上 下
10 / 51

10色々とばれてしまいました

しおりを挟む

 結局ヴィルフリートに待ち伏せされて一緒に帰ることになる。

 そわそわとして何か話をと思って、そうだ。料理の事と思う。

 「あの、仔牛の煮込みどうでしたか?」

 「あっ、すごく旨かった。それにあのフォカッチャと一緒に食べると口の中で込んだスープがじゅわっと広がって…」

 「ですよね。あの料理私の故郷の料理なんですよ。あのコロケットのご主人がべズセクトの出身で他にもチーズたっぷりのドリアなんかもそりゃ絶品で…グゥー…」

 私はいつもならまかない料理を頂いて帰るのだが今日はあんなことがあって急いでいたので夕食を食べそこなっていた。


 「夕食まだなのか?」

 「まあ、誰かさんのおかげで食べそこなってしまいましたので」

 じろりとヴィルフリートを睨む。

 「俺のせいか?いや、あの質の悪い男たちのせいだろう?でも、何か食うか?」

 「大丈夫ですから」

 「ほら、そこの店先でラムサンドを売っているだろう?」

 ヴィルフリートはさっと走ってそのラムサンドと言う食べ物を買って来た。

 ラムサンドとは厚めに切ったパンに焼いた塩漬けの羊肉が挟んであって上にチーズがトロリと乗っている歩きながらでも食べれるものらしい。

 私は今まで知ってはいたが食べたことはなくて差しだされたそれを受け取ると少し戸惑ってしまう。

 「ほら、食ってみろ!」

 「でも、歩きながらなんて無理です」

 「いいから、ほら、こうしてかぶりつく」

 ヴィルフリートは自分の分まで買っていてそのパンの端っこにかぶりついた。

 「うまっ!」

 私の喉はごくりと鳴った。確かにお腹が減っていた。昼食もろくに食べれなかった。

 この男のせいで。そして練習の後のあの試合でかなりの体力を消耗して、アルバイトに来たのだから、それはもう…

 「では、せめてどこかに座って」

 私は目を彷徨わせて座るところを探す。

 運よく広場が近くにあってベンチが見えた。

 私は迷うことなくそのベンチを目指し始める。

 「待て!話がまだだぞ」

 ヴィルフリートが私の腕をつかんだ。

 「分かってます。でも、先にこれを食べたいので…」

 「あっ、そういう事。じゃ、ついでに飲み物買ってくる。先に行ってろ!」

 私が何かを言う前にもう彼は走り出していた。



 なんて気の利く人なんだろうと思った。

 私の兄なんか全部私にやらせるタイプだったのに…

 子供の頃はまだ使用人もいて何とか家の事はやってもらえたけど、そのうち家計が苦しくなりひとり、またひとりと使用人がやめていった。

 それに加えて私も大きくなってそのうち料理をすることになった。

 一番下の兄エドガーとは7歳違いで他の兄たちはすでに仕事をしていて手伝ってくれるのはエドガーだけだった。

 掃除も余儀なくしなくてはならなくなり、そのうちにほころんだ衣服とかもするようになりついには洗濯も…まあ、掃除や洗濯は交代で兄たちも手伝ってはくれたが料理だけは全くできなくて私は朝起きると朝食や簡単なランチも用意する羽目になって言った。

 家庭教師などもちろん雇えるはずもなく勉強は兄に教えてもらったり本を読んだりするのが精いっぱいだった。

 なのに突然王都のペンダル学園に行くように言われ、数か月は詰込みの勉強をさせられてこの学園にきたのだった。


 私は広場まで行くとベンチに座った。

 そしてやっとラムサンドを口に入れた。もちろんお腹が減っていてもかぶりついたりはしなかった。

 「美味し…い…」

 口に入れた途端肉汁がしみ込んだパンがしっとりしてチーズも蕩けて、ああ、もう何なの。この羊肉いい仕事してる。

 この塩加減が絶妙で口の中でパンと肉とチーズが混じり合って究極のワルツを奏でているではないか。

 「どうだ?うまいだろう」

 私は相当顔を崩していたらしく、思わずよだれがたれているのではと焦る。

 急いで口元に手を当ててこくこくと首を縦に振った。

 「ほら、これ」

 ぶっきらぼうに手渡されたのはとろりとした白いものが乗った黄金色の液体。

 なんですかと聞きたいが口の中がいっぱいですぐに話が出来ない。

 「これは、紅茶に牛乳の脂肪を泡立てて乗せた飲み物だ」

 私はその飲み物を見てこれがあの女生徒がよく騒いでいたティーホイップなる飲み物かと思う。

 私にはそんなものを買って飲む余裕はないかったから。

 やっとパンを飲み込んで「ありがとう。あの、お金払いますから」急いでカバンから財布を出そうとした。

 「どうして?こんな時は男が出すのが当然だろう。男に恥をかかせる気か?」

 「いえ、そんなつもりじゃないけど、あなたにそんな事をしてもらう理由がありません」

 「えっ?バイオレット。俺、これでも婚約者だから。一応。それともまだ認めないとか?」

 「いえ、そういう訳じゃないけど…悪いと思ったから」

 「そもそも俺は社会人。バイオレットは学生。婚約者じゃなくてもおごってもらえる立場だろう」

 「ごめんなさい。じゃあ、ごちそうになります」

 「最初からそう言えばいいんだ。さあ、食べろ!」

 「はい、これすごく美味しいです。実はずっと食べてみたかったんです。でもお行儀悪いから…」

 こんな所で貴族の性だろうか…


 「そうか。これからはいつでも欲しいときに買ってやるぞ」

 「いえ、そういうわけには」

 私、こんなもので誤魔化されてはいけないと。でも、なぜかすごくうれしいのはどうして?

 私はヴィルフリートが買って来てくれたティーホイップを飲んでみた。

 ふわふわした泡が口の中に広がって紅茶なのにとろりとした感触がして、こんな飲み物初めて飲みましたと興奮した。

 「美味しいです。ラムサンドもティーホイップも。ヴィルフリート様ほんとにありがとうございます」

 きっと今の私の顔は幸せオーラが全開で、ほころばせまいと思っているのに頬が勝手に緩み口元は口角が上がりっぱなしだろう。

 「いいんだ。それより様はつけるな。それにこんなものでバイオレットが喜んでくれるなら俺もうれしい」


 ふたりでベンチに並んで座ってニコニコしながらラムサンドを食べている。 

 他人が見たらきっと本当に仲のいい恋人同士に見えるに違いないと思うが私はラムサンドとティーホイップを堪能して満足していた。


 「そろそろ帰ろうか」

 「そうですね。まあ、大変もうこんな時間です。急いで帰らなくては…」

 「まあ、俺が一緒なんだ。大丈夫だろう」

 「そうでした。あなたは学園の先生ですものね」

 「でも、意外だったな。どうしてアルバイトなんかしてるんだ?」

 「どうしてって…ヴィルフリート様は我が家の事をご存知なんでしょう?婚約を申し込んだくらいですから」

 「そりゃ元伯爵だとは知っている。西の辺境伯でホワイトヘイムダルの騎士隊長を務める家柄だって事くらいは」

 「でも、それはもう昔の事です。今は伯爵でもありませんし、領地もほとんどなくなって兄弟はそれぞれ仕事をしていますし…」

 「バイオレットそれ?」

 私は指さされたところに目を向けて驚いた。ど、どうして。

 私はあまり私服を持っていない。学園では制服があるのであまり私服を着ることもない。

 学園の記念パーティとかもあるのでその時のドレスはもちろん持っている。だが普段に着る服は新しいものを買うことも出来なくて着ていた服を縫い直したりふたつの服を合わせてひとつの服に作り替えて着まわしているのだ。

 今日も服装もシャツはまだそんなに着古していないがスカートは何回も手直しをしたもので裏側は継ぎ接ぎだらけなのだが…

 今夜あのお客とやり合った時にどうやら破れたらしく。

 「いやだ。私ったらこんな姿で歩いてたなんて…」

 「いいから見せてみろ。何とかこの辺りを…なんだこれは?どうしてこんな継ぎはぎが?」

 「いえ、これは…ヴィルフリート様は我が家の事を知ってるのよね?」

 自分が伯爵家の女性だったのにと思うと羞恥が沸き上がった。

 でも、そんなもの今さら繕っても仕方がないじゃない。

 それにこんな事を知れば彼も婚約したことをを考え直すかも?





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女は妹ではありません。本物の聖女は、私の方です

光子
恋愛
私の双子の妹の《エミル》は、聖女として産まれた。 特別な力を持ち、心優しく、いつも愛を囁く妹は、何の力も持たない、出来損ないの双子の姉である私にも優しかった。 「《ユウナ》お姉様、大好きです。ずっと、仲良しの姉妹でいましょうね」 傍から見れば、エミルは姉想いの可愛い妹で、『あんな素敵な妹がいて良かったわね』なんて、皆から声を掛けられた。 でも違う、私と同じ顔をした双子の妹は、私を好きと言いながら、執着に近い感情を向けて、私を独り占めしようと、全てを私に似せ、奪い、閉じ込めた。 冷たく突き放せば、妹はシクシクと泣き、聖女である妹を溺愛する両親、婚約者、町の人達に、酷い姉だと責められる。 私は妹が大嫌いだった。 でも、それでも家族だから、たった一人の、双子の片割れだからと、ずっと我慢してきた。 「ユウナお姉様、私、ユウナお姉様の婚約者を好きになってしまいました。《ルキ》様は、私の想いに応えて、ユウナお姉様よりも私を好きだと言ってくれました。だから、ユウナお姉様の婚約者を、私に下さいね。ユウナお姉様、大好きです」  ――――ずっと我慢してたけど、もう限界。 好きって言えば何でも許される免罪符じゃないのよ? 今まで家族だからって、双子の片割れだからって我慢してたけど、もう無理。 丁度良いことに、両親から家を出て行けと追い出されたので、このまま家を出ることにします。 さようなら、もう二度と貴女達を家族だなんて思わない。 泣いて助けを求めて来ても、絶対に助けてあげない。 本物の聖女は私の方なのに、馬鹿な人達。 不定期更新。 この作品は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……

木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎

平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎
恋愛
江島七海はごく平凡な普通のOL。取り立てて目立つ美貌でも無く、さりとて不細工でも無い。仕事もバリバリ出来るという言う訳でも無いがさりとて愚鈍と言う訳でも無い。しかし陰で彼女は『魔性の女』と噂されるようになって――― 生まれてこのかた四半世紀モテた事が無い、男性と付き合ったのも高一の二週間だけ―――という彼女にモテ期が来た、とか来ないとかそんなお話 ※2018.1.27~別作として掲載していたこのお話の前日譚『太っちょのポンちゃん』も合わせて収録しました。 ※本編は全年齢対象ですが『平凡~』後日談以降はR15指定内容が含まれております。 ※なろうにも掲載中ですが、なろう版と少し表現を変更しています(変更のある話は★表示とします)

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

婚約者の浮気をゴシップ誌で知った私のその後

桃瀬さら
恋愛
休暇で帰国中のシャーロットは、婚約者の浮気をゴシップ誌で知る。 領地が隣同士、母親同士の仲が良く、同じ年に生まれた子供が男の子と女の子。 偶然が重なり気がついた頃には幼馴染み兼婚約者になっていた。 そんな婚約者は今や貴族社会だけではなく、ゴシップ誌を騒がしたプレイボーイ。 婚約者に婚約破棄を告げ、帰宅するとなぜか上司が家にいた。 上司と共に、違法魔法道具の捜査をする事となったシャーロットは、捜査を通じて上司に惹かれいくが、上司にはある秘密があって…… 婚約破棄したシャーロットが幸せになる物語

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

処理中です...