーんと唸ったまま黙り込んでしまった。








 「美沙理ちゃんはねえ、若い頃都市部に出て行ってね……」

それは知っている。サリーさんから聞いた話に合致する。

「そうらしいですね。そこまでは知っているんですが……」



 少しうつむいた老婆はため息交じりにこう言った。

「……男に騙されたのかねえ。浴びるほど酒飲んで、薬飲んで逝っちゃった。墓はね、両親が近所に顔向けできんって言って名前を刻まんかった……」

「何歳で亡くなられたかご存知ですか?」

「ここから都会へ出て、六年目だったから二十五から二十六歳だねえ」



 予想通りといったところか。山本美沙理《サリーさん》は、七十歳で亡くなる前日にタイムリープで二十歳に戻る。そこから何度もループするが、六十六回目の二十六歳で自殺する。


 







 「ああ……、なんて変な世界なんだろう……」

私はぼう然としながら田舎道を下って車へと戻った。

「村さんもサリーさんも亜空間にいる年齢で亡くなっている。それはそれでいい」



 そうだ、決定的におかしい矛盾が一つだけ残ってしまったのだ。

――いや、おかしいのは私自身なのかもしれない。






 ――そして、私は戸惑う……。
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