上 下
39 / 51

39何だかまずい状況です

しおりを挟む

 マリエッタは男たちを押しやってまた話を始める。

 「あなたをここに連れて来たのはお金を都合してもらうつもりだからよ」

 彼女は腹立たしげに言葉を吐いた。

 「なんの事?」

 「あなたにお金がないのならお兄さんに都合してもらえるでしょう?」

 「だから、あなたの為にどうして私がお金を都合つけなくちゃいけないよ!」

 「お兄さんたちはみんなエリートじゃない。国家機関で働いてお金がないなんて…あり得ないわよね?」

 彼女は相変わらず私を睨みつけてせせら笑った。


 マリエッタは何を勘違いしてるんだろう?

 それともヴィルが彼女にそんな事を言ったのだろうか?

 本当にそんな事をするつもり?

 私はマリエッタの態度があまりにも自信たっぷりなのででだんだん心配になって行く。

 そんな彼女は人を馬鹿にしたような笑みを浮かべ腰に手を当てて「ふん、なによ!」とでも言いたげにつんと顔を反らした。


 「マリエッタ?ヴィルから何を聞いたか知らないけど私や家族にはそんな余分なお金はないのよ」

 「うそよ!」

 「うそじゃないわ。ほんとに私やわたしの家族にはおかねはないのよ。ヴィルはそれが分かったから私にはお金の事なんか相談しなかっんだと思うわ」

 マリエッタは唖然とした顔をした。

 そして腕を組んでさらに背筋をぐいっと伸ばした。

 私を見据えるようにして話を始める。 

 「よく聞いて。あなたは騙されてるのよ。婚約者気取りはもうやめたら?ヴィルは約束してくれたの。私をここから連れ出してくれるって」

 「それって…」


 それって…ヴィルはマリエッタが好きなの?私は騙されたって事?

 そんな考えが浮かぶと胸の中にメラメラと嫉妬の炎が燃え上がった。

 ヴィル?

 私はそれでも不安と怒りで押しつぶされそうな気持をぎゅっと押し込んだ。

 マリエッタの前でそんな醜態を見せたくない。

 唇を噛みしめたくなくて口の中で歯をぎりっと鳴らす。一緒に舌を噛んで痺れと痛みが脳内を支配した。

 そのおかげで理性を取り戻せたかもしれない。

 私は背筋を伸ばして顎を突き出す。

 「そんな事知ってるはずがないじゃない。それに私がどうしてあなたにお金を出す必要があるのよ」

 つんと顔を反らす。

 今の私にはこれが精いっぱいの虚勢だった。

 
 マリエッタは完全に切れたらしい。

 「あなたみたいに素敵な家族がいてあんないい学園に通っている人にわかるはずはないわ。あなたに教えてあげましょうか。私がどんな酷い目にあったか、ううん、今もひどい目にあってるって事を!」

 マリエッタの言葉がかみつくように吐き捨てられる。


 ほんの少し間を開けて。

 この話をしようか迷っているみたいだった。

 腰に当てていた腕を胸の前で組むと顔をうわ向かせ息をゆっくり吐いた。

 私と目が合ってマリエッタは一度まぶたをぎゅっと閉じてパッと見開いた。

 彼女はとてもきれいな人だと思った。

 金色の髪はきれいにカールして琥珀色の瞳は光が反射するとキラキラ輝いて瞳の周りのまつ毛は長くきれいで唇だってきれいな形をしていて…

 やっぱりマリエッタの話は本当なのかなって、まるで足元の悪い上にはしごを立てて脚をかけているみたいに頭がぐらぐら揺れている。



 マリエッタはもう一度息を吐くと話を始めた。

 「私は孤児だった。養護施設を出て15歳で働き始めたわ。王都のパン屋で働き始めてすぐの事だった。そこの主に乱暴されたのよ。家族がいればきっとそんな事はおこらなかったはずよ……」

 マリエッタは握っていた拳を開いたりまたぎゅっと握ったりしている。

 まるでこらえきれない怒りを抑え込もうとでもしているかのように。

 「その後、私はそのパン屋から逃げ出した。頼れる人もいなくてそして街をさまよっている時ろくでもない男に引っかかって…騙されたのよ!こんな所に売られるなんて…それからここでずっと嫌な男の相手をさせられて…それがどんな気持ちかあなたにわかる?私の人生はこんなはずじゃなかったのよ。家族と一緒に暮らして働きながらいずれは好きな人が出来て結婚して幸せな家庭を築いて…」

 目の前のマリエッタの金色の瞳は涙の膜で覆われて眦を涙が伝い落ちた。

 彼女は泣いていた。

 「だからって私にどうしろと?」

 だって私だってどうしていいのかわからない。責任?そんなの…

 マリエッタが辛かったのは確かよ。でも、そんな事どうしろと?どうにもしてあげれなかったじゃない。

 今だって私にどうしろと言うのよ。と私は聞きたかった。

 その答えはすぐに分かった。

 「決まってるじゃない。お金が出来ないならあなたにはここで働いてもらう。代わりに私は自由になる。それだけの事よ。あなたと私が入れ替わればいいのよ」

 マリエッタが薄ら笑いを浮かべる。

 「私はヴィルを信じてたのにあなたにいいように騙されるなんて…だから仕方ないじゃない。あなたが私に変わってくれればいいのよ」

 「マリエッタ正気なの?そんなこと出来るはずないじゃない。ヴィルはどこ。ヴィルに合わせてよ!」

 「ヴィルは殴られて気を失ってるわ。奥の部屋に転がってるはずよ。お金を持ってくるって言っておきながら何も持たずに来たの。だから相当殴られたみたい。あなたヴィルの事が好きなんでしょう?じゃあ、ちょうどいいじゃない。ヴィルを助けたいならあなたがここで働くべきよ!」

 マリエッタの唇の端が持ち上がる。

 「そんな!」

 私はあまりにも驚いて何も言い返せない。

 マリエッタあなたどれだけ無茶なことを言ってるかわかってるの?

 その時また男の一人がマリエッタの前に割って入って来た。

 「おいおい、マリエッタ。お前が自由になれるとでも?お前はもうマルケリア国の商人に買い取られてるんだぞ。お前はあのデブった男のおもちゃになるって決まってるじゃねぇか。ひぃひぃひぃっ」

 気持ちの悪い笑いでマリエッタを見据えると彼女の手をひねり上げた。



 「冗談?私の代わりにこの女を渡せばいいじゃない。だってバートだっていいって言ったわ。私の代わりを連れて来ればお前は自由にしてやるって」

 男たちはクッと笑った。

 「おいおい、そんな話信じたのか?バートがそんな男じゃないって知ってるはずだろう?マリエッタお前には大金が掛かってるんだ。それをきちんと払えないうちは自由なんてない。そうだろう?」

 そこに大柄な人相の悪い男が奥から出て来た。

 「さっきから何を騒いでる?ここは店先だぞ。お客が逃げたらどうすんだ?」

 どすの聞いた低い声に男たちが顔色を変えた。

 「バート、わかってるって、すぐに連れて入る。おい、女。こっちへ来い!」

 「お前ら、誰がバートって?俺はこの宿の主人なんだ。店では名前で呼ぶなって何度言えばわかるんだ?」

 「あっ、いけね。はいはい、旦那すぐに」

 男たちはこのバートと言う男にかなわないのだろう。すぐに言われた通りに言い換えた。

 私はこの大きな男がここの主人だと知る。

 この人はヴィルの事を知っているはずだろう。

 「あの…バートさん?あなたがここのご主人なんですよね?ここにヴィルフリートって人がいますよね?私、その人に話があるんです。ヴィルを呼んでもらえませんか?」

 「お前は誰だ?」

 「旦那、こいつはマリエッタが連れて来たんです。何でもあのヴィルの婚約者だとか、上玉ですぜぇ」

 バートは私を見て次に男たちを見た。

 「なんだ。ヴィルの奴。そうならそうと言えば殴られなくても済んだものを…ったく。無駄に殴らせやがって」

 バートは右手の赤くなった拳を左手で撫ぜた。

 「クッソ!」

 大きくため息を吐くと今度は男たちを見た。まるでお前たちのせいだとでも言いたげに…

 男は顔色が変わって慌てる。

 「旦那。マリエッタはそう言ってますが、マリエッタがあの商人のところに行けばこの店には女が必要でしょう?ちょうどいいじゃないですか。こいつをマリエッタの代わりに使って、マリエッタにはマルケリア国に行ってもらえば」

 男たちはにやつきながら私の腕を両方から抱えた。

 「何するのよ!離して!私がそんな事認めるはずがないじゃない。こんな所で働くわけがない。いいからヴィルに合わせてくれないならもう帰らせて!」

 「そういうわけにも…なぁお前たち」

 バートが言う。やっと機嫌が直ったのかバートはにやりと笑って私を見た。

 瞳の奥に情欲が沸き上がったようないやらしい目で私を見る。


 気持ちの悪い悪寒が肌を駆け抜けた。

 そのせいで私はごくりとつばを飲み込んだ。

 マリエッタはまずいと思ったのか逃げ出そうと店の出口に走り出す。

 「おっと、マリエッタどこに行くつもりだ?お前は大事な売り物だ。大人しくしてろ!!」

 バートの太い腕がマリエッタの手を容赦なく後ろに捻り上げてマリエッタはあっという間に拘束された。

 「いや!いやよ。放して。私はこの女を連れて来たじゃない。私を自由にしてよ。バートお願い。私をもうここから自由にして…お願いよ。あんな豚みたいな男のものになるくらいなら死んだほうがましよ。いや!いやよ」

 マリエッタは泣きながらバートに懇願する。

 「それは無理だ。わかるだろう?マリエッタ」

 その声は気味が悪いほど優しい。

 私は身体中にぞわぞわと虫唾が走る。


 そこに突然ガタンと音がして奥の部屋からヴィルが現れた。

 彼はまぶたや頬を腫らしてそこは真っ赤になっていて、唇の端には血がこびりついている。

 私の胸は焼け付くほど痛くなった。

 それが会いたかった。心配してたの。って言う感情なのか、信じた人に裏切られたって言う喪失感なのかわからなかった。

 ただ訳の分からない激しい感情が脳内で渦巻いていた。

 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

処理中です...