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44-2エリオットはけいれんをおこして
しおりを挟むヴィルは私を引き留めてたまらないように話を始めた。
「あの…聞いてもいいだろうか?こんな時にとは思うが頼む、少しだけ…さっき…咄嗟に君の顔を見て俺は”ばいおれと”と言ったみたいだが…君の名前は?」
「もう思い出したんでしょう?いくら3年もの間顔を合わせなかったからって知らないふりするなんて…」
あっ、もう、私ったら余計なことを。
ヴィルは驚いて私をじっと見つめる。
髪の色は変わってるけど他は3年前と同じヴィル。
少し逞しくなった?それとむさくるしくもなった?
懐かしさで彼に抱きついてしまいそうな自分をぐっと抑え込む。
何が何だか分からずどうしていいかもわからない。
それでも彼は私を騙していた事を忘れてはだめだと言い聞かせる。それにまた私を騙すつもりなのかとも思う。
いけないいけない。
私はすぐに心に鉄壁の壁を作りヴィルの次の出方を待つ。
「いや、ほんとにわからないんだ。3年前カペラでマリエッタの見受けの金の事でもめて殴られて刺されたことまでは記憶にあるんだが…いいから君の名前を聞かせてくれないか」
「はいはい、バイオレットですけど」
私はどうでもいいわみたいな態度で言う。
鉄壁の壁を作っているつもりなのになぜか自分から墓穴を掘ってしまいそうで恐い。
「バイオレット……バイオレット…バイオレットか…ふぅ…だめだ。思い出せない。悪いが君と俺はどんな関係だったのか教えてくれないか?それにさっき俺の事ヴィルって呼んだのはどうしてなんだ?」
ヴィルが私の名前を呼ぶたびに私の心は震える。確かについヴィルって呼んだわ。
でも、話すって何を?記憶のない彼に何を言えと?
私は思わず”はっ?”って言いたくなる。ったく。どうしてそんな事まで話さなきゃならないの。
彼は私を騙してたのに…
「いえ、そんな話すほどの関係ではありませんでしたから…ヴィルって言ったのは慌ててたからで、すみませんヴィルさん」
「でも…君は俺の名前をどうして知ってる?とにかく俺はなぜかわからないが大切な事を忘れている気がするんだ…それは3年前からずっと俺の心の中に沸き上がって…でも、どうしてもそれが何なのか思い出せないんだ。俺は大司祭の命令で色々な敵を倒してそれでその任務が終わって、家族もいない俺は王都に帰る気もしなくて北の国境警備隊に入ったんだが…」
ヴィルは首をかしげてほんとに困った様子で。
もう、相変わらずなんだから…あなたは…あなたはそうやって私の心をつかんで行った。
でも、もうあなたに関わるのはごめんなの。
「なあ、確か‥バイオレットだったよな?頼むよ」
ヴィルの透き通った琥珀色の瞳が私を見据える。
私はヴィルがそう言って話かけたことを思い出す。
もう、ほんと。ヴィル。ずるいんだから…
「あなたは3年前に死んだんです。でも、その後生き返ってレオンさんたちが迎えに来て大司教の所に連れて行かれてその後の事は知りません」
私は出来るだけ簡単に3年前の事を話す。それのあくまで他人のふりをして。だから言葉使いがこんなふうになった。
「俺が死んだ?まさか…だってこんなにピンピンしてる」
「カペラで刺された事は覚えてるんですよね?その時一度息を引き取ったんです。まあ、そんな事今さらどうでもいい事ですけど。あなたは生き返って今も元気で生きていらっしゃるんですし…」
「そうだな。俺は生きている。でも、何か足りないんだ。すごく大事な事が抜けてるみたいで…バイオレット。俺と君とはどこで知り合った?どんな知り合いだった?」
ヴィルは諦めるどころかもっと聞きたいとばかりに距離を詰めて来る。
ひぇ~。私の心は悲鳴を上げそうになった。
近づかないでよヴィル。
私は彼から一歩下がる。
「そんなこともういいじゃありませんか。それより私は急いでますので、薬草を取りに行かないと…じゃあ、お先に失礼します」
私は診療所を出ると急ぎ足でランドール商会を目指す。商会は同じ繁華街にあって歩いて10分ほどの距離だ。
「待ってくれバイオレット。頼む。俺は一度死んでそして生き返った時には君の事はすっかり忘れていたんだろう?。バイオレットと俺は友達だったのか?」
もうやめてよ。その馴れ馴れしい言い方は。
でも、何か話さないとヴィルはずっと私を追い回すかもしれない。
私は諦めてヴィルに教える。
「いいですか。あなたはペンダル学園の講師をしてたんです。私はその学園の生徒だったんです」
「ああ、そうだった。潜入捜査でペンダル学園に行った事はあった。でもほんの数か月ほどだったと思うが…」
「ええ、だから私とはほんの短い間の付き合いで…」
「付き合いって?」
彼が驚いたように私を見る。
「いえ、その…えっと…も、もちろん講師と生徒としてですわ」
私は思わず口ごもるが何とかうまくごまかす。
ヴィルは瞼を落としてがっかりした。
「そうか。マリエッタに泣きつかれて金を工面する必要があって確か…」
「マリエッタって…彼女はあなたの恋人なんですか?」
私はついずっと心に引っかかっていた事を口走っていた。
ヴィルは何のためらいもなく首を横に振る。
「彼女は俺が使っていた情報屋だった。彼女は恋人なんかじゃない。ただマリエッタがあの仕事を嫌がっている事は知っていたし、金を何とか都合してやってもいいかと思っていた」
「そうなんですか…」
ほっとした。もうどうしてほっとするのよ。
彼は私を騙していたことに変わりはないのよ。しっかりしなさいよ!
ヴィルはまた私に近づく。
今度は何か言いたげに、でももどかしいようにして声を掛けようとして止めた。
私は我慢できずにとうとう口を開いた。
「もういい加減にして下さい。もう帰ってもらえませんか?」
「じゃあ、最後に一つだけ…バイオレットは結婚したのか?」
ヴィルはなぜかたまらないように私の肩を掴んで立ち止まらせた。
彼の瞳は揺らめいていて何かを勘ぐるみたいに私を見つめている。
もう、どうしてそんなこと聞くのよ。
私はすべてを見透かされそうな気がして言葉が出てこない。…おまけに心はふりこのように揺れて。
彼に本当の事を話したくて。
指先はヴィルの身体に触れてみたくて痺れたみたいになって行く。
「どうしてそんな事を聞くんです。あなたには関係ない事なのに…」
私は怒ったように彼に言う。
だって、どうして。そんな事。
足元が崩れ落ちたのではないかと思うほどぐらぐらした気がして私は脚をぐっと踏ん張った。
「わからないんだ。でも、ふっとそんな事を思った…すまん。それくらいはいいだろう?教えてくれないか…」
彼の手がふわりと私の冷たくなった手を包み込んだ。その熱がじわりと伝わって来ると一瞬であの頃に帰ったみたいな気持ちになってしまう。
違う。そんなの…
何よ!こんなのただの手で…
なのにさっきトビーに触られた時とは全く違う感触。
彼の温もりがこんなに懐かしいなんて…ばか。ばか。彼は私を騙してたのに。
私の事なんか覚えてもいないのに。
あなたに私の気持ちの何がわかるの?
今さらそんな話…
あの時私を騙してなんかいないって言って欲しかった。
なのにあなたは記憶を失くしているんだもの。
何を信じていいかもわからなくて私は暗闇の中にたったひとり放り出されたみたいな気持ちになったのよ。
胸の中にはぽっかり穴が開いて。
断崖絶壁の崖から飛び降りてしまいたいって気持ちになって。
すべてがむなしくて辛くて。
それでも妊娠が分かって…どれほどあなたに帰って来てほしかったか。
「バイオレット頼む。どうしてかわからない。でも…どうしても聞きたいんだ」
ヴィルはなぜか眉間をぎゅっと寄せて苦痛から唇を歪めた。
どうして?覚えてもいないくせにどうしてそんな顔するのよ。
ぎゅっと胸が苦しくなって思わず彼にすべてを話そうとする自分をいさめる。
ほんと。ばかばかしい。
するとおかしいほど気持ちが覚めて行った。
そんな顔してもむだよ。今さら何?ヴィルあなたがお金のために私を騙していたことは事実なんだから。
だから私もずるくても嘘をつく。
「もう、どうしてそんな事が気になるんです?まあそれくらいの事いくらでも教えますけど…ええ、私は結婚してます。すぐにエリオットを授かって私はすごく幸せなんです。わかったらもう帰ってもらえます?」
「そうか…すまなかった。何だかどうしても気になって…ありがとう。そうだ。バイオレット、夜道はぶっそうだし診療所に帰るまで付き添わしてくれないか」
ヴィルはあくまでも用心の為にと私の後ろをついてきた。
ヴィルの事なんか。
なのに彼の気配を感じるだけで胸が熱くなる。
いっそ本当の事を話して彼の気持ちを確かめてみたらどうか?などと思い始めている。
そわそわする気持ちにおかしくなる。
何をばかな事を考えてるんだろう。
そんな事を期待しても意味もないのに…
彼ほどの器量ならこの3年でいくらでもいい人が出来ているに違いない。
あんなに結婚にこだわるなんてもしかしたら自分も結婚してるからかもしれないじゃない。
そんな事を考えながら私は迷惑だからという態度で後ろを振り返らずせわしなく歩く。
商会までの道のりを急ぐのを装うので精いっぱいだった。
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